残酷な現実に優しい願いを

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第1話

 何も聞こえず、何も見えず、何も感じ取れない暗澹あんたんな世界。

 突如、青い炎が目先に現れた。負の魂というらしい。

 負の魂が僕の忘れられし記憶を呼び覚ます。すると、何故か涙がこぼれ落ちてくる。そして、理解する。

 あの時、一人いないことに気づくべきだった。

 あの時、ずっと一緒にいるべきだった。

 そうすれば、何もかも失わずに済んだのかもしれない。


 午後九時。颯太そうたは右手にあるスマホの光を頼りに暗い路地裏を歩いている。普段から風通しが悪いので、蒸し暑い。

 さらに換気口から生温い風が颯太を襲うため、ダラダラと汗が流れ出る。ここは地獄なのかと錯覚しそうなる。

 暑さに耐えきれず、急いで路地裏を抜けようとする。

「助けて!」

 ふいに、路地裏を抜けた先から女性の悲鳴が聞こえた。

 颯太は考えるより早く足が動いた。

 

 パシャという音が鳴り響く。発信源は颯太のスマホ。

 若い男二人が颯太をにらみつける。

 颯太は呆然としていたが、ようやく自分の現状を把握して渋い顔をしている。

「えーと。今立ち去ればこの写真を拡散しないであげるよ」

 現状打破するため、とりあえず脅してみたが。

「うっせんだよ」

 ポチャリ体型の男が逆上する始末になった。

 容赦なくポチャリ体型の男が颯太に向けて右ストレートを炸裂させる。その攻撃を颯太は交わす。カウンターとして颯太の右手がみぞおちに直撃する。そのまま、ポチャリ体型の男は地面に倒れこんだ。

 すかさず、この光景をみていた二人目が左ストレートを打ち込む。右の掌で攻撃防ぐ。掴んだ左手をを引っ張り前のめりに男の体勢が崩れる。刹那、手刀で首を討つ。  そのまま意識を失い地べたに倒れる。

「大丈夫ですか?」

「はい、ありがとございます。颯太さん」

 少女は丁寧にお辞儀をする。

 しっかりした子だと感心をする颯太だが、少女の言葉に引っかかった。何故自分の名前を知っているのか?と不思議に思ったが少女の顔をみて納得できた。

花音かのんちゃんか」

(幼い頃とは雰囲気がすっかり変わっていたので分からなかったなあ)

「さすが日本二位の空手家さんですね」

「それは中学時代の話でもう空手はやってないよ。これは偶然だよ。それより、さっさとここから立ち去ったほうがいいよ。怖ーい連中が来るかもだし」

「そうですね。颯太さんはこれから病院にいかれるのですか?」

「ああ。花音ちゃんもか?」

「はい」

「なら一緒にいくか」

 その後、颯太と花音は何事もなく病院へたどりついた。


 颯太の幼馴染である凛花は、去年の夏に若年アルツハイマー病だと診断された。この病気は通常のアルツハイマー病よりも進行スピードが約二倍速いため、今年の春に入院生活を始めたが、回復する見込みがない。

 凛花はスポーツ万能で中学は陸上部に所属していた。過去に県大会に出場した実績がある。

 それに加え、容姿端麗ようしたんれい。黒髪のストレートヘアーで肌が雪のように白く、清楚な印象を周りに与えていた。中学時代、数十人に告白されたという。

 凛花の妹の花音かのん。コミュ力が卓越しており、中三にして友達の数が四桁いくらしい。茶髪のショートヘアーで、どこか幼い顔をしている。


「近道だからといって人通りが少ないところにはもう行かないようにね。花音はお姉ちゃんと違って可愛いし、愛嬌があるんだから。一人でいるとナンパの標的になりかねないんだから」

「うん、でもお姉ちゃんの方が絶対に可愛いよ。私まだ告られたことないし」

「卒業式が近づけば必ず告白されると思うよ」

 ドア越しに凛花と花音の楽し気な会話が聞こえてくる。

 中ではかなり盛り上がっているみたいだ。

 姉妹で積もる話があると思った颯太は、一人病室前の椅子に腰を掛けて待っていた。

 現時刻は十時を回った頃。花音が凛花の病室から出てきた。

「颯太さん。今日は助けていただき本当にありがとうございます」

 花音は深いお辞儀をする。

「どういたしまして。それより一人で帰るの?」

 少し前にナンパ被害にあった少女を一人で帰らせるのは危険だと思い颯太が「送っていこうかと」提案する。

「いえ、大丈夫です。迎えを呼んであるので」

 花音はもう一度お辞儀をし、エレベータに乗り込んだ。

 取り残された颯太は深呼吸を一度気分を改める。

 ドアをノックし凛花の病室に入る。

「よお」

 颯太は素っ気ない挨拶をする。

「来てくれてありがとう。そう君」

 対照的に凛花は笑顔で返事をした。

 

 数分前は沈黙が漂っていたが、現在は言葉のキャッチボールが始まった。

「ねえねえソウ君。テストどうだった?」

「数学と理科は満点だ」

「理系科目は昔から得意だったからね」

 颯太の成績のよさに凛花は感嘆を漏らす。

「それで文系科目はどうだったのかな?」

 凛花がニコニコと笑顔で聞いてくる。

 その笑顔が颯太には恐怖に感じた。

「ギリギリ赤点を回避しました」

 颯太の口調が片言かたことになる。

「そう、良かったね」

 颯太の赤点回避報告を聞いて、凛花は微笑んだ。

 再び沈黙が訪れる。

「去年は検査で行けなかったけど、今年は花火大会行けるといいなあ」

 凛花がため息交じりに呟いた。

「そうだな」




「おーきーろ!」

 友達の声につられ目を覚ました颯太の隣、呆れた顔をしている一人の男子高校生が立っていた。

 小林 悠斗ゆうと。颯太の仲の良い友達で、二年生にしてサッカー部のキャプテンを務めるている。

 ノリが良く、男女問わず分け隔てなく会話でき、裏の顔がないと女子達が話していた。実際は裏の顔を隠しているだけか、はたまた本当に無いのかどうかは彼しか知らない。

 おまけに、学年一位の成績とテレビに出てくる俳優顔負けの爽やかイケメンである。

「なにボーっとしているんだよ」

「起きたばかりだから仕方ないだろ。それよりどうしたんだよ?昼休みあと十分もあるだろ。もう少し寝させてくれよ」

 颯太はまた机に寝そべろうとする。

「おいおい、午後からは終業式だぞ。体育館に移動だぞ」

「終業式?」

 欠伸混じりの声で颯太が問いかける。

「明日から夏休みだからな。なんていうのその、けじめをつけるためだよ」

「ああ、分かった。なら体育館に行くか」

 颯太は悠斗の説明を半分聞き流し、体育館にいこうと促す。

「そうするか」

 悠斗は颯太に便乗した。


 放課後の教室。カーテンを開けると夕日が差し込む。普段の快活を失った其処そこは閑散としていている。上の階からはトランペットの音色が聞こえてくる。

「なあ颯太。今から凛花ちゃんのお見舞いに行かないか?」

 鞄に荷物を詰めながら悠斗が沈黙を切り去る。

「別にいいけど...なんか珍しいな、悠斗から誘うの」

「そうだな。ここには俺とお前しかいないから話すわ」

 悠斗は少し微笑んだ。間を開けて、顔つきが変わる。空気が緊張感で覆われた。

「俺さあ、今日凛花ちゃんに告白しようと思う」

「え?」

 颯太は硬直した。

 手に持っていた教科書やノートが地に落ちた。

「ノート落ちたぞ。はい、これ」

 悠斗が床に落ちたノートと教科書を拾い、颯太に渡す。

「ああ、ありがと」

「じゃ、午後七時頃に病院近くの公園に集合ね」

 悠斗は颯太にそう伝え、教室を出ていく。

 颯太は依然として立ち尽くしている。


『今日凛花ちゃんに告白しようと思う』

 悠斗の放った台詞セリフが颯太の胸中で反芻する。

 原因不明の焦燥感に駆られた。

 十二年間、いつも凛花の隣にいたからその立場を取られるのが怖いのか。はたまた、いつか忘れられてしまい悠斗が傷つくのを避けたいからか。それとも...

「桜井君、大丈夫?」

 柔らかい声が颯太の思案を遮る。我に戻った颯太は声が飛んできた方向に体を向けると、担任の先生------水瀬先生がいた。

 水瀬先生は去年この学校に就任し、現代文を担当している。年齢は二十代後半で、茶髪でポニテールが特徴の先生である。整った顔立ちや大人びた振る舞いと低身長のギャップが生徒達の人気を集めている。この学校一の人気教師だ。

「思案にふけた顔をしていたけど、小林君になにか言われたの?先ほど廊下ですれ違ったけど」

「まあ、そんな感じですね」

「相談ぐらいなら乗りますけど」

 水瀬先生が憂色をただよわす。

「いえ、ちょっとしたことなので大丈夫です」

 水瀬先生に心配されたことが申し訳なかったのか、颯太は溌剌はつらつと答える。

「そうですか。分かりました」

 そのまま颯太はリュックに荷物を積み込み教室を出ようとする。

「あっ、桜井君待って。これを」

「はい?」

 水瀬先生が何かを投げたので、颯太は咄嗟にそれをキャッチした。

「これは・・・お守り袋ですか?」

 渡された理由が分からず颯太がは困惑してしまう。

「ええ、そうですよ。幸運を願って。もし耐えきれなくなった役立つかもです」

「僕が何に耐え切れなくなるというんですか?」

「さあ」

 水瀬先生が含みのある微笑みをこぼす。

「大切に持っておきますね。さようなら」

「ええ、さようなら」

 颯太は別れの挨拶をして教室を後にする。

 ただ一人オレンジ色に染まった教室に残された水瀬はグランドを眺めていた。

「二学期元気な姿を見られるといいのですが」

 ぼそり呟いた。



 




 









 


 

 

 


 

 



 



 

 






 

 

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