第19話 気配察知
魔物を求めて俺達は人食い森を歩く。
長閑な森だ。昼過ぎの穏やかな日差しを浴び鳥達の囀りをBGMに歩いているとここが魔物の出る危険な場所だという事を忘れそうになる。
むしろハイキングというか森林浴デートをしているような気分にすらなってくる。向こうにいた頃はそんな事しようとも思わなかったし、アウトドアなんか陽キャの気取った遊びだと勝手に敵視していたが、やってみると中々気持ちのいいもんだ。
ドネートはくしゃくしゃのチラシを紐で閉じた手作りノートに模写した一層で手に入る採取物の絵やら特徴やらのまとめ書きを見ながら足元の小銭を探すようにして地面を眺めている。
「ねぇリュージ! これってモダアオかな!」
おもむろにその辺の雑草を指さし、見づらい事この上ない手作り図鑑をこっちに掲げる。
「似てるっちゃ似てるが、どうなんだろうな」
魔薬屋――ポーションとか売ってんのかな――のチラシの上に炭で描かれた絵は頑張ってはいるんだろうが上手いとは言いがいた。菱形の角を丸くしたような葉という特徴は合っているが、そんな雑草は見渡せば幾らでもあるように思える。
「……はぁ。採取とか識別の加護なんかなくても依頼書の絵をちゃんと憶えればどうにかなるかと思ってたんだけど、やっぱそう簡単にはいかないよね」
溜息をついて歩き出す。
「駄目元で持って帰ってみたらどうだ?」
「外れが混ざってると依頼主にモーロックが文句言われるんだよ。鑑定料も取られるし。魔境は魔力が濃いからそこに生えてる植物も魔力を宿すの。だから魔草ね。でも、一層はそんなに魔力が濃くないから魔草の効果もそれなりって感じ。だから数を集めないとお金にならないし、買い取ってすら貰えないんだよ。ごっそり持って帰って全部ただの雑草でしたじゃ笑われちゃうじゃん」
「なるほどな」
魔物のドロップに採取アイテムまであるんだ。一層でもそれなりに稼げるかと思ったが、そう甘くはないらしい。
「あと、一層は駆けだしとか加護の弱い三流冒険者の稼ぎ場になってるから、魔草でも魔物でも取り合いになってるみたいだし」
「……マジか」
まぁ、そういうもんだよな。ゲームと違って主人公以外にも冒険者は山ほどいるんだ。危険の少ない一層は冒険者過多になるのだろう。
「で、でも、一層は広いから! 人食い森の半分は一層だって噂だし。このまま外側を回るように歩いてればその内獲物が残ってる所に行きつくっしょ!」
「駆け出しは大変だな」
肩をすくめて歩き続ける。
人食い森がどれくらいの規模なのか想像もつかないが、外から見て視界に納まりきらない程度には広かった。ドネートの話を整理するに、魔境というのは玉ねぎ状の構造をしているんだろう。外側は魔力が薄く危険度も低いが、その分分厚く面積も広い。奥に進むと段階的に魔力が濃くなりその分危険度もあがる。階層の切り替わりがどの程度はっきりしているのか気になる所だ。
まさかゲームのマップみたいに境界線があるわけではないだろうが、モーロックはすぐに分かると言っていたし、層という呼び名が定着している所からも――名は体を表すからな――ある程度短い区間で劇的に変わると考えていいのだろう。
この辺りに魔物や採取物、そしてライバルとなる冒険者の姿が見えないのは、ここが街から来た時に一番近い場所だからか。深層は規模が小さく競争相手も少ないから、なにも考えず最短距離て向かえばいい。一層は獲物の取り合いが発生するから、そこで稼ごうとする連中は競争率の高い近場を避け、遠回りをして探索するのだろう。
案の定、暫く歩いていると冴えないオーラを纏った冒険者を見かけるようになる。ハイキングなら挨拶をしている所だろうが、向こうは明らかにここは俺の縄張りだ的な敵意の視線を投げかけている。ドネートの話でも狩場被りはNGという事で、MMORPGよろしく空いている狩場を探してひたすら歩く。
それだけで一時間近く持っていかれる――体感なのであてにはならないが。次回は最初から遠くの狩場に来ようと決めた。
「どうかした?」
不意に足を止める俺にドネートが尋ねる。
「……わかんないけど、なんかいる気がする」
そうとしか言いようのない感覚に、俺は周囲を見渡す。
俺の言葉にハッとして、ドネートは腰の短剣を抜いて周囲を警戒した。
「それ多分、探知系の加護だよ。それがあると魔物とかの気配が分かるって聞いたことある」
「すごいな。達人になった気分だ」
あるいは人間レーダーか。
加護の力が弱いのか俺が慣れていないだけなのか、近くになにかがいるという事だけは分かるが、それがどこなのかまでは分からない。頑張れば分かりそうな気はするんだが。
まさか、木の上じゃないだろうな? 可能性は十分ある。現実の世界は平面じゃなく立体だ。一層の魔物がどの程度の強さなのか分からないが、こっちには加護なしのドネートがいる。最悪俺は死んでも蘇るが、彼女はそうはいかない。奇襲される前に位置を確認し、彼女の安全を確保しないと!
そう思うと俺の身体は緊張で縮み、危機感で震える。こ、これが実戦の感覚か!? めちゃくちゃ怖いんだけど! ドネートの存在が途端に重く感じられる。
「……くそ、わかんねぇ! どこにいんだよ!?」
半ばパニックになり、めちゃくちゃに視線を振り回す。
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