第5話

 時間ギリギリに凛花を浴衣ショップへ送った颯太は駅方面に向かう。

 颯太は偶然人通りが全くない道に来てしまったので、踵を返すと後ろに禿頭の男が立ちはだかっていた。前を向きなおすとポチャリ体型の男が道をふさいでいた。完全に挟まれたのである。

「やあ、兄ちゃん。久ぶりだね」

 ポチャリ体型の男が口を開く。

「あのー、人違いではありませんか?あなた達になにかした覚えが......ありましたわ。花音ちゃんを襲った連中ですか」

「ほお、思い出したか。ちょっと兄ちゃん少し面かしてくれない?」

「今、忙しいので遠慮しときます」

「あ?」

 颯太の返事が気に食わなかったのか罵声を放つ。

「また返り討ちにしますよ」

 颯太の表情が引き締まる。颯太は構えの体勢をとる。

「おっと抵抗はしない方がいいぜ」

 ポチャリ体型の男が懐からピストルを取り出した。

「こいつは本物だぜ」

 ピストルを目の当たりにした颯太はひるんでしまう。

「安心しろ。俺たちはお前と一緒にいた女には手を出さねーよ」

 ポチャリ体型の男が颯太にピストルを向けながら、あっさりとした口調で言う。

「あの女かなりの別嬪べっぴんさんでしたし、さらいませんかね?兄貴」

 禿頭の男がへらへらとしながら語る。

「この野郎!」

 颯太は後ろを振り向いて攻撃を仕掛けようとしたが、

「おっと、立場を弁えようか」

 颯太の背中にピストルが向けられる。万事休すの状況。逃げる術が無いと判断した颯太は両手を頭の上にあげる。突然、後ろの男に颯太は首を絞められる。必死にもがくがだんだんと意識が遠のいていき、気絶してしまった。


「おかしいな、電話が繋がらない」

 颯太を探して既に20分も経っていた。空には夕焼けが出ている。辺りには浴衣を着ているカップルがちらほら見られる。

 時刻は午後6時を回っている。トラブルに巻き込まれた可能性が高いと思い凛花は父に電話を掛けようとすると、突然スマホが隣の人に取り上げられてしまった。

「え?」

 凛花は呆気にとられている。隣を向くと悠斗が立っていた。

「ついてきて」

 凛花は悠斗の手に引かれるまま歩きだした。


「ようやく起きたか」

 からかうように1人の男が言葉を吐く。

 颯太は目を開けると、明らかに悪人の顔をしている6人の男が立っていた。未曾有の状況に頭が追い付かない。

「確か凛花とデートしてたはず。なんでこんなところに...そうか襲われたのか。それで今ここにいるということか」

 状況を冷静に分析する。何故自分が誘拐されたのか?その疑問に至った。

「僕をここに連れてきてどうするつもりだ」

「なんだお前俺らのこと舐めているのか?」

「殺されてーのか」

 颯太の態度が気に入らず、男達が次々と罵声を浴びせる。

「静かにしろー!」

 後ろからポチャリ体型の男が登場し、男達の罵声を遮るよう声を張り上げた。

「よお、目が覚めたか。案外冷静なんだな」

「僕を誘拐した目的はなんだ。身代金でも要求するのか?」

 淡々と喋る颯太に、男が鼻で嘲笑う。

「そうだなあ。私に恥をかかせてくれた報復といったとこだな。お前は俺たちのサウンドバックにでもなってもらおうかな。よーしお前らやっちゃていいよ。」

 後ろから歓声が湧いた。後ろにいる男達は皆興奮気味だ。

 合図とともに一人の男が颯太の腹に蹴りを入れた。颯太の意識が一瞬で飛びかける。この攻撃を引き金に次々と男たちが殴り、蹴る。文字通の集団リンチ状態だ。颯太はただ痛みぬ耐えるしかなかった。

 体中が熱く、そして痛い。呼吸する暇がないほどに暴行を受ける。ただひたすら男達は熱狂的な声を上げ颯太を滅多打ちにする。

 体感では数十分経ったような感じがする。視界が血で染まり男達の顔が赤に染まっている。眼の周りが腫れ、手や足には無数の裂傷かできる。

 

・・・僕はここで死んでしまうのか、彼女に伝えたいことがあるのに・・・


 禿頭の男が鉄パイプを持ってくると、他の男2人が颯太の両肩を支え、颯太は強制的に立たされた。直後、鉄パイプが颯太の胸に直撃する。颯太は崩れ落ちるように倒れる。視界が真っ暗になる。ただ、甲高い金属音のみ聞こえた。


 人混みをかき分けながら、悠斗が凛花の手を引く。

「悠斗君どこに向かってるの?」

 凛花が怪訝な表情で話しかける。しかし、周りの雑音のせいで悠斗には届かない。

「悠斗君、止まって!」

 もう一度、叫ぶような声で凛花は悠斗にかける。周りの視線を集めってしまったが今の凛花に気にする余裕などない。

「颯太は花火大会に行けないみたいだよ。なんか今回の期末で国語赤点みたいで。それでさ代わりに僕が...」

 凛花は悠斗の言葉を最後まで聞かずに突然その場から逃げ出した。

 どこに逃げればいいか分からない。ただ、彼から今は逃げなければいけない。

 早く助けにきてソウ君。


 何も見えない。何も見えない。何も感じない。闇が辺り一面に広がっているの。

 「僕は死んだのか。呆気なかったな」

 颯太の心情に悔恨の念が湧く。

「痛かったな。怖かったな。痛かった、怖かった」

 弱々しい口調と少しの声量で呟く。体が震える。

 誰もいない世界で颯太は1人泣き叫ぶ。万里まで続く永遠の闇に颯太の足、腹、胸が次々と飲み込まれる。


・・・この闇に飲み込まれば全てを忘れることが・・・


『ソウ君』

誰かの声がした。しかし無視する。

『ソウ君!』

また声がした。今度は力強く。誰の声か分からない。分かりたくない。

『今日は私の彼氏でしょう!なら最後まで責任を取って』

 誰かの声が震えていた。

「僕は女の子を泣かせて死ぬのか。そんなことは絶対にいや。だから立ち上がろう。凛花は僕のだから」

 突然眼前に光が差し込む。闇が消え、辺りが一面晴れる。

 そして颯太の意識が覚醒する。



 




 

 


 




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