第10話 みんな学芸会で何の役やった?

 そんなわけで先ほどの袋小路に飛び出してさくっと身体を洗った。


 イケメンってすごいな。さっきまでは俺みたいな全裸中年が醜い姿を晒して申し訳ありません! でも、ちょっと快感……みたいな気持ちだったのに。今はこのイケメンの美しい裸体を拝見できる幸運な奴はいないか? って感じで誰かが通りかかるのを期待してしまった。


 流石イケメン、魔性の力を持つチートスキルだ。過信しすぎると身を滅ぼしかねない。中身は醜い全裸中年である事を肝に銘じておかないと。


「ふっ。流石イケメン。どんな服でも恐ろしい程似合ってしまうな」


 着替えた俺は、ドネートの構える鏡(欠片)の前でうっとりポーズを取る。見た目的には地味な旅人の服って感じだ。着古し感的に中古だろう。それでもイケメンが着ると様になった。


 昔なにかのサイトで高級ブランドを着たブサメンと安物を着たイケメンの比較記事を見た事がある。結果は勿論イケメンの圧勝だ。ブサメンが着ると三十万のスーツも安物に見える。逆にイケメンが着るとスーパーで売ってるなんだかよくわからない服ですらおしゃれブランドの高級品に化けた。


 ていうか、イケメンなんか全裸でもかっこいいんだ。元がいいならなにを着せたってそれなりに見えるだろう。チート過ぎる。


「……おまえ、急に人が変わってないか?」

「ふっ、そんな事ないって。ただ、自分がいかにイケメンだったか思い出しただけさ」

「……最初のうじうじ野郎もキモかったが、今のお前はもっとキモいな」


 さぶいぼを堪えるようにしてドネートが身震いをする。


 どうとでも言ってくれ。苦節三十五年、ようやく手に入れたイケメンの座だ。見た目がイケメンになっても中身がキモイ子供おじさんである事は充分に承知しているが、もう少しだけイケメンの余韻に浸りたい。


「ところでドネート。不思議だったんだが、どうして君は俺が異世界人だとわかったんだ?」


 なんか色々あってスルーしてたが、不思議と言えば不思議だ。


「冒険者共の噂で聞いた事があんだよ。全裸で街中を走り回る妙な奴を捕まえてみたら、実は異世界人だったって。憲兵相手にあんだけ逃げ回れるのは普通じゃない。もしかしたらって思ったんだ」

「なるほど」

「それより仕事しに行くぞ」


 ドネートが剣帯付きの古びた長剣を俺に渡す。見るからに安っぽい粗悪品だが、折角用意してくれた物に文句を言う俺じゃない。


 外に出るドネートの後ろを追いかける。


「仕事って、なにすんすか」


 仕事というワードにイケメンの化けの皮が剥がれ、内側からビビりの俺が顔を覗かせる。


 そもそもにして仕事という言葉にアレルギーを持つ俺である。人は元来労働のない楽園に住んでいた。そして罪を犯し、労働という罰を与えらたのだ――とどこかの宗教が言っている。なら、労働とは罰である! 悪と言い換えてもいい。労働反対! そういうスタンスの俺だった。


「お前みたいな素性の分からない奴が働ける場所なんて一つしかねぇよ。冒険者の店だ。ゴロツキの集まりみたいな所だが、あたしはちょいと顔が利くんだ。お前がヘマをしなけりゃなにかしらの仕事にはありつけるはずだ」


 俺は複雑な気持ちになる。俺は冒険者物が好きだ。腕っぷしを頼りに自由気ままな生活を送る冒険者は勇者に次ぐ――最近むしろ勇者より人気なのかもしれないが――ファンタジーの花形と言えるだろう。


 とは言え、自分がなりたいかと言われると呻ってしまう。冒険者の仕事なんてどう考えてもきつくて危険で大変だ。怖い思いをするし痛い目にもあうだろう。現代社会の荒波にすら耐えられなかった温室育ちの俺に務まるとは思えない。


 一方で、基準を現代から異世界に移せば、冒険者の仕事はまだマシと言うか、楽し気だなとも思う。なんにせよ働かなければ生きていけない。冒険者の店しか選択肢がないと言うのなら仕方がないし、皿洗いやら港の積み荷下ろしをやらされるよりはマシなのだろう。全ては俺に与えられたチートパワー次第という所だが。


「そのさ、言いづらいんだけど、勇者って言っても俺、戦った事とかないぜ?」

「は?」


 ドネートが脚を止めて振り返る。


「説明するのは難しいんだけど、元々の俺は作家……みたいなもんだったんだよ。剣とか握った事もないし。勿論魔術だって使えない」

「おいおい、話が違うぞ! お前、勇者じゃないのかよ!」

「だから、一般人の俺に神様が勇者のパワーを与えたんだよ。鍛えれば強くなるって言われてるけど、今の所はこの通りだ。それでもこの世界の普通の奴よりは強いと思うけど、実際どうなのかはよくわからん。試した事ないし」

「めんどくせぇ奴だな……」


 ジト目で睨むと、ドネートは突然俺の顔面を殴りかかった。


「うぉ!? なにしやがる!?」


 驚いて避ける。


「とりあえず、今のが避けられるんなら大丈夫だろ」


 どうやら試したらしい。理にかなっていると言えなくもないが、びっくりするからやめて欲しい。おじさんはびっくりするのが苦手なんだ。


「身のこなしはどんくさいけど体力はあるみたいだし、動きだけなら早い事は早い。戦闘経験がなくても最低ランクの仕事ならなんとかなるだろ。とは言え、素人だとバレたら流石に無理だ。あたしがフォローするから、お前も上手い事それっぽい雰囲気を出せ。とりあえず一つ仕事をこなしちまえばこっちのものだ。冒険者は実力主義だから後の事はどうとでもなる」


 ドネートは気楽に言うが俺は不安だった。

 演技なんて小学校の学芸会でしかやった事がない。

 役柄は川で、青いビニール紐を束ねたふさふさの衣装を着て床に寝そべるだけだ。それすらも大事な場面でビニールのふさふさに鼻をくすぐられてクシャミをしてしまった。大戦犯をやらかした俺はクラス中から責められ、卒業するまでハブにされた。

 以来、人前で目立つ事にはトラウマ的な苦手意識がある。

 そんな不安が顔に出ていたのだろう。


「しっかりしろよ色男」


 ドネートが俺の脇腹を小突いて励ました。


 ……異世界ギャル優しいじゃん。


 そんな事で不安が消えたりはしなかったが、頑張ろうという気持ちだけは湧いてきた。

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