大罪

旅音。

大罪


許されるだろうとは正直思っていない。アイツは俺を鼻で笑い、冷たい目をして「許すわけない」と言って俺と縁を切るだろう。それでも俺は。それでも俺は。



それでも俺は、アイツに犯してしまった「大罪」を償う。



俺が今いる場所からアイツのいる場所まで約800メートル。手荷物を落とさないよう俺は走り出す。

本当に午後九時半なのかと目を疑う位にキラキラした繁華街の建物に目をやる暇なんてない。チラシを配る集団に手を差し出して話を聞く余裕も無い。俺は走る。

しかし残り250メートル程になって急に、天は俺の敵になったらしい。赤信号に引っかかった。ああ、これは「お前は許されないことをした」という神からのお告げか何かなのかもしれない。お前に言われなくても分かっていると考えればバチが当たるか、と思いながら下を向き信号機の音が鳴るのを待つ。

ようやく音が鳴り、俺はまた走り出す。手荷物が傾かないよう気を付けつつ走る。


アイツまであと200、150、100、100、100…この地点でもやはり天は俺の敵であった。目の前にはまた赤信号。これはもう「お前は一生この罪を許されず生きていく」という天使からの最終宣告に違いない。ここまで走ってきた自分が最早バカらしい。もう走るのを諦めようか、謝罪なんてスマホで済ませばいいかとすら考え震えた手で鞄からスマホを取り出すくらいバカらしい。そもそも、大罪を犯した時点で俺はこの世で一番バカだ。

スマホに吐いた白い息はただ虚しく消えていく。

…いや、その息は決して虚しくなんかはなかった。その白い息は俺のスマホのロック画面に何となく良いエフェクトを付けた。そのエフェクトで待受画面のアイツの笑顔がいつもよりキラキラ輝いて、罪を許そうと微笑んでいるように見える。スマホを持つ左手に付いているアイツから貰った指輪もいつもより輝いている気がする。

早くアイツに会いたい。スマホから顔を上げ、正面にある信号を見る。まだ信号は赤。少し上を向き、また息を吐く。目を閉じてアイツの事を思い浮かべる。アイツが今、まるで横にいるかのように思える。

目を開けると信号の色は青に変わっていた。さあ、早く行こう。アイツの所に…愛しき海の居る家に。


最後の100メートルを全力で走り、マンションにようやく到着した。三十四階から一階へ降りていくエレベーターなんて待てない。海に早く会って謝罪をしたい一心で俺は八階まで階段を使い家に向かう。静かな廊下に俺の早い鼓動が響く。それは走ったからか、海への謝罪に緊張しているからか。両方か。

家に着いた瞬間、俺は思いきりドアを開け、リビングにいる海の元までまた走る。そして海の目を見て「本当にごめん!!」と頭を下げた。

「…いいよ。もう全然気にしてない。こっちこそごめんね、あんな事に怒ったりなんかして。というかそれ、新しく買ってきてくれたの?一緒に食べる?」

俺の大罪を知った瞬間の海とはまるで別人の穏やかな表情。いつも通りの落ち着いた声。その顔を見、その声を聞き、俺の不安と許されない妄想は消えていく。

「え?あ、ああ、そうする」

「うん。じゃあついでにコーヒーも準備するね」

本当に良かった。

大罪…"海の取っておいた苺丸ごとプリンケーキを食べた罪"は許された。机に置かれたフォークとナイフ、俺が罪を償うため買った苺丸ごとプリン入りケーキを二等分にして乗せた皿、そしてコーヒーの準備をしつつ鼻歌を歌う海がそれを証明している。

しばらくして「はい、コーヒー出来たよ」と海はスっと俺の手元にコーヒーを置き、次いで首を傾げた。

「ところでそれ、食べないの?」

罪を許されたことへの安堵感とコーヒーを準備する海を見ていたのとで、つい苺丸ごとプリンケーキを食べ忘れていた。ここで食べないと言ったら海は絶対に俺の皿を即座に取り上げる。数年前にそんなことがあったから断言出来る。

「食べるよ」

「食べないならそっちの分も食べようかと思ってたのに」

「…一口ならいい」

「やった、ありがとう」

ふふ、と笑った海は俺が差し出したフォークの向きを変え、俺に差し出す。

「でもそれ最初の一口だよね。最初の一口、自分で食べないの?」

「…じゃあ食べる」

「じゃあ口開けて」

言われるがままに口を開けるとケーキが中に入ってくる。その味はとても甘く、俺の罪を許す大きな愛が感じられるような味だった。



次の日に海をロック画面にしていた事がバレて、「せめて俺の許可を取ってからにして欲しかった」と笑いながら怒られたのはまた別の話。

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大罪 旅音。 @tabi_666_

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