第9話 イケメンはチートスキルだろ

「こんなもんか」


 半分程清書が済んだところで――とは言え、記憶力がゴミなので清書する端から忘れているが――ドネートが言った。


 内側に潜っていた意識を外に戻すと、随分と頭が軽くなっている事に気づく。床屋なんか年に一度しかいかない俺だ。馬鹿みたいに太い剛毛が庭の雑草みたいに生え散らかしている。そりゃ軽くもなるだろう。まるで裸みたいだ。


「かなり短くしたんすね」

「じゃないとイメチェンにならないだろ」


 素っ気なく言うと、ドネートは指先を舐めて俺の眉に唾を塗りこんだ。


 ……!? ちょっと! 困ります! それ、もはや間接キスじゃないですか!?


 と俺が泡を食って硬直している間に、ドネートは短剣を抜いて俺の眉を剃り落とした。


「っし。完成だ。はっはー! やるじゃんあたし! 床屋の才能あるんじゃないか?」


 出来栄えにほれぼれしてドネートがはしゃぐ。しかめっ面がほぐれると、微笑ましく感じられるほど無邪気で愛らしい顔がそこにはあった。萌え~。


「マジっすか! 見たいんすけど! 鏡は……ないか」


 まともな家具なんてほとんどない家だ。異世界って鏡とか高級品っぽいし。


「は? 馬鹿にすんなし。鏡ぐらいあるっての!」


 ムッとすると、ドネートは奥の部屋に引っ込んで戻ってきた。


「ほらよ」


 両手に持つのは、手鏡くらいの大きさの菱形に割れた鏡の破片だ。


 ……いや、鏡には違いないけど。本当、逞しい子だな。


 って、おい!?


「嘘だろ!?」


 鏡に映った光景に目を疑う。


「仕方ねぇだろ。お前のイメージを変えるとなると、このくらいすげぇ髪型にするしかなかんたんだよ」


 一時のテンションで悪乗りしすぎた後みたいにバツが悪そうな顔でドネートが言う。


 俺の頭は暴れ馬の鬣を思わせる見事なモヒカンに様変わりしていた。


 正直それはどうでもいい。ちょっとびっくりしたけど、イメチェンするならこれくらいは覚悟していた。


 俺が驚いたのは、鏡に映る俺の姿が全くの別人だった事だ。


 まず、髪の色が違う。純日本人の俺は当然黒髪だ。頭の中央に拳の幅程残った髪は、いぶし銀な灰色。アッシュグレーに変わっている。


 顔も違う。元のブサイク面について詳しく説明する必要も需要もないから割愛するが、鏡の中の俺は某有名ファイナル系超大作シリーズ物ゲームの主人公でもおかしくないくらいのイケメンに変わっている。推定年齢一〇代後半~二〇代前半。


 身体つきも変わっていて、運動不足の痩せ型に胃下垂で腹の出た餓鬼のような姿は跡形もなく、K―1選手みたいな鍛え上げられたマッスルボディーがそこにはあった。


「……マジかよ」


 そう言う他ない。もしかして、これも勇者という役割ロールの力なのだろうか。勇者っぽい見た目にした的な。それとも、視聴者受けの良い見た目に変えられたとか。まぁ、どっちにしろ大差はないが。こんな魔改造を施すなら俺じゃなくてよかったんじゃないか? と思わなくもない……が。


「なにニヤニヤしてんだよ……」


 気味悪そうにドネートが言う。


 その程度には俺の顔はニヤけていた。イケメンは死ね爆発しろ! とか思ってた俺がまさかイケメンの側に回るとは。常々俺は奴らの事を恨んでいた。イケメンはいわば現代のチートスキルだ。顔がいいだけで得をする。社会的なバフを受けているようなものである。だから奴らはあんなに自信満々で陽キャでいられるんだ! とは言え、七割方はモテないブサメンのひがみだとも思っていたが。


 ところがどうだ。いざイケメンになるとひがみでもなんでもない事実だと分かる。こんなに顔が良かったらそりゃ自信も湧くだろう。なんかもう、それだけで強くなった気がする。


 前は鏡を見ると醜さに陰鬱になり顔を背けていた俺だ。ふとパソコンの画面が暗くなった時に画面に映るブサイク面に発狂しそうになっていた俺だ。そんな俺が、自分の顔にうっとり惚れ惚れしている。


 ふはははは! 腹の底から気持ちのいい悪役笑いが溢れ出そうだ。これがイケメンの力か! すげぇ! 下手なチートスキルよりよっぽど体感的な凄さがあるぞ!


「い、いや……デュフフフ、ドネートって、髪切るの上手いなと思って。まるで自分じゃないみたいっすよ」


 顔の角度を変えてもイケメンだ。イケメンバンザイ! モヒカンだって普通に似合う。イケメンは万能だ! チート過ぎる!


「そ、そうか? 気に入ったんならいいんだけどよ」


 ドネートが赤くなって頬を掻く。照れる姿がベリベリキュートだ。


「服着る前に表で身体洗って来いよ」


 ドネートが水の張った桶とタワシを差し出す。確かに今の俺はイケメンな上に全身毛だらけだ。イケメンは毛だらけでもイケメンだが、服を着た方がイケメンだし、毛だらけで服を着るとチクチクしてイケメンだって痛い。


「でも俺、全裸だぜ」


 イケメンな口調で俺は言った。イケメンだもの。言葉遣いだってイケメンになるさ。


「急に強気になりやがったな……」


 ぼそりと呟き、ドネートが言う。


「ちょっとぐらい誰も気にしねぇーよ。言っとくが、あたしだっていつまでもてめぇの全裸なんか見てたくないんだ。とっとと洗って戻ってこい」


 強がっちゃって。


「そんな事言ってドネートも本当は俺の裸が見たいんだ――ほぼっ!?」


 ドネートのつま先がイケメンのイケてるメンを蹴り上げる。


「調子乗んなよ」

「……うぅぅ、サーセン……」


 でも、顔を赤くしてるし、絶対照れてるだろ!


 おじさんにはわかるんだからね!

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