第14話 勇者の片鱗
「さてネイル。ざまぁされる準備は出来ているか?」
技量はともかく、身体能力では圧倒している。技量だって、俺の身体は戦いの中で学び、最適化されていくような気配があった。剣を握った時に感じた絶望的な違和感は早くも薄れ始めている。
勝てる。
生まれて初めて俺は確信した。
俺、つえ~!
「……クソ素人が、調子に乗るんじゃねぇよ!」
ネイルが叫んだ。その身体から、白い湯気のようなものが薄く立ち昇る。何か分からないが、ヤバい事が起きつつあるという事だけは理解出来る。
遅れて俺は、それが魔力的な何かだと理解した。
「馬鹿野郎! こんな所で魔術を使うんじゃ――」
モーロックが叫ぶ。
「リュージ! 避けろ!?」
ドネートもだ。
「くたばっちまえ!」
ネイルが突きだした左手の先から、猛スピードで光の矢が飛び出した。
俺の身体に宿った異世界的な第六感が、魔力的なサムシングの塊である事を俺に教える。魔力の矢みたいな物だろう。
避ける事は出来そうだ。余裕とはいかないが、ギリギリという程でもない。勇者の身体能力でひょいと横に身を躱すだけでいい。
けど、俺は避けなかった。というか、避けられなかった。俺の背後にはギャラリーがいる。俺が避けたら、魔力の矢は無関係な誰かを貫くだろう。
じゃあどうする? 分からない。どうすりゃいいんだ!? そうしている間にも矢は迫って来る。考えてる暇はない。
「うおおおおおおおお!?」
身体が勝手に動いた。飛んできたハエを叩き落とすように、右手の木剣を力いっぱい振り下ろす。刃が触れた瞬間無理だと悟った。手応えは重く、ぎちぎちに詰まったゴムボールを思わせる。木剣はビスケットみたいに砕け、矢は俺を貫くだろう。
馬鹿。
俺の馬鹿。
なにが俺つえーだ。
調子に乗りやがって。
後悔するがもう遅い。
俺は死ぬ……。
ぁ、でも、死んでも城にリスポーンするだけか。
けど、勝負には負ける。
ドネートに合わせる顔がない。
いっそこのまま死んじまいたい。
などと思っていたが、予想に反して木剣は砕けず、ネイルの放った光の矢はぶっ叩かれて軌道を変え、俺の足先すれすれに突き刺さった。
「……うぉ!? あぶねっ!?」
驚いて九十年代のアニメキャラみたいな恰好で飛び退く。
気がつくと周りが静かになっていた。
みんな俺を見て、口をぽかんとさせている。
……はっ!
今こそあのセリフを言う時じゃないか!?
「もしかして俺、なんかやっちゃいました?」
しゃああああ! 夢にまで見た――それは言い過ぎだけど――台詞を言えて謎にテンションがぶち上る。俺だってなろう作家の端くれだ、――いや、投稿サイトは初心者だけど――どうにかお約束的なこの台詞を自作でも使えないか試してみたが、中々どうして、自然にぶち込むのが難しいセリフである。それをまさか自分の口で言えるとは。ゲームなら右上に実績が解除されてる所だ。
「……嘘だろ。あんな木の剣で、俺の
必殺技のつもりだったのだろう。ネイルはショックで茫然自失だ。その隙を見逃す俺じゃない。周囲の犠牲を顧みず魔術をぶっ放すような奴だ。とっとと終わらせよう。
今の内に一気に距離を詰め……。
詰めて、どうしたらいいんだ?
こんな木の剣で思いきりぶん殴ったら普通に死ぬくない? 死ななくても大怪我しない? それはちょっと可哀想っていうか、いやおじさんもこんなクズ野郎の肩を持つわけじゃないけど、グロイのは抵抗があるって言うか。
でももう剣を構えて目の前まで来ちゃったし! 振り上げた拳は下ろせないじゃん!?
……いや、拳を下ろせばいいじゃん!
と、俺は空中で剣を手放し、握った拳でネイルの顔面を程々に加減して殴りぬいた。
「――ヘブッ!?」
それでも思っていた以上にパワーがあり、ネイルは真後ろに吹っ飛んでいく。ギャラリーが受け止めるかと思ったら、普通に避けられて地面に転がった。気絶したのだろう。ネイルは白目を剥いて動かない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
気づけば俺は息が上がっていた。緊張のせいか、実戦の疲労度は凄まじい。右手にはネイルの顔面の温もりとキモイ皮脂と殴った時の鈍い感覚がべっとりとこびりついている。
DQNが喧嘩をするのは人を殴るのは気持ちいい事だからという仮説を立てた事がある。世の中にはそう言う奴もいるだろうが、俺にとってはガチャで爆死した後のような胸糞の悪さが残るだけだ。別にDQNになりたいわけじゃないからいいんだけど。
一方で、俺は奇妙な充足感を憶えてもいた。初めて喧嘩で誰かに勝った。しかも、困っている人を助ける為の喧嘩だ。怖かったけど、勇気を振り絞って頑張った。
下らないと思われるかもしれないが、俺は十数年ぶりに自分を誇らしいと思った。なんかおじさん泣きそうだ。ドネートに報告したくて振り向く。
「リュージ!」
全裸中年に優しい異世界ギャルが駆け寄って、ジャンピングだいしゅきホールドで俺に抱きついた。
「馬鹿野郎! 無茶しやがって! この馬鹿! お前、最高かよ!」
俺の背中をボコスカ殴りながら、嬉し泣きでドネートが言う。
俺は全身で感じる異世界ギャルの柔らかな温もりとワイルドな体臭に震えつつ、彼女の尻があと数センチ下がると俺の怒りん棒に触れてしまう件についてどうするべきか考えていた。
さり気なく尻を支えるのが得策だろうが、こちらは年季の入ったDT中年である。女体は崇めるべき神秘の偶像だ。触れるなど恐れ多い。某映画版大怪盗三世のラストのように、触りたい、でも触れない! とぎこちなく手を彷徨わせるだけである。
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