第23話 二層
そういうわけで俺達は二層を目指した。
外周をなぞるように歩いていた俺達は進路を森の奥へと変える。道中、ユニコーンみたいな角の生えた大蛇と出くわした。尻尾の先は金槌のように四角く硬質化している。全身をバネのように使って飛び掛かり角を突き刺す。外したら身を翻して尻尾のハンマーで追撃を仕掛けるびっくり生物だ。
ドネートの解説があったお陰で殺人ギミックを見る事なく撲殺したが。ちなみにドロップはレンガみたいな形をした尾骨だ。角よりはレアだが大差はないとの事。大当たりは舌らしい。
程なくして俺の魔力センサーが変化を捉えた。空気の温度が僅かに違う場所に踏み込んだような違和感。二層に近づき魔力が濃くなったのだろう。
一歩進むごとに魔力は確実に濃くなっていく。呼応するように――しているんだろうが――周りの景色も変わる。
木々は不気味に捻じれ、葉の色は濃くなり、黒や紫に近くなる。足元の植物もそうだ。一層の植物は自然のそれと大差ないが、二層の植物はファンタジー感が強い。派手な色、奇異な形、まるで絵本に出てくる迷いの森だ。頭上を覆う枝葉の量が増えた訳でもないのに、辺りは奇妙に薄暗く、隙間から見上げる空は灰色がかって見える。
「……これが二層か。確かに、全然雰囲気が違うな」
嫌な空気を振り払うようにして俺は言う。いつの間にか俺達は口数が少なくなっていた。
「…………」
「……引き返すか?」
緊張した様子のドネートに最終確認を取る。
「……人食い森は五層まであるんだから。こんな所でビビってたら話になんないし」
ふんすふんすと鼻息を荒げてドネートが気合を入れる。
二層ですら十分人食い森の名に恥じない様相を呈している。五層になったらどうなってしまうのだろうか。
すぐに余計な事を考えてしまうのが俺の悪い癖だ。まず一匹、先に二層の魔物を発見し、俺の力がどの程度通じるのか確認しなければ。
「二層はどんな魔物が出るんだ?」
帰りの事を考えて、街側に戻るようにして二層を進む。
「えっと、ウッドマンっていう人間みたいな木に、大きな蜂、人食い草、歩くキノコのマニコイド、人食い猿、大ミミズ――」
ドネートが指を折りながら数える。
「……マニコイドってあれの事か?」
肩を広げてドネートを止めると俺は尋ねた。
太い根が悶える蛇みたいに足元を這いまわる人食い森の二層。田舎の公衆電話みたいにぽつんとそいつは突っ立っていた。
某なんたら堂の大人気配管工ブラザーズのパワーアップアイテムみたいな配色のキノコだ。身長は俺より頭二つ分程大きく、横は倍以上ある。寸胴の足元が二股に割れ、短い脚を作っている。両脇からはドネートの腰程もある太い腕が長く伸び、胴体の上の方には目玉なのか、クルミ大の小さなガラス玉みたいな球体が星座みたいにいくつも並んでいる。
「……多分……ううん。きっとそう」
腰の錆び錆びソードを抜く。魔物を撲殺してたっぷり体液を吸ったからだろう、鞘の滑りはマシになっている。
「注意事項は」
「歩くのは遅いけど動きは速いよ。近づくと長い腕で格闘家みたいに殴ってくるの。今は閉じてるみたいだけど、大きな口があって捕まると一口で食べられちゃうんだって。頭を殴ると毒の胞子が飛ぶからダメ。あと、口からも胞子を吐くみたい。強い毒じゃないけど目に入ると痛くて開けてられなくなるんだって。沢山吸うと身体が痺れて動けなるなるみたい」
「流石は二層のモンスターだ。一層より注意が多いな」
「……無理しないでね」
歩き出す俺の背中にドネートが呟く。俺は無言で親指を立てた。
とは言え、こんなデカブツ倒せるのか? 一層の魔物はデカいと言っても精々大型犬くらいだった。ミスター毒キノコは重量だけでこっちの数倍ありそうだ。錆びた棒きれでぶっ叩いて倒せるもんなのだろうか。
まぁ、足は遅いって話だし、無理そうなら諦めて逃げよう。魔物は他にもいる。オバケキノコに拘る理由はない。倒しやすい相手を探せばいい。
右手の剣を低く構え、そろりそろりと近づいていく。キノコマンは微動だにせず、前衛芸術みたいに直立している。生き物よりも虫に近い目だ。瞬きはせず、そもそも瞼が存在しない。呼吸をしている様子もない。気づいてないのか寝ているのか、なんにせよまったく動かないのは無抵抗の相手を襲うみたいで――実際そうなんが――やりづらい。
いや、そんな甘えた事を言ってちゃ駄目だ。俺はこの異世界で勇者の役割を背負い、健気な異世界ギャルの夢をかなえる為冒険者として生計を立てていくと決めたはずだ。冷酷になれ。気づかれない内に一発で――
「――!?」
キノコ野郎は普通に起きていた。俺が甘ちゃん丸出しの葛藤をしている間に容赦なく先手を打つ。寸胴の腰を素早く捩じり、プロボクサー顔負けの右ストレートをぶっ放す。勇者の反応速度で避けるがかなりギリギリだった。身体のすぐ横を快速列車が通り過ぎるような感覚に襲われる。こんなのまともに食らったらワンパンKOだろ!?
ボクシングキノコの動きは機敏だ。長い腕を引き戻した反動で素早く左のジャブを放ってくる。右ストレートを避けるのに全力を出した俺は体勢を崩していた。避けられないと判断し、歯を食いしばって防御姿勢を取る。
重量級のオバケキノコだ。ジャブだって馬鹿みたいな破壊力がある。俺は軽自動車にはねられたみたいに後ろに吹っ飛んだ。
「リュージ!?」
「大丈夫だ!」
立ち上がって答える。本当にそうだろうか? この世界で初めてまともに攻撃を食らった。それこそボクシングみたいに腕を上げて防いだが、普通の人間なら余裕で腕の骨が折れてそうな威力だった。
恐る恐るダメージを確かめる。腕は痛みでじんじんしているが、普通に動くし動かして激痛が走るという事もない。折れてはいないという事だろう。何メートルもぶっ飛ばされるようなパンチを受けた事を考えると無傷と言っていいレベルだ。
戦闘技能に対する学習力や身体能力の向上だけでなく、頑丈さも増しているという事なのだろうか。その割に異世界ギャルに金的を食らった時は普通に痛かったが。
身体のダメージは大した事はない。むしろ、心のダメージの方が大きかった。殴られたのなんか学生の頃以来だ。もっと破壊力のある攻撃なら死んでいたかもしれない。そんな諸々が心理的ショックとなり、俺の足は生まれたての小鹿みたいにガクガクになる。
そんなのはお構いなしに、キノコマンはやる気満々という感じでのそのそとこちらに近づいてくる。
「こいつは無理だよ! 一旦引こう!」
さっきまであんなにやる気だったくせに、俺がワンパン貰っただけでドネートは血相を変えた。罪悪感で顔を歪め、突いたら泣き出しそうだ。一旦とか言ってそのまま街に引き返しかねない。
俺だって男だ。そんな風に大事にされたら頑張りたくなってしまう。
「こんな所でビビってたら話にならないんだろ」
腹から息を吐いて身体の震えを止める。
「そうだけど、リュージが怪我したら意味ないじゃん!」
「その通りだ! だからもう食らわねぇ。痛いのは嫌だからな!」
俺の中で相反する二つの感情がぶつかっていた。戦いに対する恐れと高揚。マニコイドのジャブは俺に恐怖を植え付けたが、同時に自信も与えてくれた。
浮足立っていた状態からでも俺は奴の右ストレートを避けられた。左を貰ったのはバランスを崩していたせいだし、それだって咄嗟の判断できっちり防げた。落ち着いて戦えば奴の攻撃は避けられる。万一食らっても痛いだけだ。俺は奴と互角以上に戦える。
不思議なものである。注射すら怖がっていた俺が戦いの痛みを些細な事と感じ、心地よいとすら思っている。こんな事はDQNぽいから言いたくないが、生の充足のようなものすら感じている
俺、今、めっちゃ生きてる!
もしかして、痛みで脳内麻薬が出たのだろうか。
某大人気格闘漫画の一幕が脳裏をよぎる。
そのぐらい俺の頭はバチバチに好戦的な火花が散っていた。
「しゃああああああ!」
気合の叫びと共に低く駆ける。マニコイドは歩みを止め、腰を捻って力を溜めた。馬鹿が。二度も同じ手を食うかよ! 俺が間合いに入った瞬間、マニコイドの身体がバネのように弾け、殺人ストレートを繰り出す。来ると分かっていた攻撃だ。俺は僅かに身を捩り、最低限の動きで避ける。伸びきった右腕の中ほどに下段から錆び錆びブレードを振り上げる!
「うぉお!?」
その結果に驚いて思わず声を上げる。ジャンク品のぼったくり錆び錆びブレードだ。その切れ味はゼロを通り越してマイナスの域に達している。どう頑張っても切断は無理だと思っていたのだが、予想に反してキノコ野郎の右腕はすっぱりと両断されてロケットパンチみたいに飛んでいった。
「どうなってんだ!?」
右腕の長さが半分になり、マニコイドがバランスを崩す。その隙に後ろに飛んで距離を作り、俺は疑惑の錆び錆びブレードを確認した。
もしかして、錆びてジャンク扱いされてるけど実は凄い伝説のあるチート魔剣だったとか? それは流石にご都合過ぎないか!?
とか思っていると、俺はある事実に気づく。俺の身体が光っていた。ほのかにだが、白く輝く淡い湯気のようなものに包まれ、それは俺の手を伝って剣まで届いていた。
……これは、魔力だろうか? もしそうなら、魔力が剣の切れ味を強化した? ドネートの説明によれば、この世界の魔術は結構いい加減なものらしい。加護という才能があればなんとなく使えるようになるような代物だ。この世界の異能の力は加護という形で生まれつき擦り込まれており、なにかの弾みで使い方に目覚めるような仕組みなのかもしれない。
事実、俺はこの瞬間にも、自身の内側で激しく猛り、鎧のように身体を包む己の魔力を知覚していた。殺人キノコのジャブを食らって無事でいられたのもこれのお陰だろう。例えるなら某大人気週刊誌で休載が目立つ超大人気ハンター系漫画のあれみたいな感じか。
意識すると、俺の身体や剣を包む魔力はある程度自由に動かしたり、量を増やす事が出来そうだ。とは言え、それは口で言う程簡単じゃない。念力で体毛を動かそうとするような感覚と言っても伝わらないだろう。まぁ、糸口は掴めた。訓練はおいおいでいい。
「ありがとよ。お前のおかげで強くなれた」
体勢を立て直し、のそりのそりと向かってくるマニコイドに告げる。
剣に魔力を纏わせると、俺は走り出した。
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