第3話
翌日。
辺り一面オレンジ色で覆われているのに、西の空には月が顔をだしていた。この時間帯の公園は閑散としていた。犬の散歩をしている老人を除いてだが。夏だと言えど、朝は半袖だと肌寒い。
そんな中、悠斗と颯太は公園にいた。
というのも、昨晩悠斗からメールを貰い現在に至る。
先ほどからお互いに口一つ開かない。颯太は腕を組みながらベンチに腰掛け、悠斗は立ったまま明後日の方を向いている。まるで父に怒られている息子の図のようだ。
覚悟が決まったのか悠斗は颯太の方を向き、話始まる。
「なあ、颯太どこまで知っているんだ?」
「大体のことは聞いたよ」
「そうか。最低だよな俺。好きな子に無理やり迫るとか」
「ああ、そうだな」
悠斗の自虐に颯太は首肯する。
「それでさ、お願いがあるんだけど...聞いてくれないか?」
「ああ、できる範囲ならサポートするよ」
「俺の代わりに謝ってくれないか?」
「え?」
悠斗の思いがけない言葉に颯太は胸を突かれる。
「俺たち親友でしょ?なら謝ってくれるよね。凛花ちゃんと顔合わせるの気まずいし」
悠斗の高飛車な態度に颯太は何も言葉が出ない。視覚と聴覚からの刺激がスローモーションに変わる。
正面にいる人は本当に悠斗なのか?親友の知られざる一面を颯太は受け止められない。
「なら、あとはよろしくな。返事待ってるわ」
そのまま颯太に背をむけ悠斗は立ち去ろうとするが、颯太に手を掴まれ阻まれる。
「ごめん、それはできない」
言葉を絞り出す。このままではいけないような気がしたから。
「親友だろ俺たち。なら頼み事聞いてくれてもいいよね?」
悠斗の言葉に颯太は首を左右にふる。
「なんでだよ。俺たち親友だろうが!」
悠斗は颯太に怒声をぶつける。望まない答えにイラついて。
辺りの静寂が怒声によって切り裂かれる。
颯太は悠斗の豹変した態度に動揺を隠しきれない。
「落ち着いて、僕も付き合うから一緒に謝r」
「もううんざりだ!俺の前にもう姿を現すな!」
悠斗は颯太の左手を払い、そのまま立ち去る。
颯太は悠斗の背を追うことが出来なかった。ただ、今はその場に立ち尽くすことしか出来ない。
ニワトリの鳴き声が二人の関係を終わらせる合図になった。
悠斗と関係が破局したあの日から二週間。悠斗から一度も連絡が無かった。八月に入り、炎暑が絶えない日が続いた。各地の浜辺は賑わいを見せた。
時刻は午後1時。颯太は凛花の病室に訪れ、デート?の計画を練っていた。(颯太自身はデートと思っていない。)
外の暑さと対照的に室内は冷涼な空気に満たされており、ボーっとすると睡魔が襲ってくる。
「集合時間は10時で決まりね。集合場所は...クルーズ船に乗るから受付前の広場かな?」
「そうなるな」
凛花は手元にあるメモ見ながら確認作業を行う。
「昼食はパンケーキでいいかな?私小食だから」
「構わないけど、予約とかした方がいいじゃない?」
「そうだね。混んでたらスケジュール狂っちゃうからね、私が予約取っておくよ」
「ああ、頼む」
「話戻すけど、昼食後は水族館に滞在。浴衣の着付けは5時頃の予定だから、4時30ぐらいに水族館を出れば間に合うね」
「うん。凛花が着付けをしている間僕は辺りを散策しようかな」
「分かったわ。着付けが終わったら電話を掛けるね」
「了解っと」
一通り確認作業を終えた颯太は伸びをする。
休憩無しでスケジュールを組んだので颯太は疲れを隠しきれていない。
一方凛花は新鮮な風を取り込むために窓を開けていた。
窓から入ってきた微風が肌に触れ心地がよい。そんなことを思いながら凛花は颯太の方へ向くと、颯太が船を漕いでいた。
フフッと一笑してから颯太の肩をトントンと叩く。
すると、颯太はゆっくりと瞼を開く。眼前には凛花がニコニコしながらこちらを向いていた。
「おはようだね、ソウ君」
「ごめん、寝ちゃってたか」
頭を振りぼーとしている意識を覚醒させる。
「最近忙しいの?」
凛花が首を傾げながら聞いてくる。
「ちょっとな。夏期講習とかで」
「夏期講習取ってんだ、ちょっと意外」
凛花の目が丸くなるもすぐに納得した様子をしていた。
「現代文、古文、漢文、どれもソウ君苦手だからねえ」
「ほっとけ」
凛花の含みのある言いぐさに、颯太は子供のようにプイっとそっぽを向いてしまう。
その反応を見て凛花は微笑する。
途端、微風がカーテンを揺らし、凛花の顔を遮る。凛花の髪もまた風になびく。凛花がなびく髪を抑えるように耳に左手を添えながら窓の方を向く。
「ねえ、ソウ君。一日だけでいいから私の彼氏になってくれない?」
颯太にはカーテンが彼女の顔を遮っているため表情が伺えない。しかし、口元が綻んで見えた。
カーテンが元の位置に戻り、凛花と颯太の目が合う。
「だめかな?」
左手を左耳に添えた状態で首を傾げる。凛花の頬を赤く染まっていた。
この光景を見ていた颯太はこの瞬間を切り取って飾りたいとそう思った。
刻は夕方。北風が吹き始め過ごしやすい気候である。外からは子供たちの楽し気な声が聞こえてくる。
ぽつりと病室に一人でいる凛花は現在読書中。この本は何度目だろうか。数えきれない。別にお気に入りの本ではない。ただ時間をつぶすために読んでいるのにすぎない。
「失礼します。入りますよ」
ノックの音の後、ドアの向こうから若々しい男性の声がした。
凛花が返事をした後に白衣を着た高身長の男性が姿を見せた。
「現在の体調はどうでしょうか?」
白衣を着た男性---
「良好です」
にっこりとした笑みを凛花が返す。
「何かいいことでもありましたか?いつもより元気があるというか」
「はい!ありました」
「そうですか。良かったですね」
飛び上がる勢いで返事を凛花がして、柊もつられて笑みを零す。
「生活に支障がでるほどではなさそうですかね」
凛花は診察が終わりコメントを柊から受けた。
「まだ外出が可能ということですよね?」
「はい...でも花火大会に行けるかどうかはまだ分かりません。急に症状悪くなる場合もあります」
「そうですか」
がっかりとした表情を露わに見せてしまい、柊が励ますように言葉を足す。
「でも、今の状況なら急に悪くなることはありませんかね。しっかりと適切に治療を続けていけば」
「本当に、大丈夫ですかね」
憂色に顔が染まる。
颯太とのデートは、私にとって今までの人生の中で一番楽しみな行事。
いざ行けませんとなるとどれ程な傷が心に残るか。自分でも考えたくない
私はいつかすべてを忘れてしまう。
診断された時は生きる気力が湧かず、ただ時間の流れるままだった。
しかし、颯太がお見舞いに来てからは違った。モノクロだった世界に色が付き始めた。
その時から私は彼に恋をしていたのだろう。
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