第2話 全裸中年 イズ ヒア
「ふざけんなよおおおおおおおおおお!」
走りながら絶叫する。
辺りは森で俺はフリチン、後ろからはトラックみたいな猪が猛スピードで追いかけてきている。
嘘じゃん! 夢じゃん! こんなのってあるかよ!?
夢だ、悪い夢!
きっとそうに決まってる!
若い頃にラッキーパンチで本を出し、それっきり鳴かず飛ばず、カスみたいな仕事で食つなぐ極貧中年だぞ!
最近めっきり疎遠の編集に、「作風が古いんですよね。三人称のお堅いファンタジーなんて最近の若い子は読みませんよ。一に転生二にチートスキル、三にざまぁで四は悪役転生です。本を出したいのならもう少し勉強されたらどうですか?」とか言われてさ。
ファアアアアアアック!
その通り過ぎてぐぅの音も出ねぇ!
泣きながら投稿サイトに登録し、若い子に紛れて「へ~、最近はこういうのが流行ってるのか……時代は変わっちまったなぁ……」
とか言ってた俺だぞ!?
異世界行きのトラックに轢かれた覚えはないし、生意気な後輩を庇って刺された記憶もない! つーか、週に一度の買い出しとゴミ出し以外は一歩も外に出ない俺だぞ!
なんで異世界転生してんだよ!
いや、俺は別に死んでないし、生まれ変わったわけじゃないから異世界転移か?
その辺を間違えると色々怒られそうだが、語呂的には転生の方がかっこいいよな。
などと考えてる場合じゃない!
夢だと思いたいが、頭の中にはクソッタレ宇宙人共のクソみたいな番組冒頭と状況説明及び俺に与えられた役割に関するクソみたいな説明が不思議なパワーで擦り込まれてやがる。
運動不足でちょっと遠くの激安スーパーに買い出しに行くだけでその日一日動けなくなり数日後に筋肉痛に襲われる俺がクソデカ猪の殺人タックルから逃げ続けていられるのもそれのお陰だろう。
もう一度言うが辺りは森だ。むしろ山だ。俺は全裸で、馬鹿みたいな速度で傾斜を駆け降りている。助けて欲しいが周りには誰もいない。死にたくなけりゃてめぇでどうにかするしかない。
「どうにかってどうすりゃいんだよ!?」
破れかぶれで叫ぶが答えは分かっている。
頭の中にぶち込まれたクソッタレ説明書に目を通して使える手を考える事だ。
それによると俺の
いいじゃん勇者。最高じゃん。
近頃めっきり下火の勇者だ。昔はみんなの憧れだったのに、最近じゃざまぁの当て馬だ。それでもおじさんは勇者が大好きだよ!
けど、職業勇者っておかしくないか?
勇者ってのは肩書であって職業じゃない。本も出さずに駄文を書き散らしてシコって寝るだけのワナビおじさんが職業作家を名乗れないのと同じだ!
――一戸さん、そんな事言ってるから売れないんですよ。
この十年の間にすっかり俺の心に住み着いたイマジナリー編集者が正論を吐く。
うるせー! そんな事は自分が一番わかってるんだよ!
読者が求めてるのは面白さであって自己満足の整合性じゃない。てか、最近の作品だってその辺は上手く設定面でカバーしてるし。悔しかったらてめぇで書け! そんで売れてから文句言え! あぁ、イマジナリー俺まで俺を責めるのか!?
――ていうかそもそも職業じゃねぇし。
頭の中に声が響く。
男でも女でもない、それどころか音声ですらない概念的な声だ。
それは俺の頭の中に埋め込まれたクソッタレマニュアルの半自動的な応答らしい。
――その手のツッコミはこっちも散々視聴者から言われてっから。マジ鬱陶しい。嫌なら見るなよって感じ。カーッペッ!
いや、人の頭の中で痰吐くのやめてくんね?
――うっせーな。お前の頭なんか痰壺でいいんだよ地球人。俺はお前の想像力を利用して動いてる仮想人格だから。生きてないし存在してないわけ。ほぼほぼお前の想像の産物っていうか幻聴みたいなもん。だりーから一々話しかけないでくれる?
ぁ、はい……。
やだこのイマジナリーマニュアルめっちゃガラ悪い。
――チュートリアルとか怠いだけだからさっさと終わらすべ。お前の
……お前の役割は――
――冗談に決まってんだろ馬鹿かお前は?
もうやだこのマニュアル!
――で、役割ってのは番組が参加者に与えた諸々のスーパーパワー詰め合わせセットのテーマを表す言葉な。商人ならそこそこの財産に四次元倉庫と鑑定眼、商売関係の知識や心理戦に対する高い学習能力とか計算能力が与えられてるわけ。
商人の役割を与えられた奴はどんなクソバカでも大商人になれるって事。お前らの異世界カルチャーで言う所のスキルと能力値みたいなもんな。それで何をするかはそいつの自由。普通に商人やってもいいし、全然違う事をしてもいい。
ただし、役割にはそれに応じた宿命が付随する。商人の役割を与えらた人間にはそれに相応しい困難が降りかかるってわけだ。そうでないと面白くないだろ?
確かに面白そうだ。他人事ならな!
――いいじぇねぇか。どうせお前なんか普通に生きてたって何者にもなれやしなかったんだ。宇宙人に拉致られて異世界で勇者の役割を与えられただけで幸せだろうが。
マニュアルの言葉に俺の心臓がギュッと縮まる。
なぜならそれは図星だからだ。
俺はずっと自分を特別な存在だと思って生きてきた。他の連中のようにスーツを着て働いてなんかいられるか。作家を目指したのもその為だ。その末路がこれだ。何者にもなれない子供おじさん35歳。
俺がいなくなったところで気づく者は誰もいない。困る人間もだ。両親は数年前に事故で亡くなり、俺は遺産を食いつぶして生きている。
それだって一生は続かない。
終りがくれば俺は否応なく現実と向き合う事になる。
異世界に拉致られたのは、考えようによっては幸運だったのかもしれない。
――そういう事。どの道元の世界には戻れやしないんだ。転生したと思って人生をやり直すんだな。
……で、勇者の役割にはどんなスキルがついてくるんだ。
――そりゃ勿論勇者っぽいスキルだ。魔術士に劣る魔術と戦士に劣る戦闘力を努力次第で身につけられる。今の所は一般人よりちょっと動けるだけの木偶の坊だけどな。
……ぇ、弱くね?
――勇者なんてそんなもんだろ。最初はただの一般人、成長しても良いとこ取りの器用貧乏だ。まぁ、強さにしか目がいかない所がお前の想像力の限界だな。
……どういう事だよ。
――勇者のスキルさ。勇者ってのは主人公だ。かっこよくてみんなに好かれる人気者だろ? 鏡を見たら驚くぜ。他にも色々あるが、全部は教えない。参加者が自分で能力を理解する過程もお楽しみの一つだからな。
こいつはリアリティーショーなんだ。今説明してるのだって、お前の為じゃなく視聴者の為なんだよ。いえーい視聴者、見てるか~?
性根の腐った宇宙人共が何億、何兆とテレビに映る俺を見ている所を想像し、胸糞が悪くなる。
俺は見せもんじゃねぇぞ!
――いいや。今のお前は誰が見たって見世物だ。さて、そろそろ時間だ。最後に二つ教えてやろう。勇者の宿命についてだ。まぁ、考えればわかる事だけどな。勇者の役割を背負うお前は、ありとあらゆる困難に見舞われる。勇者ってのはそういうもんだろ? 良かったじゃないか。何者かになれるチャンスだぜ。
全然嬉しくないんだが!?
――もう一つは勇者の固有スキルについてだが。この分だとわざわざ説明する必要もなさそうだな。
……?
マニュアルが黙る。
え、終り?
固有スキルの説明は?
てか、バケモノ猪をどうにかするヒントとか全然なかったんだけど!?
「どうすりゃいんだよ!?」
相変わらずクソデカ猪は追って来ている。勇者の力をもってしても流石に息が切れてきた。このままじゃ、そう遠くない内に轢き殺される。
異世界でクソデカ猪に轢き殺されたら現代に転生したりしないだろうか。
なんて事を作家の癖で考えていると。
突然視界が開け、俺の足は地面を離れた。
「――ぅうううううそだああああああろおおおおおおお!?」
勢いよく崖から飛び出し、真っ逆さまに落ちていく。
長すぎる自由落下の間、俺は早くも終わりを迎えるこの物語のタイトルを考えていた。
おぉ勇者、死んでしまうとは情けない。
……なんかもうありそうな気がするな。
一戸 竜二 種族 地球人 職業 なし
LV 1
生命力 しぶとい
精神力 ビビり
攻撃性 皆無
防御力 崖から落ちたら死ぬ
素早さ 鬱陶しい
知能 中学二年生
運 数十億分の一を引き当てる豪運(笑)
成長性 乞うご期待!
スキル 【視聴者に分かりやすい異世界共通語】【視聴者受けの良い見た目】【主人公補正】【勇者】【器用貧乏(戦)】【巻き込まれ体質】【ラッキースケベ】【その他いろいろ】【どんなスキルか当ててみよう!】
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