第13話 むしろご褒美
「舐められたもんだよなぁ。確かに俺は冒険者としては三流だが、顔だけの素人に負ける程弱かないぜ」
店の外の通り。嗜虐的な怒りを含んだ笑みを浮かべてネイルが言う。手にはモーロックが用意した木剣が握られている。俺の手にもだ。
冒険者同士の喧嘩など珍しい事ではないが、流石に死人が出たら憲兵が五月蠅いと渡された。
使い古された木剣は傷だらけで、あちこちに拭いきれない赤黒い血の跡が染みついている。その事実に忌まわしさを感じ、なけなしの勇気が揺らぐ。
俺にはこの剣が呪われた武器のように感じられ、許されるなら今すぐにでも放り出したい。木剣も俺のような素人に使われるのは不本意だとでも言うように、汚れた布の巻かれた握りはこれっぽっちも手に馴染まない。剣なんか握った事がないのだから当然だろう。
早くも俺の中には後悔の念が湧いていた。早まった。馬鹿な事をした。もし負けたらドネートはあの下衆野郎の物に――文字通り奴は彼女をオナホのように扱うだろう――なる。そうなった時責任が取れるのか!?
……勝てばいいんだ。勝てば……祈るように唱えるが、三五年の人生でほとんど勝ちと呼べるような経験をしてこなかった俺だ。目の前の腐れチンポに勝てるビジョンなどまるで浮かばない。
それでも勝たなければいけなかった。勝ちたい。頼むから勝たせてくれ。ドネートの為に、そして俺の為に。ここで勝てなければ俺は負け犬だ。一夜漬けの勉強を思い出すかのように、俺は必死に城の兵士がどんな風に剣を扱っていたかを思い出す。
「ぷっ、ヒヒヒヒ! なんだよその構えは! 素人にも程があるぜ!」
俺の見よう見まねをネイルが笑う。それだけで俺の精神はボロボロになった。足元がおぼつかなくなり、恥ずかしくて剣をまともに構えられなくなる。
そんな俺の尻をドネートが叩いた。
「気後れすんなリュージ。お前は……特別な存在だ。そうだろ? 素人だろうが、あんなクソ野郎に負ける理由なんかねぇんだ。難しい事考えずに力いっぱいぶん回してこい」
……ママァ。
ドネートの励ましがストゼロのように俺の身体に染み渡る。恐怖と緊張で固まった心身が解れ、胸の奥に熱い炎が灯る。こんないい子を不幸にさせちゃいけない。
「……おう!」
そんな俺はネイルは笑う。
「まるでオムツの取れねぇガキだな。そんなクソ女に尻を叩かれて恥ずかしくねぇのかよ! ヒヒヒヒ!」
「全然」
俺はそれらしく構えようとする事やめた。
ドネートに言われた通り難しく考えるのはやめて、身体が望むに任せて楽な姿勢を取る。
「むしろご褒美だ!」
俺の言葉にネイルがたじろぐ。
「……ッチ。イカレかよ。話にならねぇ。もういいモーロック、早く合図をくれよ」
審判役の強面の店主は不本意そうだが、もはやこうなっては止められないと諦めたのだろう。溜息と共に肩をすくめる。
「どちらかが降参するか、俺が勝負ありと判断するまで続ける。ネイル。間違っても殺すんじゃないぞ」
「そりゃ努力はするけどよ、戦いってのはなにが起こるかわからねぇ。万が一が起きても、俺を責めるのはお門違いだぜ?」
モーロックよりも、俺に聞かせるようにしてネイルが言う。
「気にすんなよ。あんなの、ただの脅しだ!」
ドネートが言う。開始の気配を感じて、彼女はギャラリーに混ざっている。さして多くはないが、人の輪が作る即席のリングだ。
ネイルの言葉は俺の精神を揺さぶったが、崩れる程じゃない。むしろ、小狡い盤外戦術に腹が立ち、平和主義の俺を戦わせる手助けになっている。
「なるほど。偶然なら殺しても許されるのか」
出来るだけ感情のない目を装ってネイルに言う。今の俺は見た目だけはクールな超絶イケメン(モヒカン)だ。そんな奴が死んだ魚のような目をしてこんな台詞を吐いたら、誰だってビビるだろう。
ネイルにも多少の効果はあったはずだ。
「……言ってろよ」
減らず口を止めてネイルが木剣を構える。
程なくして、モーロックが開始の合図を出した。
「ぶっ殺してやるよおおおお!」
俺をビビらせる算段だろう。不必要に大声を出しながらネイルが突っ込んでくる。俺は内心でビビり散らかしながら、冷静にネイルの動きを観察する。
一応俺には城を守る近衛兵(仮)の攻撃を裸一つで避け切った実績がある。普通に考えれば、城を守る兵士が三流冒険者より弱いという事はないはずだ。今は武器だってある。一対一なら、落ち着いて戦えば勝てるだろう。
そう思う一方で、平和な城勤めでスポーツ剣術的な訓練しかしていない兵士よりも、日々実戦に身を投じている冒険者の方が強い可能性もあった。
この世界の人間が神々より与えられる加護とやらが――宇宙人がファンタジーな雰囲気づくりの為に与えた力だろうが――どの程度の物か知らないが、ドネートを加護なしと呼ぶからには、ネイルはなにがしかの加護を受けている。それについては俺も同じだが、未知数の不確定要素を抱えている事は確かだ。
勝ち目はあるはずだが、油断できない戦と言えるだろう。
ネイルは初手で決めに来た。上段からの大振りの一撃と見せかけて、俺の喉笛を突きで狙ってくる。喉を潰し、声を出せなくなった所をモーロックのストップが入るまで滅多打ちにするつもりなのだろう。
スローモーションに見えた訳ではないが、不思議と俺にはそれが分かった。思い返せば、巨大猪や城の兵士い追い回された時も、焦り散らかしてはいたが、物事を考え判断する思考的な余裕は常にあった。
難なく避ける。厭らしさはネイルの方が上だ。狙いに気づかなければ成すすべなく食らっていただろう。一方で、剣の素早さは近衛兵(仮)の方が勝っている。基礎能力はあちらが上という事だろう。なんにせよ、意表さえ突かれなければ、ネイルの攻撃は捌けそうだ。
これも勇者の能力だろうか。クソマニュアルは、商人なら商売関係の事柄に関する学習能力が強化される的な事を言っていた気がする。勇者は劣化戦士とも言っていた。なら、戦闘関連に対する学習能力や適応力が備わっていてもおかしくない。
そんな事を考えながら、ネイルの攻撃を武器も使わず――使い方が分からないだけだが――避け続ける。
その度にギャラリーが歓声を上げ、ネイルの顔に焦燥が滲んだ。
「すげぇなあの兄ちゃん! 何者だよ!」
「あんなどんくさい動きでよく避けられるな」
「ネイル! 遊んでんじゃねぇぞ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
ネイルがギャラリーに叫ぶ。
「はっ! ちったぁ出来るようだが――」
なんとなくチャンスなような気がして、俺は斬りかかってみた。両手持ちはどうもしっくりこない。俺が唯一握りなれた武器であるハエ叩きをイメージし、腕一本で振り回す。
ブオン!
凄まじい風切り音に、剣を振った当人が驚く。
撃ち込みは浅すぎて、ネイルの剣にすら届かなかった。
いや。
ある意味では、俺の剣はネイルに届いた。
剣風が奴の薄毛を激しく揺らす。
その風量に驚いて、ネイルは団扇で吹き飛ばされた蚊みたいに飛び退く。
……あれ?
……もしかして俺、結構強い?
自分の物ではないような気がして――実際違うんだが――剣を握った手を見つめる。次に視線はドネートを探した。
「……なんだよリュージ……お前、めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか!?」
泣き出しそうな顔でドネートが叫んだ。
今の一振りで静まり返っていたギャラリーがわっ! と沸く。
「俺が一番驚いてる」
苦笑いを浮かべると、俺は序盤の当て馬(A)に向き直った。
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