第17話 ラブストーリーは突然に

「まだつかないのか?」

「全然。まだ半分も来てない」


 人食い森の近くを通る街道を俺達は歩いていた。


 押し固められた広い道が長く真っすぐ伸びている。周囲は草原で、腰まである草がさらさらとそよいで風の流れを知らせている。壮観だ。携帯があれば背景資料に撮っておきたい。


 人食い森までは二時間程度という話だ。半分に届かない程度歩いたのなら、一時間に満たないくらい歩いたのだろう。俺の体感としてはもう二時間くらい歩いたような気でいたが。


「結構遠いんだな」


 黙って歩くのは気まずいので適当に喋る。


「そう? 歩いて行けるんだから近い方だと思うけど」


 異世界人の価値観だとそんなものか。自動車のない世界だ。お城から二時間ちょっとの場所に魔物の住処があると思えば、近いという感覚も理解出来なくはない。


「ドネートはさ、なんで冒険者になりたいんだ?」


 適当に話題を振る。最初は金が目的のような事を言っていたが、彼女の口ぶりでは、むしろ冒険者になる事が目的のように感じた。


「……」


 ドネートはすぐには答えず、悩むような顔で押し黙る。


「言いたくないならいいけどさ」


 会話のとっかかりで聞いただけだ。深い理由はない。気にならないと言えばウソになるが。


「……そういうわけじゃないけど。面白い話じゃないし。長くなるからさ……」


 どっちつかずの言葉を向けられ、俺は返事に困った。もしかして地雷だっただろうか。


 気まずい沈黙の中で、ピンチになった猫型ロボットのように別の話題を探していると、出し抜けにドネートが言った。


「……あたしのお父さん、冒険者なんだ」

「……なるほど」


 意図せず転がりだした会話にぎこちない相槌を打つ。


「相手は商売女。あたしを産んだ後、お父さんに押し付けてどっか行っちゃった」


 内心で頭を抱える。超ド級の地雷を裸足で踏み抜いたらしい。


「……な、なるほど」

「それはいいの。お父さんは良い人だったから。旅の冒険者だったけど、あたしを育てる為に街に残ってくれたし。その時使ってた冒険者の店がゴロツキ亭。育てるって言っても冒険者は外仕事が多いから。お父さんが仕事に行ってる間はモーロックとか店の冒険者が面倒見てくれたんだ」

「……ほー」


 この先の展開が想像出来て、俺の相槌は硬くなる。


「で、あたしが六歳の時にお父さんは死んじゃったの。いつも通り仕事に出かけてそれっきり。あたしを捨てたって言う奴もいるけど、そんな人じゃなかったから。魔物に襲われて死んじゃったんだと思う」

「……ごめん。変な事聞いて」


 予想通りの展開になり、俺は罪悪感に苛まれる。


「……謝んなし。別に珍しい事じゃないから。その後はなんか流れでモーロックが面倒見てくれて、店の手伝いしたり、冒険者のお使いとか、色々やって今に至るって感じ。あたしが小さい頃、お父さんは旅をしてた時の話をよく聞かせてくれたの。天まで届くような大きな木の下に広がる街とか、異世界人が王様をやってる国とか、流れる砂の海を泳ぐ鯨の話とか、嘘みたいな話を沢山。嘘つき呼ばわりする奴もいたけど、お父さんは気にしなかった。世界は広くて、不思議な事が沢山あるんだって。だから俺は冒険者になったんだって。あたしが大きくなったら、一緒に旅に出ようって……。まぁ、お父さんは死んじゃったんだけど。だから、あたしも見てみたいなって。それだけ――って、リュージ、泣いてるの!?」

「れ、らってよぉお……」


 泣くだろそんな話。こっちは涙腺の緩み切った三五歳だぞ。


「う、えぐ、えぐ、ぐす、ぶびびびびー」


 と、手で鼻をかみ、その辺の草で拭う。


「ドネートも色々苦労したんだなぁ……」


 分かったつもりになっていたが、こうして本人の口から背景を聞くと心を揺さぶられるものがある。


「そりゃまぁ、加護なしだし、親もいないし、それなりに色々あったけど。モーロックが助けてくれたし、冒険者だってネイルみたいな奴ばっかりじゃなかったから」


 俺の反応を大袈裟に感じたのか、照れるようにしてドネートは言う。が、その表情は日が落ちるようにゆっくりと暗くなった。


「……本音を言えばさ、ほとんど諦めてたんだ。加護なしじゃどう頑張ったって冒険者にはなれないし、荷物持ちにすらして貰えない。どうにか頭の弱そうな奴を捕まえて、冒険者に仕立て上げたらワンチャンあるかと思ったけど、そんな都合の良い相手いるわけないし。もし見つかっても、冒険者になった途端私の事裏切ってどっか行っちゃうし。他の生き方を考えた事もあったけど、どうしても諦められなくて。たった一つでも役に立つ加護があれば違ったはずなのに、どうして神様はあたしに加護を授けてくれなかったんだろうって。きっと神様はあたしの事なんかどうでもよくて、なにかの手違いで生まれちゃっただけなんだって。そんな風に思ってた」

「……その気持ち、俺にも分かる」


 作家を夢見て、書いて書いて書きまくり、報われず、別の道を探した事もあった。作家もまともに出来ない俺が他の仕事をこなせるはずもなく。それ以前に未練がましい俺は違う仕事をしていても隙あらば物語の展開を考えてしまっていた。結局俺には作家しかない。そう思って仕事を辞め、けれど結局結果を出せず、ずるずると歳ばかり食ってしまった。


 希望の見えない毎日、未来のない人生、まるで世界に見放されたような閉塞感の中で、どうして俺ばかりこんな目にと自己中心的な被害者意識に溺れる。他の奴らはみんなうまくやっているのに、どうして俺ばかりこんなにも不出来なんだろう。神とやらがいるとしたら、そいつはきっと俺の事が嫌いに違いない。自分の努力の足りなさ、根性のなさを棚に上げ、都合よく運命を持ち出して世界を呪ったりもした。


 なるほど、自分を取り巻く世界を呪った俺が異世界に拉致られたのは、ある意味で必然だったのかもしれない。


 俺はあの世界に必要のない存在だった。


「……リュージも色々あったんだ」


 泣き出しそうな俺の顔を見て、泣き出しそうな顔のドネートが目を細める。


「……まぁな。それこそ、言った所で面白い話じゃない。大体似たようなもんさ」

「ずるい。あたしには言わせといて、自分は言わないつもりなんだ?」


「……それは、まぁ。聞きたいなら、話すけど……」


 言葉とは裏腹に、俺の心臓は痛いくらいにぎゅっと縮まる。


 ドネートには、俺の正体が情けない負け組の中年ワナビだと知られたくない。相手が誰であれそんなのは知られたくないが、彼女には特にだ。


 卑怯な話かもしれないが、彼女の前では俺はかっこいい異世界人の勇者でありたい。


 ……いやまぁ、そんな要素は今までもあんまりなかったが。


 それでも、詳しい身の上話をして幻滅されるのは怖かった。


「いいよ。話したくないんでしょ? あたしにとってリュージは、このクソみたいな現実を変えてくれる勇者様。それだけで充分だし」

「……ドネート」


 なにそれ。おじさん嬉しくてまた泣いちゃうんだけど。


 感動してうっとりしていると、ドネートの顔がゆっくりと赤くなり、その色は耳の先まで伝わった。


「あーもう! なしなし! リュージが変な事言うからあたしまで変になっちゃったじゃん! 馬鹿ぁ! 今のは忘れて!」


 目を潤ませ、わたわたと手を振ってドネートが言う。萌えだ。異世界ギャルサイコー。


「いいや、忘れないね。ドネートが俺の事をどう思ってるのかよくわかった。なら、俺も期待に応えるさ。強くなって、親父さんの分もドネートに広い世界を見せてやる!」


 その為に俺はこの異世界に連れて来られた気さえする。童貞中年の愚かな勘違いでも構わない。異世界で勇者がどうとか言われてもさっぱりピンと来ない俺だ。やりたい事はなく、目指すべき道は見えない。けれど、これだけははっきり言える。俺はこの子の夢を叶えてやりたい。そんな目的の為なら、俺は理不尽な異世界ライフを受け入れられる気がする。


「……リュージ」


 ドネートの顔が、先ほどの照れとは違う理由で赤くなる。


「……ドネート」


 足を止め、俺達は見つめ合っていた。


 少女漫画のキラキラトーンみたいに甘い空気が俺達を包む。


 不思議な引力が俺達の身体を引き寄せ、俺は初めて女の人と――


「――いちゃいちゃしてんじゃねー!」


 猛スピードで駆け抜ける馬車から言われ、俺達は慌てて距離を取った。


 お互いに困惑し、ぎこちない動きで誤魔化すように自身の顔や髪を弄る。


 なんだったんだ今のは?


 まるで、キューピッドに恋の魔法でもかけられたように良い感じの雰囲気に呑まれてしまった。


 俺はそんなキャラじゃないのに。


 ドネートも、あたしどうしちゃったんだろう? 的な顔で困惑している。


 ……まさか、これも勇者のスキルじゃないだろうな。












スキル【ハーレム体質】  


 勇者はみんなに好かれる人気者! 好感度が上がりやすく恋愛関係に発展しやすい。修羅場になって刺されないよう気をつけよう! 地球人のジェンダーに配慮して同性にもモテるようにしておいたから安心だね!

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