第八話

 ウチが愛莉と過ごす時間が増えれば増えていくほど二人の考えの違いが見えてきた。愛莉はもともと他人に興味が無いタイプだと思うのだけれど、ウチは好きな人とはずっと一緒にいたいと思う少し面倒なタイプだったようだ。愛莉は優しいのでウチの事をたくさんかまってくれているのだけれど、ウチはだんだんとワガママになっていたようで、学校でも愛莉を求めてしまいそうになっていたのだ。もちろん、ウチは自重しているのだけれど、このまま思いが強くなってしまえば、抑えがきかなくなってしまいそうだしまいそうだと思ってしまった。

 そんなウチの様子を愛莉は優しく見守ってくれているのだけれど、どうしても我慢できない事が増えてきてしまい。家に帰ってから愛莉にメッセージを送る回数がここ数日で異常に増えてしまっていた。今までは二日に一度充電すればまず電源が落ちることは無かったのだが、今では家にいる間は常に充電をしておかなければあっという間に切れてしまうようになっていた。それでも、愛莉は嫌がるそぶりを見せずにウチに付き合ってくれていた。


 とある日、ウチは勇気をふしりぼって愛莉に尋ねてみたのだけれど、その答えはウチが一番欲しかったものだった。


「最近は自分でも思うんだけど、ちょっと愛莉に依存し過ぎているよね。でも、一人になるとどうしても気持ちに抑えがきかなくなっちゃうんだよ。これって、普通じゃないよね?」

「それが普通か異常かはわからないけど、私はそういうのもありだと思うよ。だってさ、好きなら会いたいって思うし、会えないなら声を聞きたいって思うし、声が聞けないならメールでって思うもん。でもね、梓は色々と送ってくれるけどさ、私に気を遣って一度も返事の催促はしてこなかったよね。確かに、送ってくる回数はちょっと多いかなって思うこともあったけど、それだけ梓が私の事を求めてるってことだもんね。でも、今はテスト勉強をしなきゃいけない時期だし、ちょっと私からの連絡は遅くなっちゃうかもしれないからさ、そこだけは分かってくれると嬉しいな」

「うん、後から振り返ってみると、ウチが送ってるメッセージの量がヤバいって思ってはいるんだよ。でも、送っている時はそんな事は微塵も感じていないんだよね。送ってるときは愛莉に会いたいって気持ちで一杯なんだけど、ちょっと間が空いて冷静になった時に振り返ると、これって後悔しかしないもんなんだね。ウチだってもっと冷静にならなきゃなって思うときはあるんだけど、どうしても抑えられないこともあるんだよね。あんまりいいことじゃないってわかってはいるんだけどさ、それってどうしようも出来ないもんなのかもしれない。愛莉が迷惑に感じたらハッキリ言ってくれていいからね。愛莉に迷惑だって言われたら、嫌われたくないから自重すると思うんだよね」

「私は迷惑だなんて思ってないよ。そりゃ、返事が出来ないときはたくさんあるけど、寝る前にはちゃんと確認してるからね。それでもいいなら今まで通りでかまわないよ」

「わかった。愛莉がそう言ってくれるならウチは大丈夫。でも、少しは自重できるように頑張るよ」

「そうしてくれると助かるよ。愛莉のママッて今日も夜は仕事なの?」

「そうだよ。いつの間にかパパもいなくなってたし、しばらくは家で一人かな」

「もしかしたらさ、家に一人でいる時間が長いからそういう風になっちゃってるんじゃないかな?」

「そうかな。でも、割と小さい時から夜は一人で過ごすことが多かったと思うよ」

「それはさ、私とこうして仲良くなる前の話でしょ。その時は一人でもなんともなかったと思ってただけで、今はこうして一緒にいられない時間があれば寂しく感じてるんじゃないかな」

「ああ、それはあるかもしれないね。でも、スマホをいじっていると寂しさを紛らわせられるってことはあるかもしれないな」

「それならさ、今日は私の家に泊まりに来たらどうかな?」

「え、でも、そんな急に押しかけたら迷惑じゃないかな。何の準備もしてないしさ」

「明日は休みだし、勉強もやれば問題無いと思うんだけど、梓は一人で勉強した方がいいかな?」

「いや、ウチは一人だとサボっちゃうかもしれないから、勉強するなら一緒がいいかも」

「そうだよね。私も一人でやってる時ってあんまり集中力が持続しないんだよね。ついつい他の事をやっちゃって時間だけが過ぎていくことが多かったかもしれないな。でもさ、勝手に決めて怒られるのも嫌だし、一応お互いの親に確認だけとっておこうよ」


 愛莉の提案で急にお泊り会が開催されることになったのだが、ウチのママはもうそろそろ仕事の準備をする時間になると思う。今のタイミングを逃したらしばらく連絡が取れなくなってしまうと思い、何度か電話をかけてみたのだけれど繋がらない。きっとタイミングが悪かっただけだと思うのだけれど、何度かけても電話には出てもらえなかった。


「ウチは良いって言ってたけど、梓の方はどうだった?」

「ごめん。何回かかけてるんだけど繋がらないんだよね。もしかしたらまだ寝てるのかもしれないんでいったん家に帰ってみようかな。お泊りするにも着替えとか必要だし、どっちにしろ一度は帰らないといけないからね」

「着替えなら私のでもって言いたいけど、微妙にサイズも違うだろうし自分のやつがいいよね。そうだ、せっかくだし一緒について行ってもいいかな?」

「ついてくるのは良いけどウチの部屋は結構散らかってると思うよ。それでもいいなら」

「大丈夫、私の部屋も散らかってるし、そんな事は気にしないからさ」


 愛莉はそう言ってはくれるのだけれど、愛莉の部屋が散らかっていたところを今まで一度も見たことは無かった。押し入れやクローゼットの中も綺麗だったし、どこが汚い部屋なんだろうと思っていた。

 万が一にもママがもう出かけていたとして、その時は事後報告という形で連絡をしておけばいいだろうと思っていたのだが、予想に反して家に帰るとちゃんとママがいた。何をしているわけでもなく、ただボーっとテレビを見ているのだった。


「あら、今日は早かったのね。あれ、もしかしてアズの後ろにいるのって、愛莉ちゃん?」

「お邪魔してます。愛莉です。今日はちょっとお願いがあってきました」

「どうしたの、かしこまっちゃって。知らない仲じゃないんだから遠慮しなくてもいいのよ。何がどうしたのかな?」

「あの、明日が休みなんで梓ちゃんと一緒に勉強会をしたいなって思ってまして、梓ちゃんがウチに泊りに来てもいいでしょうか?」

「勉強会ね。愛莉ちゃんのお家がダメだって言わないならいいわよ。最近のアズは高校受験の時みたいにちゃんと勉強してるのを見てるし、愛莉ちゃんが一緒なら安心だわ」

「ちょっと、余計な事は言わなくてもいいから。それよりもさ、なんで電話に出てくれなかったのよ」

「ごめん、気が付かなかったわ。ちょうどテレビであんたたちの学校で起きたあの件の会見をやってたからそれに集中してたみたいね。あら、そろそろ準備しなきゃ遅刻になっちゃうかも」

「会見って、自殺の原因がどうってやつ?」

「そうそう、それよ。でも、いじめは無かったって結論になったみたいなんだけど、アズも愛莉ちゃんも関わってはいないんだよね?」

「関わっているかどうかと聞かれても、ウチラはあの子が自殺するとは思ってなかったし前の日も普段とは変わった様子はなかったと思うけど。でも、あの子っていじめられるようなタイプではなかったと思うよ」

「亡くなった子の事は悲しいと思うけど、私はアズがそんな風にならなくて良かったなって不謹慎ながら感じちゃったよ。いい、二人とも何があっても自殺なんかしちゃ駄目よ。アレは残された人がかわいそうなだけで、どんなことがあってもちゃんと生きようって努力しないとダメだからね」

「わかってるって、ほら、早く準備しないと遅刻しちゃうよ。しばらく無遅刻無欠席が続いているんだから早く準備しなって」

「わかったから。愛莉ちゃん、アズの事をよろしくね」

「はい、こちらも梓ちゃんを頼ってますから」

「あはは、お互いに助け合っているならそれでいいね。じゃあ、本当に準備してくるよ。愛莉ちゃんの家に迷惑かけるような事はしちゃだめだからね」

「わかってるって、じゃあ、迷惑かけないようにさっさと行こうか」

「うん、それにしても準備早いね」

「何となくお泊りセットは用意してあるんだよね。でもさ、準備してから使うの初めてだから中に何が入っているか心配かも。ちょっとだけ中身確認しとくね」


 ウチは愛莉と付き合うようになってからいつの日かお泊りをする時が来るだろうと思って準備はしてあった。お泊りセットの中身は着替えと充電器と洗面道具が一式、それと、少しのお小遣いが入っている。これだけあれば足りないものは後で買えばいいかなと思えるのだけれど、一泊ならこれで何とかなりそうな気がしていた。


「へえ、結構しっかりと準備してるんだね。でもさ、土日泊るとしたら足りないよね」

「え、二泊だったの?」

「冗談だよ。日曜はちょっと家族で出かける用事があるみたいだから一泊だけね。足りなかったら別の日にしようね」

「そうだね。その時はウチの家に泊っていいからね」

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