第7話 知的生命体(笑)
「逃げてねぇだろうな!」
買い出しから戻ってきたドネートの開口一番がそれだった。
急いで戻ってきたのだろう、セクシーな肩をぜえぜえと上下させている。
「いや、フルチンじゃどこにも行けねぇっすから」
待っている間俺はドネートの人間的背景を考察していた。スラムっぽい場所に住んでいるから貧乏なのだろう。実際この家は子供の作った粘土細工をそのままでかくしたようなしょぼい家だ。窓すらない。
クソッタレ宇宙人共の仕業だろうがこの世界には神の加護とやらが存在する。異世界人のそれはこっちの人間のそれより強力だと言っていたから、こっちの人間にもなにがしかの加護とやらは存在するのだろう。
つまり、才能社会という事になる。それが遺伝するなら血統を重視する風潮が強くなる。強い加護を持った人間が王族や貴族を占め、加護の弱い者を支配する才能主義、血統主義の封建国家だ。
クソマニュアルは役割の例として商人を上げていた。奴の言う役割の劣化版がドネートの言う神々の加護だと仮定すれば、軍事系に限らずありとあらゆる職業が神の加護という呪いによって先天的に決められる事になる。
勿論、役割や加護は才能の方向性でしかないから、それを生かして全く違う事も出来るだろう。けど、どのような世界であれ普通から外れた存在は社会から排斥される。そう言った存在はこの世界では少数派であり異端なはずだ。
そして、加護と呼べる程の才能を持ち得なかった人間はカーストの最下層に落される事になる。存在を軽んじられ、ろくな賃金も貰えない大変な仕事を押し付けられ、ぼろい家で希望の見えない毎日を送る。以前の俺のように。
と、素人推理で勝手にドネートに感情移入してしまった俺だ。真実はまだわからないが、この推理が当たっているとすれば、ドネートが俺を手懐けようと必死なのも納得出来る。
彼女にとって俺は喋る宝くじの一等賞みたいなもんだ。上手く使えば巨万の富が転がり込む、かどうかは分からないが、いまよりはずっとマシな生活が出来る事は確かだろう。
一方で、この当たりクジはいっちょ前に意志を持ち好き勝手歩き回る。ドネートが強気に出られているのは俺が全裸だからで、服さえ手に入ってしまえば正直彼女は用済みだ。
下級市民のドネートが異世界人の事を知っているくらいだから、他にも知っている人間は幾らでもいるだろう。ドネートのように俺を使って荒稼ぎしようとする人間は多いはずだ。つまり、俺にとっては売り手市場という事になる。ドネートに拘らなくても好きな相手を選べる。その事は他ならぬドネートが一番敏感に気にしているはずだ。
という分析が当たっているのなら、この家に俺を一人で残して出かけたドネートが息を切らせて焦り散らかしながら帰ってくるのも頷けるというものだ。
……はっはー! どうだ視聴者恐れ入ったか!
なんか番組のオープニングで俺の事の何の取り柄もない穀潰しの糞カス人間代表みたいな扱いをしてくれたが、ワナビ作家には幅広く偏った中途半端な知識と点と点を繋げる妄想力があるんだ!
いや、外れてたらマジで馬鹿だから威張るのはやめておこう。
ともかく、一応は俺だって作家の端くれだ。トラックみたいにでかい猪やら真剣をぶん回す近衛兵(仮)やらに追い回されずにゆっくり考える時間を貰えたら人並みの知恵を使う事は出来る。
ともあれ、俺はドネートの背景を推理し、分析して、今後の彼女との関係性をどうするべきか模索していた。
「ドネート……さん」
力強く言ってみるが、結局気後れしてさんをつける。ドネートは良い所二十代前半、下手すりゃまだ十代だ。半分程とはいかないが、圧倒的な年下である。そうは言っても、俺は年上だろうが年下だろうがさん付けで通してきた男だ。
だってほら、自分が若い頃に年上の奴に年上ってだけで偉そうにされんの超ムカついたじゃん? 自分がされて嫌だった事は人にしちゃだめだと思うんだよね。あとはまぁ普通に呼び捨てに出来る程仲の良い相手がいなかっただけってのもあるけど。仕方ないよね、引きニートだし!
「その呼び方やめろよ。お行儀が良すぎて穴の穴が痒くなる」
それイボ痔じゃね? 気持ちわかる~。座り仕事ってお尻蒸れるから痒くなるんだよね~、ってそんなわけあるかい!
「じゃあ、ドネート……」
勇気を出して呼び捨てにする。お、女の人を呼び捨てにしちゃった。おじさんドキドキ……。
「んだよ」
呻るような声で睨んでくる。
多分これは虚勢だ。ドネートが持たざる者なら、それを隠そうとするだろう。俺もご近所さんにはライターって事で通してるし。人間って自分より下の相手には平気で酷い事するじゃん? そうならない為に虚勢を張る。動物が身体を大きく見せる威嚇行動を取ったりヤンキーが身体が大きく見える服を着るのと同じだ。知的生命体(笑)というわけで、読み書きが出来るようになっても人間はその辺の畜生と根本的な所では変わらない。
一方で、そんなドネートは俺にとっても都合の良い相手といえる。ドネートは俺を必要としている。俺はこの世界での保護者兼ガイド兼話し相手兼出来たらガールフレンドになってくれる全裸中年に優しいちょっぴりエッチなS気のあるギャルを求めている。
俺達の利害は完全に一致している。問題は、ドネートはそうは思っていないという事だ。隙を見せたら俺はいつだって逃げ出す信用のならない奴だと思われている。そんなんじゃガールフレンドもとい! 俺のママもとい! 信用できるこの世界での相棒役にはなれない。
それこそ、目先の金に目を眩んで妙な連中に売られる事だってあり得る。俺がまず目指すべきはドネートとの信頼関係の構築だろう。引きニートの俺が言っても説得力はないが、人間の情は下手な利害関係よりも余程信用できるはずだ!
……はずだよな?
……そうだろ!?
……俺はそうあって欲しいんだが、生憎社会経験皆無なので根拠に乏しい。
そうは言っても、利害関係なんて不確かで味気ないもので繋がるよりは真っ当な信頼関係で繋がりたい。出来れば物理的にも……嘘! 嘘です視聴者さん! こんな綺麗な年下の子に手を出したら犯罪だってわかってます! 子供おじさんは気持ちだけは二十代前半でつい勘違いしてしまうんです! 悪気はないんです!
と、視聴者に言い訳をしておく。
なんなら編集でカットして欲しいが、そういう所に限ってハイライトで流されそうだ。
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