第18話 人食い森

「……ここが人食い森か」


 なんかもっと国民的アニメ映画のほにゃらら姫をおどろおどろしくしたようなえげつない森を想像してたんだが、森ガールが森林浴してそうな爽やかな森だ。ジャングルの密林みたいに一面緑で進めもしないなんてことはなく、普通にハイキング出来そうな感じがする。


「な~んか思ってたのと違うんだけど」


 ドネートも肩透かしを食らっている。


「いやそれ、お前が言うか?」

「しゃーないじゃん。あたしだって冒険者の話を聞いただけで実物見るの初めてだし。あいつら絶対話盛ってるし!」

「まぁ、武勇伝なんて大抵そんなもんだろ」


 人食い森は街道を途中で外れ暫く歩いた先にあった。俺達は森の縁に立ち、近くには先ほど俺達を冷やかしていった馬車が止まっている。ドネートの話だと、人食い森の三層から先で稼ぐような腕のいい冒険者は馬屋を雇って送迎させるらしい。羨ましい話だ。


「とりあえず中に入ろ。今のリュージの強さでどこまでやれるか見てみたいし」


 むぅー、と呻ると、気持ちを切り替えてドネートが言った。


「お、おぅ」


 早くも緊張し、俺の心臓はばくんばくんと大袈裟に音を立てる。

 少し前のイケメンの俺はどこへやら。魔物と戦う事を思うと俺はビビり散らかし不安になった。やれんのか俺? やれんのか俺!?


 飼い主のリードから外れたチワワに追いかけられて半泣きで逃げ回った俺だ――言っとくがチワワはくっそ凶暴だからな! ――魔物とか普通に怖い。


 加えて戦う事自体も怖い。これは喧嘩じゃなく殺し合いだ。もし負けたら魔物は俺とドネートを殺すだろう。俺の勝ちは魔物の死を意味する。平和ボケした平和主義の日本人である俺だ。殺される事は勿論、殺す事も怖い。


 俺は上手くやれるだろうか。勿論、やらなくてはいけない。俺自身とドネートの為に。だから俺は納得できる理由を探す。この世界はそういう世界だ。弱肉強食で、魔物は狩られる為の存在でしかない。


 果たしてそうか? 魔物に心がないと決めつけるのは、ドネートやモーロックをNPC扱いする事と同じだ。いやまぁ、まったく同じとは言わないが、同程度には危険な思考だと思う。俺はそんな正当化の仕方はしたくない。


 ゲームみたいなルールが適応されているとしても、この世界は立派な現実だ。本質的には俺達の世界と変わらない。向こうの世界でだって狩りをする奴はいる。漁をする奴もだ。それは残酷な事か? 家畜を飼うのは? そうかもしれない。そうでないとは言い切れない。だが、俺達はやめようとしないしやめる気もない。人間本位が骨の髄まで染み込んだ世界観で生きている。


 ……何の話だ? なんか動物愛護的な方向に脱線しそうだが、結局は我欲の為に他の生き物を犠牲にしまくって生きているという事だ。食う為に殺す事は勿論、俺達はただ目障りだからという理由で虫を殺す。酷い話だ。なんなら歩くだけで足元を歩いてる虫を殺す。俺達の生活を支える電気を作る為に環境が汚染され罪のない生き物が山ほど死んでる。人間は罪深い生き物だ。犠牲なしには生きられない。


 ……うむ。


 どうあがいても正当化出来そうにないし、正当化すべきでもない事がわかった。

 なら、苦しみながら受け入れるしかない。人間は罪深い生き物で先にも後にも犠牲の山を築くだろう。それを正当化するのは欺瞞であり命に対する冒涜だ。罪の意識を感じつつ身勝手な感謝と弔いの念を抱くくらいしか出来る事はないだろう。


 期待したような結果は出なかったが、期待したような結果は出ないと言う事は分かった。


 後は腹を括るしかない。


 何も解決せず、何一つ煮え切らないまま、俺は腹の底に溜まる鉛のような息を吐きだして先に進む。


 そして立ち止まる。


「なに。もう怖くなった?」


 からかうようにドネートが尋ねる。


「いや、なんか不思議な感じがしてさ。これが魔力って奴の気配なのかと思って」


 森に入る前からそこはかとなく感じるものはあったが、森に入ったら明確にそうだと分かった。この感覚を言葉にするのは難しい。人間は自分の知覚力の範疇でしか物事を捉えられない。背中に目がある状態の視界や、手が四つある時の感覚をイメージしろと言われても無理なのと同じだ。


 それでもありものの感覚で例えるなら、テレビのついてる部屋に入った時なんとなくそれと分かるような。あるいは、真夏にクーラーのついていない閉め切った部屋に入った時の蒸すような感覚? それらを混ぜ合わせ物にまったく似ていないが、ありもののイメージはこの辺りが限界だ。


 空気が濃くなり、匂いではない匂い、色ではない色がついたような気配を肌と言わず目と言わず、名状しがたい第六感で捉える。


「そうなんじゃない? あたしにはわかんないけど。魔力を感じられるって事は、なにかしら魔術系の加護があるって事だよ」

「ネイルが使ったのも魔術だよな」

「そ。あんな人の多い所で魔力の矢を使うなんてあいつどうかしてるよ」


 思い出してドネートが怒る。俺もあれはどうかと思う。


「呪文とか必要ないのか?」

「必要ないんじゃない? それっぽい事唱えてる奴もいるけど、ただのかっこつけっぽいし」

「どうやったら使えるようになるんだ?」

「あたしは店に入り浸ってる三流冒険者の話しか分からないけど、なんとなく出来るような気がして試したら出来たとか、仲間の冒険者に訓練して貰ったとか色々あるみたい。街には塾もあるみたいだけど、見込みのない相手でも騙して学費ぶんどってるって噂。加護によって憶えられる魔術の種類っていうか方向性? みたいなのは大体きまってるんだって」

「なるほどな」


 クソマニュアルは劣化魔術士的な能力があるような事を言っていた。多分、高度な術は使えないが、種類に関しては結構無節操に覚えられるんじゃないだろうか。問題はどうやって憶えるかだ。ドネートやモーロックに魔術の使える冒険者を紹介してもらうか? 


 けど、多分俺は勇者のスキルですぐに覚えてしまうだろう。そうなると怪しまれる。自分とドネートの身を俺一人の力で守れるくらい強くなるまでは、身バレするような動きは控えないとトラブった時に詰みそうだ。

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