第六話

 ウチは愛莉と知り合ったのは幼稚園に入るずっと前だった。ママ同士が友達だったという事もあってウチと愛莉が出会ったのは愛莉が泉や奥谷と出会う前よりずっと早かったのだ。ただ、ママ達が遊ぶときにしかウチラは会うことが出来なかったので二人に比べると関係性はずっと薄いままだった。

 今では考えられない事ではあって信じられないとは思うが、小さい時の愛莉はとても好奇心旺盛で何にでも手を伸ばすような活発な子供だった。ウチは昔から引っ込み思案で何をするにも誰かの真似をしていないと自分を出せないような子供だった。今でもそれは変わらないと思うし、ギャルになったのだってたまたま中学の時に仲が良かった友達がそうだったというだけの話だ。


 色々あってウチが引っ越すことになった後でもママは愛莉の家に遊びに行くときは連れて行ってくれたのだけれど、小学四年生になる頃にはママの仕事も忙しくなっていったため会いに行く機会はめっきり減ってしまったのだけれど、それでも年に何回かは遊んでいたと思う。その頃にはもうすでに愛莉は勉強の出来る頭のいい子になっていたのだけれど、ウチは勉強が少し苦手で教科によっては他の生徒よりも理解が遅かったりもしていた。いつもは勉強の事を何も言わないママではあったけれど、愛莉と一緒にいる時は遊ぶよりも勉強をする時間の方が増えていってしまい、夏休みと冬休みは愛莉の家に一週間くらい泊って一緒に宿題をやるような関係になっていた。ウチは一人だったら休みの最終日でも宿題をやらないような子だったのに、強制的に勉強をやらされるようになっていたのでそれ以降は長期休暇に出された宿題をちゃんと提出するようになっていた。

 今になって考えると、ウチに勉強をさせるためというのもあったのかもしれないが、ママの仕事が忙しい時期だったという事もあってウチは愛莉の家に預けられたのかもしれない。その頃になるともうパパの顔も忘れていたし、おばあちゃん達に会うことも無くなっていたのだった。でも、愛莉のママは友達の娘であるウチの事も愛してくれているのがわかったし、愛莉のパパもおじいちゃんおばあちゃんもウチの事を大事にしてくれていた。その頃になると、ウチも何かお礼をしたいと思ってお手伝いなんかを積極的にしていたのだが、そのおかげでウチは大体の家事は出来るようになっていた。愛莉のママの味を覚えたことで梓にも喜んでもらえたし、愛莉ママの料理の味を覚えたことでウチのママもすごく喜んでくれていた。


 しかし、中学一年生の夏休みが終わるとそんな関係も絶たれてしまったのだ。パパが急に帰ってきて休みのたびに旅行に連れて行ってくれるようになったのだった。何年もかかった交渉がまとまったとかでパパはちゃんと休みを貰えるようになったらしいのだけれど、ウチはパパと一緒に過ごす時間よりも愛莉と一緒に過ごす時間の方が嬉しかった。そんな事は口が裂けてもパパには言えなかったんだけれど、ママはウチの気持ちに気付いていたようだった。でも、ママがパパを説得することは出来なかったのだ。

 それでも、ウチは愛莉との繋がりを失いたくないという思いがあって、夏休みが始まって七月中には出来る範囲の宿題は全て終わらせるようになっていた。勉強さえしておけば愛莉の家に遊びに行くことだってできると思っていたのもつかの間、宿題が終わっているのを見たパパはウチとママを夏休みの期間中ずっと色々な国に連れまわしていた。それはそれで楽しかったのだけれど、夜寝る前にふと考えると愛莉のそっけない笑顔が脳裏に浮かぶようになっていた。


 結局、ウチが愛莉に会えたのは中学二年生の秋になってからだった。

 中学生における一年半という時間は永遠の長さにも感じていたのだけれど、ウチはずっと愛莉の事を考えて過ごしていたと思う。久しぶりに見た愛莉は記憶の中の姿とそれほど変わってはいなかったけれど、少しだけ背が伸びているような気がした。そして、小学生の時のウチと同じ髪型になっていた。


「久しぶりだね。元気だった?」

「うん。元気だよ。そっちは?」

「ウチも元気だよ」


 ウチは愛莉に会ったら言いたいことが沢山あったはずなのに、何一つ言葉にすることが出来なかった。


「あのさ、高校生になったらもっと会えるかな?」

「どうだろう。高校が一緒だったら毎日会えるかもね」

「そっか、高校は中学校と違って好きなとこ選べるもんね。一緒のとこにしたら毎日会えるんだ」

「でもさ、志望校が違ったら会えないのかもね」

「それは寂しいな。ウチはまだ進路決めてないんだけど、愛莉ちゃんは決めてるの?」

「決めてるよ。教えないけどさ」

「ええ、教えてくれてもいいじゃない。どうせウチが行けないようなレベルの高いとこでしょ。愛莉ちゃんは勉強出来るから仕方ないよね」

「どうだろうね。もしかしたら、今から凄く頑張れば同じ高校に行けるかもしれないよ」

「今から頑張るのはしんどいけど、愛莉ちゃんと同じ高校に行くために頑張るしかないよね」

「頑張ってくれるなら嬉しいな。梓ちゃんなら南高でも大丈夫だと思うんだけど」

「え、南高なの?」

「そうだけど。もしかして、最初から受ける予定だったりした?」

「いや、南高だと家から同じ方向だなって思っただけで受けようとは考えてなかったかも。でも、南高なら頑張れば余裕で合格出来そうかも」

「じゃあ、ウチは愛莉ちゃんと同じ学校に通えるように勉強頑張るよ」


 ウチはそれから死に物狂いで勉強を頑張った。ちょっと頑張りすぎてもっと上の学校に行くことも可能だったのだけれど、ウチは愛莉との約束のために決して志望校を変えることは無かった。

 それから、高校受験の時にチラッと愛莉の姿を見かけはしたのだけれど、その時にはウチの記憶の中にいた愛莉とは別人のようになっていた。なぜだかはわからないが、話しかけてはいけないような壁を作っているように見えたし、愛莉と同じ制服を着ている生徒も誰一人として愛莉に話しかける人はいなかった。


 ウチと愛莉は全て決まっていたかのように同じクラスになるわけだが、この頃になると愛莉はウチに対しても大きな壁を作っていた。何か話しかけようとしてもタイミングを外されるし、ずっと見ていても目が合うことは一度もなかった。これは、明らかに避けられているとは思ったのだけれど、思い当たる節は何もなくてウチは毎晩ずっと悩んでいた。

 同じ高校に通うようになればもっと仲良く楽しく過ごせると思っていたのだけれど、実際はなぜか距離を置かれてしまっていた。名前で呼んでくれることも無くなったし、愛莉からウチに話しかけてくれることも無くなってしまった。

 こうなると、ウチが愛莉と同じ学校を選んだ理由は無くなってしまうのだけれど、後から本人にそっけなかった理由を聞いたところ、ウチの事が好きすぎてどう接していいかわからなくなってしまっていたらしい。他の人と同じように扱っていたのも、特別な存在だと他人にバレたくなかったからだったと泣きながら謝罪された。

 ウチはその愛莉の気持ちを汲んで人前では今まで通りの接し方でいいよと念を押しておいた。ただ、中学一年の時まで一緒に過ごしていた時間を軽く忘れていたところは軽く怒っておいた。もちろん、ウチも全部覚えているわけではないのだけれど、大事な事はきっと忘れない。

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