第20話 ホームラン
「……あそこにいるけど?」
え……なにしてんの? あれ見えないわけ? 的な響きでドネートが呟いた。指さす先は普通に真正面。二、三十メートルくらい先に大型犬みたいなサイズのネズミがいる。
在らぬ所を探していた俺は恥ずかしくなり耳まで赤くなる。
「ご、ごほん。流石は相棒! 頼りになるぜ!」
と誤魔化してみる。ドネートは呆れ半分だが、もう半分はまんざらでもない感じだ。まったく、あんたはあたしがついてなきゃダメなんだから的な半笑いをこちらに向けている。
ま、ママァ……。
そんなやり取りをしていると大ねずみがこちらに気づき、尻を高く突きだした前傾姿勢で威嚇する。
「シャアアアアア!」
灰色の体毛が逆立つ。大きな口の先端には、人の腕くらいならひと噛みで切断しそうな大きく鋭い前歯が光っている。よく見れば四肢に生えた爪も鋭い。こんなの普通に猛獣じゃないか!?
「リュージ!」
ビビり散らかす俺に異世界ギャルが喝を入れる。
「ネイルは二層で稼いでたんだ。リュージはあいつに勝ったんだよ! 大ねずみくらい楽勝だって!」
その言葉に俺はじんわり涙ぐむ。美少女のエールが俺の身体に流れ込み、ガソリンとなって激しく燃えた。
「おう!」
イケメンモード発動! 今の俺は冴えない中年ワナビの一戸竜二じゃない! クソッタレ宇宙人に勇者の役割を与えられたスーパーチートイケメン! 異世界ギャルの夢と希望を一身に背負う希望の勇者リュージだ!
そんな自己暗示を試みつつ、ドネートに授かった中古の長剣を抜く――
抜く……抜く……ぬ……。
「この剣抜けねぇんだけど!?」
「……やっぱジャンク品は駄目だったか……」
バツが悪そうにドネートが舌を出す。可愛いからノットギルティ!
とか言ってる場合じゃねぇ! 大ねずみはオリンピックの短距離ランナーみたいな勢いで一直線に駆けて来る。刃物みたいな歯もそうだが、あんなバケモノみたいな――バケモノだけど――爪の生えたねず公と武器もなしに戦えるかよ!
「ふん!? ふん!? ふんぎぎぎぎ!?」
ドネートに鞘を持ってもらい二人で引っ張るがびくともしない。
「ちょっと! リュージ!?」
大ねずみはすぐそこだ。
こうなりゃ鞘をつけたまま振り回すしかない!
そう思った矢先に剣が抜けた。
「わぁ!?」
「うぉ!?」
左右に分かれて力いっぱい引っ張っていた俺達だ。突然剣が抜けたせいで勢い余って後ろに転がる。その間を斬り裂くようにして大ねずみが通過した。
「ドネート!?」
俺は即座に起き上がり相棒の無事を確認する。
「こっちは平気!」
尻餅を着いた格好で言うが、全然平気じゃない。どうせ食べるならワナビおじさんより異世界ギャルの方がいいとばかりに、Uターンした大ねずみがドネートに向かっている。
「だぁぁあああああ!?」
「え、なに!? なに!?」
全力疾走する俺にドネートがビビり散らかす。すぐに自分が狙われている事に気づき辺りを見回す。猛スピードで接近する大ねずみを確認し、ギョッとして頭を抱える。
「いやあああああ!?」
「こんちくしょおおおおお!」
二つの叫びが重なる。
間一髪間に合った俺は手の中の長剣を両手で握り、バットみたいに振りかぶってドネートに飛び掛かるげっ歯類の顔面に思いきり叩きつけた。
スパン! と綺麗に斬れるわけもなく、鞘の中で錆びついていた長剣は大ねずみの前歯をへし折りながら鉄製の鈍器となってクソデカアニマルを打ち返した。
「ホームランだこの野郎!」
全身を駆け巡るアドレナリンに任せて叫ぶ。
今のは結構危なかった。生きるか死ぬかの局面では、罪なき魔物の生き死にを気遣う余裕などない。
「はぁ……はぁ……はぁ……大丈夫か?」
十メートル程ぶっ飛んだ大ねずみが動かない事を確認すると、座り込んだままのドネートに左手を差し出す。
「……う、うん」
俺の手を取りドネートは立ち上がるが、途中で膝が崩れ転びそうになる。俺は右手の剣を放り、腰を抱えるようにして支えた。
意図せず至近距離で見つめ合う形になり、ドネートが赤くなって視線を逸らす。
「ご、ごめん……」
恥ずかしそうにドネートが言った。
「ぉ、おう……」
どぎまぎして俺も言う。
またもや謎に良い感じの空気になってしまい俺は困る。
「……立てそうか?」
「……ぅん」
ドネートの腰から手を放す。
良い感じの空気は裏を返せば気まずい雰囲気でもあった。
「あ、危なかったな」
なにか言わないといけない気がして喋る。
ドネートは小さく頷くと、肩を振るわせ、押し殺すようにして泣き出した。
俺は慌てふためき、女を泣かせてしまった罪悪感に苛まれる。
どうしたらいいか分からずおろおろしている内にドネートは落ち着いた。
「……ごめん。怖くて、泣いちゃった」
粗相を見られたみたいに恥ずかしそうにしてドネートは言う。
「……あぁ、怖かったな。俺なんかビビり散らかしてチビっちまったよ」
「え、マジ?」
ドネートは急に冷めた顔になって一歩下がる。
「そういう反応やめてくんない?」
「だって……」
ちらちらと俺の下半身に視線を向ける。
「見んなよ!?」
ともあれ、俺達は無事初陣に勝利した。
獲物を確認しに行く。
大ねずみの死体はすでになく、焦げたような黒い土の山と魔力を宿した爪が一本残るだけだった。
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