第2話

「遅いなあ、あいつ」

 時刻はすでに七時を回っている。陽が沈み、辺りの街灯が付き始める。公園で遊んでいた子供達の姿がいつの間にか消えていた。

 悠斗ゆうとに電話を掛けるも留守番電話につながるだけ。

 右手にはお見舞い品のチーズケーキの入った箱をもっている。買った時間から推測すると、そろそろ保冷剤が溶け始めている頃。

 颯太そうたは仕方なく一人で病院に向かった。

 

 颯太は面会受付を済ませ、凛花の病室の前に立つと中から話声が聞こえてきた。先客がいるみたいなので、近くのソファーに座ろうとした直後、中から花瓶が割れた音がこえた。颯太は慌てて中の様子を確認しよ扉を開けると、いないであろう人物がそこにいた。

「なんで悠斗がここにいるの?」

 無意識なのか自分でも分からない。颯太は悠斗に近かづき胸倉を掴み問ただそうとする。

 しかし、ばつが悪いと感じた悠斗は颯太の手を払い、走り去る。

「おい、待てよ!」

 颯太も病室を出て逃げる悠斗の背中に絶叫するが、悠斗はそのまま姿を消す。

 

 片付けは颯太一人で完遂させた。凛花の情緒も安定してきたので、颯太がここに来る前の出来事を凛花から聞き出す。

 話の概要はこうだ。悠斗から告白され断ったが必要以上に迫われたので、恐怖で咄嗟に悠斗を突き飛ばしてし、たまたま花瓶に直撃。

 時折凛花はおびえた顔を見せていて、切羽詰まった状態なっていた。

 颯太は凛花に怖い思いをさせてしまった自分の不甲斐なさに痛感する。

「少しは落ちついたか?」

 丸椅子に腰を掛けている颯太が低い声で聞く。

「う...ん、ようやく落ち着いたから大丈夫」

「本当か?」

 弱々しい返事をされ、つい聞き返してしまう。凛花がこれほどまでに落ち込むのは初めてで颯太は憂色を隠せない。

 今、自分が彼女のために出来ることはないか?脳をフル回転させる。

 記憶のネットワーク介し検索する。凛花を元気づける方法......


『今年は花火大会行けるといいなあ』


 凛花のいつかの呟き。

 颯太はその呟きを思い出し、ある案が浮かぶ。

「あ、あのさ、花火大会一緒に行かない?」

「え?」

 思わぬ颯太の言葉に凛花が吃驚する。

「べ、べつに無理ならいいよ。その日リハビリの予定とかあるのかな。そもそもすでに友達や家族と花火大会に行く約束しているのかな?あーごめん今の発言取り消しにs」

 心急っているのか、話のテンポがドンドン速くなる颯太。それを両断するかの如く凛花が割り込む。

「いいよ」

 凛花の返事に思考が止まる。

(え、今いいよって言った?聞き間違いかな)

「えーと今言ったこともう一度言ってくれない?」

「だから、いいよって言ったの。バカ」

 枕で口元を隠しながら同じ言葉を繰り返す凛花。

 その言葉の意味を吟味し、颯太は一拍遅れて理解する。

 残念ながら(?)颯太には最後の部分が聞き取れなかったが。

 凛花を見ると頬が染まっているように颯太には見え、何が恥ずかしいんだろうかと心の中で呟く。

「それじゃ、後日予定をたてようか」

「う、うん!」

 はにかんで笑う凛花。先ほどのうなだれた様子が跡形もなく消えていた。

 凛花の活気ある返事を聞けたことで、颯太は胸を撫でおろした。

「これなら、大丈夫そうかな」

 凛花には聞こえない声量で一言する。

…それにしてもマジマジと凛花の顔を見ると、やはり可愛いな。幼なじみだからあまり興味なかったが…

「ソウ君私の顔になにかついてるの?」

 凛花が首をかしげながら質問する。

「い、いやべ、べつになんでもありません」

「なんで、急に片言なの」

 凛花が一笑する。それにつられて颯太もまた笑う。

 二人の笑い声が部屋中に響き渡る。チーズケーキが崩れているのを知らずに。

 



 







 


 



 



 


 




 


 

 

 


 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る