第6話 分かりやすい小タイトルってネタバレにならね?

「笑わないって言ったのに!?」

「いってねぇよ! てめぇが勝手に言っただけだ! はははは! 勇者だって? フリチンで逃げ回ってたお前が伝説の勇者! 傑作だぜ!」


 異世界ギャルに笑われ、おじさんはすっかり恥ずかしくなる。でもこのシチュエーション、嫌いじゃないな……。


 って、馬鹿! 一々Mっ気を発揮すんな! 全宇宙ネットだぞ! 小さいお子さんも見てるかもしれねぇだろ!? ……いっそ下ネタをやりまくったら宇宙BPO――放送倫理・番組向上機構の略――的な存在が介入して打ち切りにしてくんねーかな。


 ……打ち切りになったらどうなるんだろ。それはそれで怖いな。


 ともあれ。

 俺はざっくりとギャルに自分の置かれている状況を話した。


「……つまり、勇者になるように神様に選ばれて、別の世界から連れて来られたって事か?」


 異世界人についてはなんとなく知ってても、宇宙人の概念はないらしい。説明してもいいが上手く伝えられる自信はないし、そこが本題というわけでもない。


「大体そんな感じっすけど。性格の悪い神様がいて、俺みたいな異世界人を見世物にして楽しんでるんすよ」

「なるほどな。こんなクソみたいな世界を作ったんだ。神様なんてどうせロクな連中じゃないと思ってたが、想像通りのクソ野郎ってわけか」


 吐き捨てるように女の人は言う。なにやら色々と不満有り気だが、先に聞きたい事が山ほどある。


「それでその、なんで助けてくれたんですか?」

「あぁ、そうだったな」


 思い出したように女の人は言う。


「あたしがお前を助けてやった。そうだよな? あたしが匿ってやらなきゃ、お前は今頃牢屋の中だ。そんでものすご~く痛い拷問を死なない程度にたっぷり受けて、苦しみまくった末に惨めにおっ死ぬ。そうならなかったのは誰のお陰だ?」


 なんか物凄く恩着せがましい感じで聞いてくる。


「えーと、あなたのお陰ですけど……」

「ドネートだ。ドネート=グッドラック」


 なんか縁起の良さそうな名前だ。


「一戸竜二ですけど……」

「イチノヘリュージ? 変な名前だな」

「あー、竜二が名前っす」


 名前が先のアメリカンスタイルらしい。


「リュージな。リュージ、リュージと。でだ、あたしはお前の命の恩人だ。そうだよな?」

「……そうっすね」


 なんか、怪しい詐欺に巻き込まれているような気分になってきたぞ。


「お前住むところはあんのか?」

「……全裸で放り出されたんすよ。住む所どころか無一文の裸一貫っすよ」

「だよな? その恰好じゃどこにも行けない。服を買うにも金がない。金を得るにも働けない。ないない尽くしのどん詰まりだ。そうだよな?」

「……なにが言いたいんすか」


 聞く前から物凄く嫌な予感がするけど。


「あたしが面倒見てやるよ」


 ニヤリと笑ってドネートは言った。


 ……あ、あれ?


「い、いいんですか?」


 全裸中年に優しい異世界ギャルは存在した!?


「いいぜ。ただし、条件がある」


 ……ほらきた。

 そんな事だろうと思った。


「……その、条件とは?」

「あたしと手を組め。あたしを裏切るな。この二つだ」


 ……あ、あれ?


「それだけでいいんすか?」

「約束出来るか?」

「いや、それでいいなら全然いいっすけど」

「絶対か?」


 ドネートが念を押す。


「ま、まぁ、余程無理な事を言われなきゃですけど」

「神に誓えるか?」

「……いや、あんま神には誓いたくないっすけど、まぁ、誓えって言うなら……」

「じゃあ親には?」


 真剣な目でドネートが尋ねる。


 ……俺の両親。こんなクソワナビの俺を最後まで信じ、暖かい目で見守り続けてくれた愚かな親。全宇宙でただ二人の、俺の事を愛してくれた人達。


「……誓います」


 誓いを立てたのなんて生まれて初めてだ。そんなもの、口先でどうとでも言えると思っていた。本当に大事なものに対しては、出まかせで誓う事なんか出来やしない。


 俺の目に宿る真剣さを値踏みするように、ドネートは俺を見つめた。

 満足したのか、ドネートは素っ気なく鼻を鳴らす。


「約束だからな。裏切ったら殺すぞ」


 なにそれ怖い。この世界ってそんなカジュアルに殺される世界なの?


「う、うっす……」


 雰囲気に呑まれて誓った事を早速後悔する。今更になって俺はなに一つ確認していない事に気づいた。


「……あの、結局答えを聞いてないんすけど、なんでドネートさんは俺を助けてくれたんすか?」


「そりゃ勿論金になるからだ」

「……金っすか」


 なんだろう。この世界は異世界人が取引されてたりするのだろうか。やだ、怖い!


「なに想像してるのか知らんが、お前にとっても悪い話じゃない。異世界人ってのは普通の人間よりも特別に強い神の加護を受けてるんだ。なにかしらの飛びぬけた才能だったり、普通の人間には真似できない不思議な力だったりな。お前にどんな力があるか知らないが、物凄い力がある事だけは確かだ。異世界人のお前はあたしらの世界について何も知らない。お前が持ってない物はあたしが補ってやる。代わりにお前はあたしに出来ない事をしろ。で、上手い事金儲けの方法を見つけてがっぽがっぽだ。あたしもお前も得をする。悪い話じゃないだろ?」

「編集者みたいなもんて事か」

「ヘンシュウ、なんだって?」

「いや、こっちの話っす」


 編集者にはあんまり良い思い出がないんだけど。まぁ、そこは編集者ガチャだよな。てか、こんな時代遅れの口だけ作家といまだに連絡とってくれるだけマシか。……急に俺と連絡取れなくなったら心配するかな? するわけねぇか。


「言っとくがリュージ。お前はあたしに拾われて幸運だったんだぜ? この街にはあくどい連中が山ほどいる。お前、見るからにお人よしのカモって雰囲気が駄々洩れだからよ。そんな奴らに捕まってたら騙されて死ぬほどこき使われてたぜ。大体お前勇者とか言ってたよな。城の連中に見つかってたらそれこそ大変だぜ。伝説の勇者様に祭り上げられて、死ぬまで危険な仕事を押し付けられる。それが嫌なら、間違っても外で勇者がどうとか口にするんじゃねぇぞ」

「お、おっす……」


 なんだろう。分割チュートリアルを受けてる気分だ。あのクソッタレマニュアルと比べればよっぽど親切だけど。


 どうやらこの世界には勇者の伝説があるらしい。ドネートの言う城というのは俺がリスポーンした建物の事だろう。お城の人間は勇者を求めていて、物凄く危険な仕事を沢山やらせたがっているらしい。


 ……うーむ。


 勇者の役割を与えられたと言われた時は正直ちょっと嬉しかった。俺は今まで、ずっと勇者を題材にしたラノベを書いてきた。勇者にはこだわりと言うか愛着がある。

 

 一方で、現実から目を逸らし続けてきた引きニートの俺は、現実的な事について何一つ考えていなかった。言うまでもなく勇者は過酷な存在だ。人々の期待を一身に背負い、とんでもない困難やバケモノに立ち向かう。死ぬような思いだって何度もするだろう。だからこそ、リスポーンという固有スキルを与えられたはずだ。


 俺にその役割が果たせるとは到底思えない。


 夏場に部屋に現れた蚊を殺すのですら躊躇する俺なんだぞ。


 平和主義とビビりのハイブリッド生命体だ。


 頭の中ですら俺は中々悪役を殺す事が出来なかった。誰にだって事情があり、掛け替えのない命がある。そんな想いが俺の筆を鈍らせる。


 ――一戸さんの作品にはカタルシスがないんですよね。もっとこう、分かりやすい悪役でいいんですよ。


 編集の言う通りだと思う。読者が見たいのはシンプルな勧善懲悪であって、泥臭いヒューマンドラマじゃない。……いや、泥臭いヒューマンドラマを面白く書けなかった俺の負け惜しみか。


 なんにせよ、俺の描くキャラクターは勇者をやらせるには優しすぎた。あるいは、臆病だったともいえる。


 想像の世界ですらこの体たらくだ。


 そんな俺が、どうして勇者になれるだろうか。


 一方で、必要とされているのなら立ち上がるのが勇者なのではないかという葛藤もある。俺の愛する勇者は何時だって困っている者の味方だ。知恵と勇気と主人公補正を武器に大きすぎる困難に立ち向かう勇気ある存在。それが勇者ではないだろうか。


 他人事ならそう言える。自分ではなく、自分の生み出したキャラクターになら。

 俺は怖い。勇者の役割を与えられた所で、中身は小心者の子供おじさんだ。


 大体弱いし。今の俺が勇者だと言って出て行ってもなんの役にも立たない。そもそも誰も信じないだろう。勇者の役割を与えらているだけで、俺はまだ勇者には程遠い存在だ。あと、顔が割れてるだろうから普通に全裸侵入罪で捕まるし。つーか現状平和そうだし、すぐに名乗りを上げる必要はなくないか? なんなら他にも異世界人がいるっぽいし、最悪そいつらがなんとかするだろ。


 と、一抱え程の言い訳を並べて俺は勇者の使命を先送りにする事を正当化した。

 ドネートと共にこの世界で生活し、一端の勇者を名乗れるくらいの実力が身に着いた暁には……。


 まぁ、先の事は分からないので、そうなった時にまた考えよう。


「ドァアアアックション!」

「ぅぉおはぁ!?」


 おじさんの固有スキルであるクソデカクシャミが発動し、ドネートがキュウリに驚く猫みたいに飛び上がった。


「馬鹿野郎! 脅かすんじゃねぇよ!」

「さ、さーせん」


 そんな事言われてもこちとら全裸だ。流石にちょっと肌寒い。


 謝ると、俺はドネートに着る物をねだった。

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