第3話 全裸中年の危機
「……は?」
多分そこは教会だった。
教会なんか生まれて一度も入ったことはないが、少なくとも俺にはそう見える。
もしそうなら、きっと物凄く立派な教会だ。
床一面に幾何学模様の入った高そうな絨毯が敷かれている。辺りは大理石風の真っ白い石造りで、壁の高い所には俺が二人並んでも足りないくらい大きなステンドグラス。俺のいる場所は数段高くなっており、目の前は広間のようだ。
……なんで?
確かに俺は崖から落ちた。
どう考えても死ぬ高さだ。
途中で気を失い、気づいたらここに立っている。
――勘の悪い奴だ。勇者は死んだら最寄りの教会にリスポーンするのが常識だろ。
マニュアルの声が響いた。
「……まさか、勇者の固有スキルってそれかよ!?」
マニュアルは答えない。マニュアルであってガイドではないという事だろう。
「きゃあああああああああ!?」
「どわぁ!?」
突然の女の悲鳴に驚く。
俺の足元、丁度段が低くなっている辺りに、絵に描いたような聖女様風の少女が腰を抜かしていた。
女の年頃なんかわからないが、多分十代半ばくらいだろう。
輝くような長い銀髪に金色の目をした美少女で、聖女でなけりゃ凄い僧侶って感じの煌びやかな法衣を纏っている。
「ま、待ってくれ! おおおお、俺は怪しいもんじゃない!?」
いきなり目の前に見知らぬ全裸中年が現れたら誰だってビビるだろう。俺だったら怖くて泣いてる。俺は両手を挙げて無実を主張するが。
「ひいぃいい!? 誰か、誰かあああああ!?」
少女は涙目になって目を覆い、芋虫のように這って少しでも俺から距離を取ろうとする。
「うぉ!? ちが、誤解なんだって!?」
慌てて小さな相棒を隠すが、誤解でもなんでもない。マッパで女の子の前に立ってる時点で言い逃れの出来ないギルティだ。
「アルマ様!? 如何されましたか!?」
奥の扉が開き、近衛兵感満載の派手な制服を着た兵隊っぽいのが二人、大慌てで入ってくる。
「な、なんだ貴様は!? どこから入った!?」
「俺が知りてぇよ!」
近衛兵(仮)の一人が洒落た鞘から長剣を引き抜きこっちに駆けてくる。もう片方は胸元から小さな警笛を取り出し、力いっぱい吹いた。
ビイイイイイイイイイイイ!
「侵入者だ! 祈りの間に全裸の変態が現れた! 現在交戦中!」
扉の向こうに向かって叫ぶと、片割れも剣を抜いて走って来る。
「待て! 待ってくれ! これには深い事情があって!?」
「黙れ変態! 聖女様に破廉恥な悪戯を働こうなど言語道断! 貴様のような輩は八つ裂きにして表に晒してやる!」
男が斬りかかる。太刀筋は鋭く、運動不足の引きニート中年である俺に避けられるはずもない。ここで死んだらまたここにリスポーンするのか? そしたら死体はどうなるんだ? こいつらはまた俺を殺すのだろうか。無限ループじゃん! 怖い!
などと瞬間的に思いつつ、俺は咄嗟に身を捻って避ける。
……は?
なんで避けれるんだ!?
「どうなってんだよ!?」
自分でもびっくりしながら、近衛兵(仮)の斬撃を身体一つで避け続ける。気分はまるで蜘蛛に噛まれたスーパーヒーローだ。
とにかく物凄く身体が軽い。頭の中で戦闘シーンを思い描くように、自分の身体が思い通りに動いてくれる。だからと言っていきなり武道の達人になったわけではなく、純粋に身体能力が強化されているような感じだ。はちゃめちゃな動きだが、一対一ならなんとかなりそうだ。
「こいつ、変態の癖に強いぞ!?」
近衛兵(A)が叫んだ。近衛兵(B)はすぐそこまで迫ってきている。
二人相手は流石にきつい……かどうかは分からないが、そもそもこいつらの相手をする意味がない。もたもたしていると応援が増えるだけだ。誤解を解く――誤解と言えるのか分からないが――のは絶対に無理なので、こうなったら逃げるしかない。
「悪かった! 俺だって好きでこんな格好でここにいるわけじゃないんだ! 出ていくから勘弁してくれ!」
理解して貰えるとは思えないが。
それだけ言うと、俺は一目散に奥の扉へと駆けだした。
「うひょぉおお! すげぇ! 俺、早ぇええ!」
クソデカ猪に追い回されて山の中を走ってい時は今一つ実感がなかったが、改めて走ってみるとめちゃくちゃ早い。オリンピックに出たら余裕で金が取れそうだ。
扉の先はすぐ壁で、通路は左右に伸びている。近衛兵(仮)は祈りの間がどうとか言っていた。教会というより、途方もなく大きな建物の一室らしい。これ程の規模ならもしかすると城の中か?
「うわぁ! 本当に全裸の変態がいやがる!?」
左手の通路から近衛兵(仮)の大群が押し寄せる。右を向いたらそちらにも。完全に挟まれた!?
「うぼああああああああああ!?」
こんな所で死んでたまるか!
いや、死なないけど、だとしても痛いのは嫌だ!
俺は両手を高く上げ、出来る限り大きな声で奇声を発すると、自分に出来る最強の変顔をして、がに股走りで近衛兵団(右)に突っ込んだ。
「「「「うわああああああああ!?」」」」
突然の奇行に近衛兵団(右)がビビり散らかして道を開ける。
「馬鹿! 避けてどうする!」
近衛兵団(左)の誰かが叫ぶが、誰だっていきなり全裸中年がヤバい顔をしてあり得ん速度で突っ込んできたら避けるだろ!
そのまま俺は石造りの通路を駆け抜ける。
やはりここはお城の中なのだろう。アーチ状の天井には宗教画チックな壁画とシャンデリア、壁には豪華な燭台やら壺やらが飾ってある。
「イヤー!」
「うぉ!? なんだぁ!?」
「変態だー!」
すれ違う人々はファンタジー感溢れるお城勤めの人々って感じだ。フリフリのドレス、吸血鬼の色違いみたいなジャケット、腰に剣を下げた兵隊!
「いたぞ! こっちだ!」
げぇ! 見つかっちまった! くそ、迷路かここは! だだっ広くてどこが出口か分からねぇ!
「追い詰めたぞ!」
そうこうしている内に俺は再び挟み撃ちにされる。
秘策の変態ダッシュも二度は通じないだろう。
万事休すか?
捕まったら絶対ひどい目に会う。
昔特に使う予定もないのに資料とか言って拷問の歴史の本を読んだ事がある。今となってはろくに中身を覚えてないが、グログロのエグエグだった事だけは憶えている。
やだ、絶対捕まりたくない!
おじさんはなぁ! 歯医者の麻酔の注射だって痛くて涙目になっちゃうんだぞ!
なにかないかなにか!
こういう時ってなんか都合よくチートパワーが開花したりヒロイン的な奴が助けてくれたりするもんじゃないんですか宇宙人さん!?
……あれ?
マジでなんもない?
裸一つでどうにかしろと!?
ちくしょう!
何が勇者だ! これじゃただのストリーキングじゃねぇか!
「かかれー!」
近衛兵団(仮)の一人が号令をかけ、厳つい兵隊共が左右から押し寄せる。
戦おうにも俺は平和主義の現代人だ! 喧嘩なんかろくにした事ないっての!
この身に宿った勇者パワーがどれ程のもんかも分からないんだ!
怪しい全裸中年を捕まえようとしてる(多分)善良な兵隊さんを殴り殺した日には罪悪感で鬱になるぞこの野郎!
なんて感じでパニクる俺だが、ゴキブリだって死にそうな目に遭うとIQが爆上がりするんだ(*要出典)。親の金で引き籠るワナビ勇者の俺に同じ事が起きても不思議じゃない! そう! その時俺は窓の存在に気づいた!
……いや、もっと早くに気づいとけって話だが、お行儀の良い現代人なんだから仕方ないだろ!
とにかく窓だ! こいつは外と繋がってる!
間一髪、俺はハリウッド映画さながらの両手クロス膝曲げダイブで窓を突き破り外に飛び出した。
「またかよおおおおおおおお!?」
本日二度目の自由落下。
Q なんで飛び出す前に何階か確認しなかったんですか?
A そんな暇なかっただろうがボケ!
異世界の太陽に照らされて、宝石のようにキラキラ輝くガラスの破片を纏いながら、ワンチャンさっきの場所にリスポーンしたら警備が手薄な所から逃げられるんじゃないか? とか思いつつ落下する俺だった。
固有スキル 【終わらない英雄譚】 勇者の固有スキル。死んだらその辺の教会的な場所に再出現する。何回死んでも安心だね(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。