第11話 ゴロツキ亭にようこそ!

 頭一つ小さいドネートの後ろを背を丸めて歩く。


 途中でみっともないからしゃんとしろと怒られた。


 お前は俺のお母さんか?

 

 ママァ! それならそれで私は一向に構わんッ!

 年下のママ、最高じゃないか!


 ともあれ、冒険者の店に向かう道中俺は簡単なレクチャーを受けた。

 とにかく舐められるな。自信満々に、いかにも出来る奴を装え。誰かしらに喧嘩を売られるだろうが絶対にビビるな。ビビってもいいから顔や態度には出すな。新人いびりはお約束というか試験みたいなものだ。ここでビビるような奴は仕事を貰えない。ただし喧嘩は避けろ。


 これから行く店は冒険者の店としては程度が低いが、――つまり、集まる冒険者の質も低いという事だ――それでも連中は荒事で飯を食ってる。ちょっと運動神経の良い素人が勝てる相手じゃない。


 向こうにも面子があるから――冒険者は面子を大事にするそうだ――喧嘩になればとことんやる。怪我をしても医者にかかる金はない。等々、色んな注意を受けた。


 そんなに色々言われても憶える自信がない。多分もう半分くらい忘れている。


 冒険者の店はドネートの住むスラムからそう遠くない場所にあった。


 ドネートの住む場所が廃屋ばかりの寂れ散らかした死んだスラムだとすれば、こちらは現役ばりばりの生きたスラムという感じだ。下町と歓楽街を悪魔合体させたような通りで、建物は古びて小汚いが、ギラギラとした活気に満ちている。


 どういう仕組みでこの世界の文字が理解出来ているのか分からないが、看板に描かれたロシア語風――雰囲気的にそう感じるだけで実際にそうかは分からない。ロシア語とか知らんし――の文字はゴロツキ亭という意味だと読み取れた。なんて名前だ。


 中は絵に描いたようなファンタジーゴロツキ酒場という感じで、もうちょっと真面目に説明すれば西部劇の酒場っぽい――具体的に細かく描写してもいいが興味あるか?


 全裸中年(元)に優しい異世界ギャル(ママ)同伴で中に入ると、西部劇の酒場よろしく、昼間っから酒飲んでいる冒険者達がなんだてめぇ? とばかりに俺を睨んだ。


 それだけで俺の精神ポイントはごりごり削れ鼓動が早くなる。今すぐ回れ右をして帰りたい気持ちを必死に抑える。目も泳ぎそうになるが、誰とも目が合わないように頑張って虚空を見つめる。大丈夫、今の俺はイケメンだ。クソッタレ宇宙人にチート能力を与えらた選ばれしインチキ勇者だ。こんな物語の序盤で主人公に絡んでざまぁされる為だけの存在みたいなチンピラ以下のドサンピンにビビる理由はない。


 頭では分かっているが三十五歳の引きニート陰キャコミュ障オタク子供おじさんの本能がDQNを恐れてしまう。ていうかもう俺くらいのレベルになると俺に好意を持ってくれる存在以外みんな怖い。近所のコンビニ店員にすら見下されているように感じる俺だ。


「またドネートが使えないゴミを連れて来やがった」


 チンピラーズの一人、薄毛の黒髪に袖なしの上着を着たネズミ男風のDQNがDQN特有のそうだるぅぉぉお、みんぬぁあ!? 的な声音で言った。DQN界の礼儀に乗っ取り、周囲のDQNがとりあえず笑っとくか的な感じで笑う。


 俺は得意の聞こえてないふりでドネートの出方を伺う。ドネートはネズミ男に視線を向けもせず、はいはい雑魚がなんか言うとりますわ的に肩をすくめ、ちらりと視線を俺に向ける。


「気にしなくていいよ」


 喋ると声が上ずりそうだったので、俺は海外映画のニヒルな二枚目キャラをイメージして肩をすくめた。


「派手な頭の兄ちゃんよ。そいつになにを吹き込まれたか知らないが、利用されてるだけだぜ!」


 ドネートの顔が強張り、梅雨空みたいな顔で俺を振り返る。


「信じないで」


 俺は表情を殺して肩をすくめる。さっきまでなんとかなるべ的な強気の姿勢を見せていたドネートはどこへやら。普通に切羽詰まっている。なんだかんだ出会って数時間しか経っていない俺達だ。口約束の不確かさは数少ない作家仕事で俺も痛い程理解している。俺の前では強がっているが、内心でははちゃめちゃに不安なのだろう。


 普通に考えれば自分みたいな底辺のカスにチート能力を持った異世界人がいつまでも馬鹿みたいについてきてくれるわけがない。そう思っているはずだ。一理ある。俺の中身がもっと真っ当な人間だったらそういう選択肢もあったかもしれない。


 けど、俺はこの通りの社会不適合者だ。ちょっと人に優しくされたらころっと懐いてしまう。それが自分と同じように底辺を舐めながら健気に這い上がろうと頑張る異世界ギャルなら猶更だ。


 あと他の人間は知らんけど俺は口約束だって破ったら罪悪感でぼどぼどになるタイプのおじさんだ。ドネートに泣きながら裏切り者とか責められたら自己嫌悪で死にたくなると思う。


 その後だって自分の力でパトロンを探せる程社交的でなければ行動力もない。作家の真似事をしている時もそうだった。書く事に対してだけはまぁそれなりに頑張れた俺だが、交渉ごとになるとまるでだめだ。足元を見られたり、実績になるとか言われてタダ働きさせられたのは一度や二度じゃない。報酬を踏み倒されてバックレられた事だってある。


 本気で取り立てようと思えば幾らでも手はあっただろうが、それによって生じる労力とストレスを考えると、めんどくせぇやで済ませてしまう。そんなダメ人間の俺だ。ドネートがこんな俺に価値を認めて利用してくれると言うのなら文句はない。なんなら嬉しいくらいだ。少なくとも、ドネートが俺をちゃんと人として扱ってくれる限りは。


 だからドネートは俺が裏切る心配などしなくていいのだが、中々複雑な背景を持つ感情である。口で言っても伝えるのは難しいし、下手に安売りするとそれはそれでお互いにとって良くない結果になるだろう。人間関係の難しい所だ。


 DQN達のニヤニヤ笑いに見守られて、俺達は奥のカウンターに向かう。そちらでは、元冒険者的な背景がありそうな悪人顔の店主っぽい男がドネートの存在をあえて無視するように視線を下げて食器を磨いていた。


「聞いてよモーロック。今度こそ使える奴を連れてきたんだ」


 強面の店主は傷だらけの木のカップに勘弁してくれよ的な溜息を注ぐと、ギョロついた眼を俺に向けて値踏みした。油断していたせいで目が合ってしまう。半秒程で根負けし、俺は可能な限りさり気なく――可能だったとは言ってない――視線を逸らした。


 そんな俺に、モーロック氏はがっかり感溢れる溜息を投げかけ、ドネートに視線を向ける。


「いい加減にしろドネート。俺だって冒険者の目利きで飯を食ってるんだ。使い物になるかどうかくらい眼を見れば分かる。確かに見た目は立派だが、それだけだ。こんな奴に仕事をやってもなんにもならん。臆病風に吹かれて逃げ出すのがオチだ」


 モーロックの言葉に俺の心臓はギュッとなる。そこそこ自信のある新作を編集に没にされた時のような気分だ。身体の内側で自分の魂が形を失って溶け、ぐちゃぐちゃに引き裂かれるような感覚。平衡感覚が乱れ、息が荒くなる。


 ここでも俺はダメなのか? こんな立派なイケメンの姿を貰い、役割勇者とかいう(多分)チートスキルの詰め合わせを与えられても、俺は役立たずと言われてしまうのか?


 そこまで俺の中身は腐っているのか? 赤の他人に一目で見抜かれる程?

 くそ、くそ、くそくそくそくそ!


 そんな俺のつま先をドネートは思いきり踏みつける。


「うぎっ!?」


 痛みに悲鳴を上げてドネートを見返す。


 俺を見上げるドネートの目は焦燥し切羽詰まっていたが、希望だけは失っていなかった。


 たとえ希望などないとしても、最後の最後まで足掻き続けてやるという諦めの悪い決意の炎が燃えている。

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