第七話

「君達がどうして宮崎さんを嫌いになったのかはわからないんだけど、あの子が何か君達に嫌われるようなことをしてたって事なのかな?」

「泉はとてもいい子だと思うんですよ。でも、不自然なくらいいい子だって言うのが引っかかったんですよね。みんなが嫌がるような事でも何でも率先して行ってるんですけど、それって何か裏があると思いませんか?」

「裏、というと?」

「だって、何の見返りもなくいじめられてる子を助けようなんて普通は思わないじゃないですか。ウチだっていじめは良くないなって思うんですけど、もしもそのいじめの標的が自分に移ったらどうしようって思うじゃないですか。でもね、中学の時とか小学校の時とか高校の時でも泉っていじめの標的になってないんですよ。それっておかしくないですか?」

「そんなにおかしいかな?」

「だって、いじめっ子が誰かをいじめることに理由なんて何でもいいと思うし、それを止めようとするような人が新たなターゲットになるのなんて当然じゃないですか。中には説得されて本当にダメな事なんだって気付く人がいるかもしれないですけど、いじめをするような人達がみんな泉に説得されたからっていじめをバッタリとやめるなんて不自然すぎます。ウチは泉がなんて説得してたのか知らないですけど、そんな説得くらいでいじめをやめるような人達はそもそも誰かをいじめようなんて思わないと思うんです。でも、そんな人達がみんな泉の説得であっさりと納得してそれ以降はいじめをしていない。そんなのって絶対に何か裏があるはずなんです。ウチはそれが何なのかわからないけれど、何かとんでもない闇があるんじゃないかって思ってたんです。で、ある時に気が付いてしまったんです」

「河野さんは何に気が付いたの?」

「信じられないかもしれないですけど、いじめっ子たちは全員泉の指示に従ってたんじゃないかって事です」

「さすがにそれは無いでしょ」

「そうだね。僕は君達より宮崎さんの事は知らないけど、そんな事をするような子じゃないと思うけどな」

「でも、ウチが知らない泉の事を見ていた愛莉の話を聞いたら納得出来ると思いますよ」


 ウチの話だけでは早坂先生も弟さんも信じてはくれないだろうと思っていた。でも、ウチだけじゃなくて愛莉が今まで見てきた事を二人が知れば、ウチの考えが正しいって信じてもらえるはずだ。愛莉だけがその話をするの出もダメだろうし、ウチも一緒に思っていることを伝えることが重要なんだと思う。


「梓も先生たちも小学校時代の宮崎の事は知らないと思うんですが、過去に何度かクラスの中でいじめられる生徒がいたんです。いじめっ子は全員違ったんですけど、みんな宮崎の事を好きな男子だったんじゃないかなって思います。私が知ってる中で宮崎の事を好きじゃない男子ってのは奥谷くらいしかいないんであれですけど、それって男子は宮崎のいう事なら聞くんじゃないかなって思ったんですよね。いじめ自体はそんなに陰湿な物ではなく、皆の前でからかうとか当たってもいたくないような丸めた紙をぶつけるとかそんな感じでしたね。でも、そんな事が毎日毎日続いてしまうとやられてる方はだんだんと参ってきてしまいますよね。それでも、どうして自分がそんな目に遭わないといけないんだろうって考えても、自分には悪いところが無いんで直しようが無いんです。だって、いじめる理由がいじめられている側には無いんですよ。先生たちも全然いじめには気付いていないですし、気が付いたとしてもちょっとからかっているだけなんだろうって軽く流していましたね。当時は今ほど神経質になるような問題ではないと捉えられていたと思うんですけど、やられている方はたまったもんじゃなかったと思いますよ」

「それで、宮崎さんはなんて言っていじめを辞めさせたのかな?」

「私が見てきたときは全部、『いじめなんてカッコ悪いからやめなよ。そんなんじゃみんなから嫌われちゃうよ』みたいな事を言ってたと思います。でも、そんな言葉だけでいじめをやめるようになるなんて普通じゃないですよね。まるで、宮崎がいじめるように指示をして、それを止めさせる合図がそれだったんじゃないかなって思うんです」

「でも、それでいじめがなくなるなら良い事なんじゃないかな。僕はそう思うけど、姉さんはどう思うのかな?」

「私も言葉だけでいじめがなくなるのは良い事だと思うけど、二人の話が仮に合っているとして、宮崎さんがバレた時のリスクを考えてまでそんな事をする理由って何だと思うの?」

「それはですね。きっと、いじめから誰かを救ったという実績なんじゃないでしょうかね。いじめられている子を助けるのってとても勇気がいることだって知ってると思いますし、いじめをやめさせるのってどれだけ大変かってのも分かってると思うんです。でも、そんなに大変な事を何度もやってると、内申点って結構上がったりするんじゃないかなって思うんですよ。それも、人を思いやることが出来る素晴らしい生徒で弱いものを助ける正義の味方ってイメージもつくと思うんですよね」

「確かにね。そんな素晴らしい事をやっている生徒ってなかなかいないと思うな」

「そうね。私も今までの人生で見た事ないし、教師になってからも宮崎さんのような正義感の塊みたいな人は見た事なかったな。今だから言えることなんだけど、中学校からの推薦文には宮崎さんが今まで行ってきた素晴らしい行いが色々と書かれていたわね。もちろん、いじめ問題を解決していたって事も書いてあったわよ」

「でしょうね。おそらくなんですけど、宮崎の目的はそれだったと思うんです。宮崎って奥谷と一緒で勉強は苦手なんです。たぶん、二人とも受験の点数だけだったら合格点ギリギリかアウトだと思うんですよね。それで、奥谷は部活の経験なんかで面接を乗り切っていて、宮崎は今まで行ってきた様々な事で加点してもらってたんじゃないかなって思うんですよ。当落上にいた生徒が片方はいじめ問題を何度も解決していて、もう片方は特に何もしていないとなった場合、先生だったらどっちの生徒を合格させようと思いますか?」

「その二人だったら、宮崎さんになるんじゃないかな」

「ですよね。そして、宮崎が行ってきた事のインパクトって結構大きいと思うんですよ。普通だったらいじめがあったとしても関係ない自分が首を突っ込んで解決してやろうなんて思わないですよね。でも、宮崎は今までそれを行っていたんです。それも、何度も何度も。でもね、冷静に考えてみると凄く不自然なんですよね。小学校から中学卒業まで、高校受験までと考えても、九年間でそんなにいじめって起こるもんなんですかね。私の通っていた学校が荒れてたってわけでもないですし、梓の学校ではいじめなんて卒業するまで一度も見たことが無いって言ってるし、噂ですら聞いたことが無いって言ってますよ」

「うん、ウチの周りではいじめなんて聞いた事なかったな。テレビの中の話だってずっと思ってたくらいだもん」

「私も中学生の時は見たことがあったけど、何度もいじめがあったって話は気た事ないかも。他の先生たちもいじめ問題で何か話してるってことも無かったし、教育実習で言った中学校もそんなことは無かったな」

「ですよね。普通はそんなにいじめなんて起こらないんですよ。起こったとしてもちょっとしたことでそんなに深刻な事態にはならないと思うんですよね。実際に私の周りで起こったいじめも些細な事でなんでそんな事をするのだろうと思えるような幼稚な物でした。でも、なぜかそれは毎年のように起こっていたんです。いじめっ子もいじめられっ子も毎年変わっていたんですけど、全員宮崎の説得でいじめをやめているんです。それって、絶対何かあるって思いますよね。そうじゃないと、あまりにも宮崎に都合が良すぎる気がしてならないんですよね。私がそれに気が付いたのは中学一年の時でした。いじめられていた生徒も最初のうちは全く相手にしていないようで気にしてなかったと思うんですけど、ある日にその子が好きな男子もいじめに加わっていたんです。なんでそうなったのかはわかりませんが、その男子がいじめに加わってしまったことでいじめられていた女子はすっかり塞ぎ込んでしまいました。その時は結構大きな問題になってしまって、当時の担任と生徒指導の先生が教室にやってきて話し合いを行うことになったんです。それで、いじめをしていた男子たちは先生方の意見もちゃんと聞いていないようだったし、いじめられていた女子も先生に何か言われても黙ってうつむいているだけでした。私はいじめに関係無いんだから早く帰りたいなと思っていたんですけど、クラスの問題だと担任が言ったせいで誰も帰れなくなってしまったんです。こうなってくるとなぜか怒りの矛先がいじめていた男子ではなくいじめられていた女子に移ってしまうんですよ。私はなんであの子がみんなからいじめられているんだろうって思ってたんですけど、絶対に認めなさそうな男子を説得するよりも気弱そうな女子を説得した方が早く終わるんだと思ってそうなったみたいです。私はバカバカしい事をやってるなと思ってその女子を見ていたんですけど、その時に宮崎が急に立ち上がって教壇に立ち、黒板を思いっ切り叩いて大きな音を出してその場を完全に支配しました。先生方も宮崎の気迫に押されたのか、何も言わずにただ黙って見守っていました。そこで、宮崎は先ほどのセリフを言ったんです。宮崎が席に戻ることも無く男子をじっと見つめていると、周りの生徒たちもだんだんと女子ではなくいじめていた男子たちを責めるようになっていました。すると、いつも威勢のいい男子たちが全員立ち上がって移動し、いじめられていた女子を囲むように立つと、順番に謝罪をしていきました。私は出来の悪い演劇を見ているような気分で眺めていたのですが、担任の先生や何人かの女子は感動して泣いているようです。その涙を見て私は完全に気持ちが醒めてしまい、一刻も早く家に帰りたいなって思いました」

「へえ、噂では聞いていたけど本当にそんなことがあったのね。でも、それがどうして宮崎さんが仕組んだことだって思うわけなの?」

「クラス全体を巻き込むようないじめ問題ってその時だけだったと思うんですけど、それ以外にも小さいいじめは何度もあったんです。それだけ周りでいじめがあると、不思議なもので次に誰がいじめられるんだろうってのは予想できるようになるんですよ。私は幸いなことに一度もターゲットにはならなかったんですけど、高校に入ってからなぜか変なタイミングで西森と揉めたことがあったんですよ。それは先生も知っていると思うんですけど、きっかけを作ったのは宮崎なんじゃないかなって思うんですよね。もしかしたら、今まで宮崎の周りで起きていたいじめ問題も宮崎が起こして宮崎が解決したんじゃないかなって思うんですけど、それって私の思い過ごしなんですかね?」

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