第5話 異世界ギャルのご褒美
「ぜー、はー、ぜー、はー……ぁー、しんど……」
中腰になり、膝に手を着いて息を整える。
流石に疲れた。へとへとだ。
「あ、ありがとうございました。おかげで――」
コミュ障だが礼儀正しい俺だ。命の恩人にお礼をしようと顔を上げる。
その首筋に刃の曇った短い刃が触れる。
「質問に答えろ。お前は異世界人か?」
オーマイガー。
びっくりして俺は金魚みたいに口をパクパクさせる。
やっぱり全裸中年に優しい異世界ギャルなんて幻想だったのか?
黒髪の女はぎらついた目で俺を睨みながら、逆手に持った短剣の刃を俺の首元に当てている。
「どうした。答えろよ。それとも本当にただの変態か? それなら用はねぇ。表の憲兵に突きだすだけだ」
突然与えられた選択肢に俺は戸惑う。どっちが正解だ? ていうか、正解はあるのか!?
現実は無常だ。ゲームみたいに攻略WIKIを見に行く時間はない。それどころかろくに考える時間すら与えてはくれない。
「い、異世界人です!」
今表に出されたら確実に憲兵さんに捕まる。分かりきったバッドエンドを選ぶくらいなら一か八かに賭けた方がマシだ。
「証拠は」
「しょ、証拠っすか……」
そんな事いきなり言われても困る。異世界人証明書とか持ってないし。
「異世界人ならすげぇ力を持ってるはずだろ」
……うん?
なんか知らんけど、この女は異世界人についてちょっとした知識を持っているらしい。マニュアルの口ぶりだと俺の他にも同じような参加者がいるようだし、そいつらの存在が広まっているのだろうか。
「えーっと……その……」
「なんだてめぇ? 吹かしか? つまらねぇ嘘こいてるとぶん殴るぞ!」
「ひぃいいい!?」
凄まないで! 怖いから! おじさん引き籠りだから! メンタル弱いから!
「し、死んだら教会で蘇ります!?」
「はぁ? なんだそりゃ? そんなわけわかんねぇ力があってたまるか!」
女が顔を近づけて凄む。野性的な体臭におじさんの小さなおじさんが反応する。
って馬鹿! 空気読め! TPOを弁えろ! 今そういう場面じゃないから!?
マジで心からそう思うのだが、俺はこの通りの引きニートおじさんだ。巷では魔法使いと呼ばれる熟練の童貞使いである。生身の女性に対する免疫がまるでない。おまけにこの女はめっちゃ怖いけど超美人だ。胸も大きい。恰好もパリピのアメリカ人みたいな(偏見)な臍出しホットパンツだ。加えて俺はMである。こんな風に詰められたら興奮してしまうのも無理のない話だ。
待って! 待ってください! 視聴者の皆さん! 弁解させて! しょうがないじゃん! 人間には生まれ持ったサガって奴がありまして、本人の意思ではどうにもできないんです! 心の中でどんなエグい妄想を膨らませてても人様に迷惑をかけなかったら許されるべきじゃないですか!?
と、この状況を腐れ宇宙人に見られている俺は内心で弁解する。
出来れば目の前の女の人にも解って欲しいのだが。
「……てめぇ、なにおっ勃ててんだよ!」
「ふご!?」
女のつま先がおじさんのか弱いおじさんを直撃し、俺はたまらず崩れ落ちる。腹の底を駆け上がる鈍痛に、胎児みたいに丸まって股間を抑えた。
チクショウー! ちょっと嬉しい自分が怖い!
「やっぱただの変態じゃねぇか!」
俺の頭をぐりぐりと踏みつけて女が言う。マジでこれは純然たる偶然なんだけどホットパンツの隙間から中が覗けた。そこを凝視したのは故意だけど。女は下着を履いておらず、俺は生まれて初めて生でそれを見た。
はわわわわ! お、おじさんには刺激が強すぎるよ!
なんだこの展開! 異世界最高かよ!
とか言ってる場合じゃない! いやマジで!
このままじゃただの変質者として憲兵さんに突きだされる。全裸なだけで充分犯罪なのに、小さなおじさんが怒りん棒じゃ役満だ! ていうか、おじさんにも恥はあるし! そんな姿同性にだって見られたくないから!
「ち、ちがうって! マジで異世界人だから! スーパーパワーはあるけど、鍛えないと強くないって言われてんの!」
「んなの口ではどうとでも言えるだろうが。クソッタレ。期待して損したぜ」
女が足をどかし、裏口の扉を開けようとする。
「ぱ、パソコンって知ってるか!」
咄嗟に飛び出した言葉に女が足を止める。
「異世界の便利な道具で、電気で動くんだ! インターネットと繋がってて、なんかその、買い物したり動画見たりゲームしたり調べものしたり出来る!」
ゆっくりと女が振り向く。
「なに言ってんだてめぇ?」
「能力は見せられないけど、異世界の話なら出来る。なんでも聞いてくれ! そうだ! 歌とかどうだ? 異世界の歌! アニソンしか知らんけど、あんたの知らない曲を百曲……いや、千曲だって歌えるぞ! そんな事、異世界人じゃなきゃできないだろ?」
ひとりカラオケは数少ない俺の趣味だ。安いしストレス発散になるし最高だよな。
「……つまりお前は、異世界の歌手って事か? 期待してたのとは違うが……使えない事はないか……」
細い顎を指でなぞり、女が呟く。
「いや、歌手ってわけじゃないけど。ただの趣味というか」
「わかんねぇ奴だな。結局おまえはなんなんだよ」
売れないラノベ作家ですと言っても通じないだろう。そもそも、ここ数年本を出していない俺がそれを名乗れるのかも怪しい所だが。まぁ、普通に名乗れないよな。警察に捕まったら自称ラノベ作家とか言われるんだろう。……惨めだ、死にたい。
「……言ってもいいけど、笑わないで下さいよ」
「いいから言えよ」
じれったそうに女が急かす。
「……勇者っす」
女は目を丸くすると、腹を抱えて笑い出した。
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