第12話 相棒

「なさけない顔すんな」

「……おう」


 お陰で俺は幾分か持ち直した。


 こんな俺でもドネートは信じ、期待してくれている。それが自分の為だとしても、いや、だからこそ、俺は嬉しい。こんな俺でも、必要としてくれる人はいるのだ。


 引きニート生活は孤独だ。社会と隔絶されただ一人で生きていると実感する。人と関わらない生活は死んでいるのと変わらない。俺は生きたい。他人に認められ、必要とされたい。俺の力で誰かを笑顔にし、ありがとうと言われたい。ただそれだけの為に駄文を書き散らしてきたと言っても過言じゃない。


 俺の努力――間違った努力だったのかもしれないが――は実を結ばなかったが、何の因果か二度目のチャンスが与えられた。しかもイケメンボディとチートの能力の超イージーモードだ。これだけ甘やかされても駄目なら、俺は俺を見損なうだろう。


 それだけは嫌だ。俺にまで見捨てられたら、俺はもう生きていけない。ここが俺の踏ん張りどころだ!


 なんて自己満足的な決意をしたところで、ドネートが安心するわけでもない。それでも、彼女は俺の表情の変化に〇が一に変わった程度の希望を見出し、励ますように頷いた。


「モーロック。あんたの言う通り確かにこいつは素人のチキン野郎だ。けど、力はある。何の加護かは知らないが、かなりの力だ。経験さえ詰ませれば絶対に大化けする」


 当初の作戦を変更し、ドネートは正面から訴えた。

 そんな彼女を、モーロックは面倒くさそうに見返す。


「その話は聞き飽きた。そろそろ別の言い訳を考えたらどうだ?」

「ヒヒヒヒ! だから言っただろうが!」


 ねずみ男とその仲間達がこれ見よがしに笑う。

 どうやらドネートは、こんな風に使えそうな人間を冒険者の店に売り込むのは初めてじゃないらしい。


「今度こそ本当なんだって! なんでもいい! 簡単な仕事をやらせてくれよ! 依頼人に迷惑のかからない仕事ならいいだろ! 魔物退治とか、魔草集めとか!」


 モーロックが怒ったように鼻息を荒げる。


「簡単に言うなドネート。素人に仕事を任せて死なれたら店の看板に傷がつく。大体、危険度で言えば魔境に潜る仕事の方が危ないんだ。運が悪けりゃいきなり格上のバケモノに出くわす事だってある。そいつが死んだらお前は責任が取れるのか?」

「取れないよ。だからあたしもついてく。こいつが死んだらあたしも死ぬんだ。それならおあいこだろ」

「馬鹿らしい! 死人が二人に増えるだけだ! 加護なしのお前なんか足手まといにしかなりゃしねぇ! そんな事して、いったい誰が得するってんだ!」

「あたし達さ。そういう契約なんだ。こいつは頭が足りないから、その分をあたしが補ってやる。二人で一人の冒険者だ。無理なら、どの道あたしはおしまいだ。こいつの装備を揃えるのにヤクザから借金したんだ」

「馬鹿野郎! なんて早まった真似を!」


 声を荒げると、モーロックが額を手で覆う。


「馬鹿で結構。加護なしのあたしが冒険者になるには手段なんか選んでられないんだ。どうすんだよモーロック。あんたが断ればあたしは破滅するぜ」

「可哀想な孤児だと思って散々手を焼いてやった俺に対する仕打ちがそれか!? お前なんか世話してやるんじゃなかったよ!」


 どうやらドネートは孤児で、モーロックは育ての親のような関係らしい。冒険者の店に顔が利くと言っていたのはそういう事か。


 ドネートは断られる事は想定していた。だから、あえて退路を断つような真似をしたのだろう。すごい覚悟だ。


 それはそうと、今のモーロックの言葉はドネートにかなり効いたらしい。横面を叩かれたようにふらつき、眼に涙まで浮かべている。


「……それでも、あたしは冒険者になりたいんだ。頼むよモーロック。たった一度でいい。あたしにチャンスをくれよ!」

「……むぅ」


 ドネートが頭を下げると、モーロックは眼を閉じて呻った。下手をすれば、自分の判断のせいで俺とドネートが死ぬことになる。俺の事なんかどうでもいいだろうが、モーロックからすればドネートはそれなりに大事な存在のはずだ。本来なら即答で断る所だが、ヤクザに借金をしたと言っているから、それを建て替えるかどうかで悩んでいるのだろう。


「いいじゃねぇかモーロック。じゃじゃ馬のドネートが頭まで下げてんだ。一度くらいチャンスをやれよ」


 気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら、ネズミ男がこちらにやって来る。

 あれ? 意外に良い奴? クズ野郎かと思ったら実は的な?


「ネイル?」


 ドネートも驚いて目を丸くしている。


「お前さんには関係ない話だ」


 モーロックは煙たがっている様子だが。


「そう言うなよ。あんただって毎度の事でいい加減うんざりしてるだろ? 丁度いい。まとめて俺が解決してやるよ」


 モーロックに言うと、ネイルは二人に対して言った。


「簡単な話だ。そこのボンクラが俺に勝てたら、最低限の実力は証明できる。そうだろ、モーロック?」

「……一応はな」


 胸焼け気味の溜息をついてモーロック。ネイルがなにかを企んでいると見て警戒しているような感じだ。


「……それで、こいつが負けたらなにを要求する気?」


 お見通しと言った風にドネート。まぁ、そうなるだろう。


「人聞きが悪い事を言うなよ。俺は善意で言ってやってるんだぜ。看板娘のお前が借金のカタにもってかれるのは常連としても忍びねぇ。そいつが負けたら、俺が借金を肩代わりしてやるよ」


 ……? やっぱ良い奴じゃん。


「……で、その代わりお前の女になれってか?」

「ヒヒヒヒ、それくらいは当然だろ」


 スケベな顔でねずみ男が言う。良い奴かどうかと言われると微妙なラインだ。俺にとっては何の得にもならないが、ドネートには最悪の場合の命綱になる。


「やなこった。好き勝手女を食い散らかしてガキが出来たら捨ててんのは知ってんだぞ。お前みたいなクソ野郎に抱かれるくらいならヤクザに売られた方がマシだ」

「おいおい、そりゃないだろ。商売女に墜ちるくらいなら、俺に抱かれといた方がマシだぜ? どのみち加護なし孤児のお前にはそのくらいしか使い道がないんだ。いつまでも馬鹿みたいな夢見てないで賢くなれよ。見た目だけは上物なんだ、飽きるまでは可愛がってやるからよ。ヒヒヒヒ」


 ……どこの馬鹿だ? こいつが良い奴かもとか言った奴は。


「……クソ野郎が! てめぇなんかお呼びじゃねぇよ!」


 ドネートも怒り心頭だ。当然だろう。ネズミ男の言葉は侮辱を通り越して冒涜だ。聞いてて俺も腹が立った。人間は女の股から生まれる。女を大事に出来ない奴はクズだ。やるだけやって子供が出来たらポイとか話にならない。


「……そうだな。ネイルの出した条件でそっちの兄ちゃんが勝てたら仕事をやってもいい」


 渋々という感じでモーロックが言う。


「モーロック!?」


 ドネートはなんでそんな事言うんだよ!? って顔だが、すぐにモーロックの真意に気づいて渋面を作る。


「……そういう事かよ……卑怯だぞ!」


 ネイルは最悪の男だ。もし負けてこいつの女にならないといけないのなら、ドネートも諦めると踏んだのだろう。


「先に卑怯な手を使ってきたのはそっちだろうが。飲めないのならその程度の覚悟だって事だ。借金は俺が立て替えてやる。女給として雇ってやるから真面目に働け」


 ドネートは言い返せない。喉まででかかった言葉を口に出せず、悔しそうに唇を噛み、小さな拳を振るわせている。


「そりゃないぜモーロック! ドネートが可哀想だとは思わないのかよ?」

「お前さんに手籠めにされる方がよほど可哀想だ。どの道この兄ちゃんじゃ相手にならん。そうでなきゃ、卑怯者のお前が勝負なんか言い出すはずないからな」

「ヒヒヒヒ、当然だろ。けどよ、モーロック。卑怯じゃなくて悪賢いと言って欲しいね」


 なにやら、すっかり話は終わったような雰囲気になっているが、そうはいかない。


「このアホをぶちのめせば冒険者として認めてくれるのか」


 タイミングを計り、俺は言った。


 今まで黙っていたのは、声を震わせず、噛んだりしないように、何度も何度も心の中で練習していた為だ。


 多分上手くいったと思う。俺にしては、クールに言えたはずだ。


 俺の一言が空気を破壊した。狙い通りだ。空気を壊す事に関しては昔から定評のある俺だ。居た堪れない沈黙が流れ、ねずみ男が振り返る。


「……あぁ? てめぇ、舐めてんのか? あぁ!?」


 DQN感丸出しの顔で凄んでくる。

 怖いが、覚悟していた程じゃない。


 やはりイケメンはチートだ。それだけで強くなった気がする。背も高くなり、身体も筋肉質になった。物理的な優位性が俺に勇気を与えてくれる。


 そしてなにより、俺は怒っていた。俺は作家だ。似非だとしても、登場人物の気持ちになる事に関してはかなりのものだと自負している。そんな俺だから、ドネートの悔しさは手に取るように分かった。


 そもそもにして、彼女は俺と同じような境遇にあった。持たざる者だ。身の丈を超える夢を抱き、必死に手を伸ばしても届かず、ボロボロになり、笑われながらも努力して、それでも報われず、地の底を這いまわる無力な虫けらだ。


 持てる者に嘲笑われ、どうせ無理だと見下される悔しさと憤りは文字通り自分の事にように理解出来る。彼女は俺だ。異世界に生きるもう一人の俺だ。ここで彼女を見捨てるのは、俺自身を見捨てる事に他ならない。そうでなくとも、こんな時に立ち上がれないでなにが勇者だ!


「てめぇこそ俺の相棒に舐めた口利いてんじゃねぇぞ!」

「――なっ!?」


 木偶の坊だと思っていた相手に突然凄まれ、ネイルがたじろぐ。


「リュージ……」


 ドネートも茫然としている。その目には迷うような色があった。止めるべきか、乗るべきか。


「俺に賭けたんだろ。俺は、そんなお前に賭けた。二人で勝ってのし上がろうぜ」


 ドネートに笑いかける。見栄を張った作り笑いだが、引き攣ってはいない。今の俺はイケメンで、心と身体は不可分だ。外見が変われば内面も影響を受ける。負け犬根性の染みついた俺にはこれ以上ないチートだろう。

ドネートも覚悟を決めた。


「……表に出ろよネイル。あたしの相棒が相手になるぜ」

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