第15話 義父さん
「……長年色んな冒険者を見てきたが、お前さんみたいな奴は初めてだ」
珍しいお宝を鑑定するような目で俺を見ながらモーロックが言う。
俺達はゴロツキ亭に戻っている。ネイルは外で気絶したままだ。元々嫌われ者だったらしく、助けようとする奴はいない。周りへの被害を考えず魔術を使った事でモーロックも愛想が尽きたらしく、しばらく出禁にするような事を言っていた。
そうなってしまうとあんな奴でもちょっと可哀想だなと思ってしまうのが俺の悪い所だ。
「さっきの戦い振りを見るにお前さん、相当強い加護を受けてるな。その癖身のこなしはずぶの素人だ。心構えもなっとらん。まるでついさっき加護を授かったみたいだ。お前さん何者だ?」
モーロックはバチクソに訝しんでいる。当然と言えば当然なのだろうが、俺達はこの状況について何一つ想定していない。異世界初心者の俺は仕方ないとして、ドネートはもうちょっと考えがあってもよかったんじゃないか?
作戦も最初から破綻していたし、結構出たとこ勝負というか、見積もりの甘いタイプなのかもしれない。
俺は右に左に視線を泳がせながら、ドネートにどうすんだよ? と念を送る。
「あー、それは、あれ。こいつ、記憶がないんだ。それでまぁ、色々あって助けてやった感じ。だよな?」
その言い訳は苦しくないか? と思いつつ俺は頷く。
「あぁ」
「……スラムにいるような奴にあれこれ詮索するのは野暮だったな」
溜息をついてモーロックは言う。信じたわけではないが、理由は聞かないでおいてくれるらしい。そう思ったのだが。
「お前さん、異世界人だろ」
おもむろに顔を近づけ、モーロックが囁く。
「ちちち、チガイマスケド……」
俺の目が自由形メドレーみたいに泳ぎまくり、声はオセロばりに裏返る。自分だって不味い返事をしていたくせに、ドネートは俺の反応に呆れて額を覆った。
モーロックまで駄目だこりゃ的に肩をすくめる。
「ドネートになにを吹き込まれたのか知らないが、お前さんがそれでいいなら余計な事は言わんよ。だが、正体を隠したいならもうちょっと上手くやった方がいいな。そんなんじゃ赤ん坊にだってバレちまう」
「……面目ないっす」
余計な事を言わないとか言いながら助言してくれる辺りいい人なのだろう。孤児のドネートを世話しているという話を聞いた時から、俺はこのおっさんをいい奴認定していた。子供を大切にする奴に悪い奴はいないというのが俺の持論である。
「それでドネート。お前はこの兄ちゃんと組んでなにがしたいんだ」
「知ってるだろ。あたしは冒険者になりたいんだ。こいつは記憶がないから、あたしが一緒について色々教えてやる。戦い方まで忘れちまってるみたいだから、とりあえず簡単な仕事をやらせて徐々に鍛えてくつもりだ」
他の冒険者の目もある。表向きは俺は記憶喪失という事で通すらしい。
「……止めても無駄なんだろうな」
諦めるように呟くとモーロックは俺に言った。
「この通りこいつは加護なしの癖に冒険者になると言って聞かん。冒険者の仕事は危険ととなり合わせだ。こんな奴娘とは思ってないが、気まぐれでも今日まで世話してやった情がある。くだらねぇ死に方をさせたら寝覚めが悪いと思って止めてきたが、あんたが面倒見てくれるならまぁ、冒険者の真似事くらいは出来るだろう。うちに限らず冒険者の店は加護の弱い奴には仕事をやらんが、力のある冒険者と一緒なら認めてやってる。それでも、全くの加護なしをパーティーに加えるような冒険者はまずいない。荷物持ちくらいにしか使えないからな。それでもいいなら……口は悪いが根は素直な娘だ。守ってやってくれ」
「任せてください義父さん!」
俺の返事にモーロックが目を丸くし、豪快に笑う。
「はっはっは! 無口な兄ちゃんだと思ってたが、面白い奴じゃねぇか」
「う、うるせぇ! 勝手な事言うなし! てか、あたしがこいつの面倒を見てやってんだ! そこんとこ勘違いすんなし!」
真っ赤になってドネートは言う。なんだかんだ義父さんを否定しない所は可愛いらしいじゃないか。
「それより仕事! 借金返さないといけないって言っただろ。手っ取り早く楽に稼げる仕事を紹介してよ」
「そんな仕事があるか馬鹿。うちみたいな三流店に依頼するような奴はケチばっかだよ。どの道兄ちゃんには人と関わる仕事はまだ早い。まずは人食い森の一層で経験を積ませて来い」
ドネートに言うと、モーロックがこっちを向く。
「向こうの壁にべたべた紙切れが貼ってあるだろ。奥になる程危険で難しい仕事だ。手前の方に人食い森で手に入る魔草やらなんやらの注文依頼がある。そいつを持ってくれば買い取ってやるよ。魔物の出る危険な森だが、ネイルをのしたあんたなら大丈夫だろ。あんなのでもうちの店じゃそこそこの強さだったんだ。ただし、欲をかいて深入りするなよ。魔境ってのは大体そうだが、奥に行く程厄介な魔物が湧く。兄ちゃんは大丈夫だと思うが、ドネートが無茶をするかもしれん。その時は止めてやってくれ。そこが危険な場所かどうかは雰囲気で分かる。他にも色々あるだろうが、ドネートに聞けば大抵の事は教えてくれるだろう。冒険者の仕事をやらせた事はないが、この店で育ったような娘だ。冒険者の話を聞いて、知識だけはそれなりにある」
「うっす!」
元気よく答える俺を、モーロックは微笑ましく眺める。
「冒険者どもがみんなあんたみたいに素直ならいいんだがね。まぁ、素直過ぎるのも考え物か。強力な加護があるのに、こんな加護なしの小娘にいいように使われてるんだからな。とは言え、相手がドネートだったのは幸運だろうよ。口は悪いが根は――」
「わかったってば! 何度も同じ話しないで! 恥ずかしいだろ!」
真っ赤になったドネートが遮る。反抗期の娘みたいで微笑ましい。実際そんな感じか。
「話はもういいだろ! 行こう、リュージ!」
ドネートが俺の手を引く。
「昼飯代は残ってるのか? ないならツケで用意してやるが」
「お願い!」
モーロックの言葉に、肩越しに振り返ってドネートが言う。
彼と話している時は、ドネートは随分幼く見える。パパと娘という感じだ。実に萌えである。
なんて思っているといきなり腹を殴られた。
「ふごっ!? なにすんだよ!」
「……ムカつく顔してた。お前の保護者はあたしだって事忘れんなよ!」
凄んではいるが、相変わらず顔は赤いし、恥ずかしさで目も潤んでいる。親とスーパーで買い物中に同級生に出会ってしまった不良みたいな気分なのだろう。萌え~。子供おじさんの俺である。ドネートの気持ちは理解出来るから、顔を立ててやることにする。
「勿論だ。お前は俺のママだからな」
ぐっと親指を立てる。
「は? なにそれ。キモいんだけど」
普通に嫌な顔をされた。
心が痛い。
その痛みにそこはかとない快感を覚えているのは視聴者と俺だけの秘密である。
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