第21話 物価

「フン! ハ! デェア!」

「全然当たってないよ~!」


 キャラクリのボイス選択みたいな声を出しながら錆び錆びの剣を振り回す俺に、少し離れた木陰で見守るドネートが言う。


「んな事言ったって! すばしっこいんだよ!」


 相手はでかいカラスの魔物で、嘴の上下が刃物みたいに鋭くなっている。足先は発達して、踵はでかい鉤爪みたいだ。ドネートの解説によると、ビュンビュン飛び回りながら鉤爪で相手を引き倒し、急所に嘴を突き刺す殺人バードだそうだ。


 なにそれ怖い! さっきの殺人ネズミといい、この世界の魔物はゲームっぽい世界観なのをいい事に露骨に殺意の高いデザインをしてやがる。


 Q どんな進化したらそんな事になるんだよ!

 A そういう番組なんで。

 で片付けるつもりなのだろう。


 一方俺だが、人間の適応力というのはすごいもんで、ちょっと前まで魔物の命の尊さについて面倒くさい感じに悩んでた癖に、一匹やっちまうと何かのタガが外れたみたいに平気になった。


 全く気にならないかと言えばそんな事もなく、ふとした時に思い出して鬱な気分になるんだろうが、とりあえず今はあまり深く考えずに冷酷な狩人をやれている。


 戦闘に関しても、手本がないから正しい動きが出来ているのか分からないが、とりあえず勇者の身体能力には慣れてきた。剣を振り回す事にもだ。剣術というよりは棍棒で殴り殺す喧嘩殺法だなと我ながら思うが、切れ味ゼロの錆び錆びソードではそうなるのも仕方ない。


 ともあれ、クソマニュアルが言う通り、俺には戦士以下――この場合の戦士とは戦士の役割ロールを与えらた他の異世界人と比べてという事だろう――の戦闘素養があるらしい。


 三年スイミングスクールに通っても背泳ぎを習得出来なかった運動音痴の俺が、一時間ちょっと魔物と戯れただけで目に見えて強くなっていくのが実感できる。高スペックの身体能力に俺の意識や感覚が接続し、最適化されていく感覚だ。


「そこ!」


 大ガラスの急降下攻撃を避けると、富野系男子みたいな掛け声と共に裏拳を放つ感覚で剣を背後に振る。今度は上手くいき、錆びついた鈍器は空中で身を翻そうと減速したビッグバードの横面を芯に捉えた。


「ブギュィー!?」


 鳥肌の立つ生々しい悲鳴と共に大カラスが地面に叩きつけられる。二度、羽ばたこうとするように翼を持ち上げ、それっきり動かなくなった。魔物の身体は不可視の炎に焼かれたように黒くなり、形を失って黒土に似た塵に変わる。塵の上にはお供え物のように大カラスの踵についていた鍵爪が一つ残っていた。


「ナーイス! やるじゃんリュージ! ドロップは?」


 ニコニコ笑顔でドネートが木陰から飛び出してくる。期待に胸を膨らませてドロップを確認する姿はガチャを回す子供みたいだ。


「また爪だ」

「残念」


 俺の放った爪を鞄にしまい肩をすくめる。


「目玉なら当たりだったんだけど」


 ドロップについては以前聞いた通りだ。魔物によってドロップする部位は決まっていて何種類かある。ドロップ率には極端な偏りがあるらしく、需要と供給の問題もあるんだろうが、たいていの場合レアドロップの方が利用価値が高く、その分高値がつくらしい。物によっては一層の魔物でも一獲千金を狙えるとドネートは言っていたが、聞いた感じ眉唾か、本当だとしても限りなくゼロに近いドロップ率なのだろう。


「それ一つでいくらくらいになるんだ?」

「六十ストーンくらいかな」


 ストーン。流れ的にこの世界――あるいは国の――の通貨単位だろう。言葉の響きから俺は石を想像する。関係あるのかもしれないし、ないのかもしれない。由来についてはドネートに聞いても分からないだろう。俺だってなんで円なのか聞かれても答えられない。


「モーロックの作ってくれた昼食は一人前でいくらなんだ?」

「三十五ストーンだけど?」


 モーロックが出してくれたのは硬いパンと塩味のポークシチューみたいな煮物だ。仮に五百円から千円くらいだと仮定すると、大カラスの鉤爪の価値は千円から二千円くらいという事になる。


 さて、これを高いと見るか安いと見るか。魔物狩りを始めて二時間と仮定して――時計がないから正確な所はわからない――現在五匹の魔物を狩っている。ただし、最初の一時間は狩場探しで無駄にした。実質一時間で五匹という事になる。が、これが平均値とは限らない。手付かずの狩場ならもっと魔物が多いのかもしれないし、その逆もあり得る。ともかく、手持ちのデータでは一時間に五匹が目安だ。


 手元のドロップの価値を大カラスの鉤爪と等価と仮定すると、一時間で五千円から一万円という事になる。こう考えるとかなりの高給に感じるが、俺達は二人なので取り分は半分と仮定する。さらに片道二時間の通勤時間がある。えっと、この場合の計算は……。


 ゴホン。算数は苦手な俺だ。まぁ、時給千円未満から千五百円くらいって所だろう。実働部分が伸びると時給が増えるので比較としてはあまり意味のない計算だろうが、俺は数学教師じゃない。このあたりが限界だ。


 命がけにしては安いように思えるが、一層で稼ぐ三流冒険者は多く、この辺りのドロップは供給が安定して過多になっていると考えればこんなものなのかもしれない。そもそもこの世界の一般的な職業の給料が分からないので安いも高いもないのだが。ちょっとしたお遊びみたいなものだ。


 本題は相対的な物価の推理じゃない。


「で、ヤクザからはいくら借りたんだ?」


 こっちが本題だ。


「な、なに急に。そんなのリュージには関係ないじゃん」


 俺の質問にドネートはキョドり、心理的防御反応を表すように一歩下がって半身になる。


「ないわけないだろ。俺とドネートは一心同体の二人三脚だ。ドネートの借金は俺の借金。そうだろ?」


 予想外の言葉だったのか、ドネートが目をパチパチさせる。


「ぇ、でも、いいの?」

「良いも悪いないだろ。てか、そもそも俺の身支度をするのにした借金だし。普通に俺が背負うのが筋じゃね?」

「そ、それはそうなんだけど……ていうか、あたしもそのつもりだったんだけど……」


 言いにくそうにドネートがもじもじする。


「なんだよ」


 煮え切らないドネートを促す。


「……だから、最初は借金を理由にこき使ってやろうと思ってたんだけど、なんか普通に良い奴だったから、言い出しづらくなっちゃったって言うか……」


 もじもじもじもじ。そんなドネートも萌えである。女の子はいいな。どんな顔をしていても癒される。可哀想系地雷だけど。


「あん時は俺も切羽詰まってたし。こっちの生活を丸っと全部面倒見て貰ってるんだ。感謝はしても文句なんかないって」

「……リュージ」


 ドネートがお目目をうるうるさせる。ドネートも色々苦労している。チートパワーを持った異世界イケメン人にイケメンな事を言われたらうるうるするのも当然だ。俺は俺で異世界ギャルの前で格好つけられてご満悦である。これぞwinーwinという奴だろう。


「で、いくらなんだ?]


 改めて俺は尋ねる。


「……六千ストーン」


 異世界ギャルは恥ずかしそうに言うのだった。

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