第二話

 泉はもう家に帰ってしまったのかなと思っていたのだけれど、まっすぐに家には帰らずに近所の公園のブランコに揺られていた。顔はうつむいているので表情は見えないけれど、時々鼻をすする音が聞こえていたので涙はまだ止まっていないようだった。


「何かあったの?」


 ウチはあえて何も知らない風を装って泉に話しかけてみた。突然話しかけられた泉は凄く驚いていたけれど、目が合った時にはいつもの泉の笑顔になっていた。笑顔なのだけれど、目はうるんでいるし今にも零れ落ちそうな涙も見えていた。


「ちょっとね。でも、気にしなくても大丈夫だよ」

「そんなこと言わないでよ。ウチは泉の事が心配だからさ。何か出来ることがあったら何でも言ってくれていいからね」

「うん、ありがと。でも、本当に大丈夫だからさ」

「それならいいんだけど。さっきさ、奥谷にあったんだけど、あいつって何かいい事でもあったのかな?」

「え、どういうこと?」

「なんかね。スキップみたいな感じで歩いてたんだけど、鼻歌とか歌ってた気がするんだよね。あんな奥谷の姿って初めて見たかもしれないな。泉は奥谷の事見かけなかった?」

「え、えっと、見てない……かな」

「そっか、あんなに嬉しそうにしてた奥谷の姿ってレアだと思うんだよね。もう少し気が付くのが早かったら動画撮れてたのにな。あいつって見た目と性格いいから今よりも人気になっちゃうかもね。でもさ、奥谷って彼女いるって話聞いた事ないんだけど、もしかして女の子よりも男の子の方が好きだったりするのかな?」

「いや、そういう事ではないんじゃないかな。奥谷君は男の子好きではないと思うよ。女の子が好きなのかはわからないけど、男好きではないと思うな」

「そうなんだ。でもさ、奥谷ってどんな女の子が好きなんだろうね。そう言えば、あいつって自分から話しかける女子って泉と山口くらいしかいないんじゃない?」

「そうとも限らないんじゃないかな。部活の時は結構後輩の女子とも話しているみたいだけど、梓ちゃんも結構話してなかったっけ?」

「ああ、ウチの場合はウチから話しかけてるだけだね。奥谷から話しかけてきた事なんて一回も無いと思うよ。そう考えるとさ、部活の時も奥谷から話しかけてるわけじゃないのかもしれないね。でも、ウチが思うのは、奥谷と泉ってかなりお似合いな気がするんだよね。なんかさ、モデル同士のビッグカップルって感じがするもん」

「そうなのかな。そうだといいんだけど」

「いっそのことさ、泉は奥谷に告ってみたらどう?」

「いや、今はそういう気分じゃないんだよね」

「大丈夫だって、泉なら絶対成功するよ。ウチだけじゃなくて泉にも一緒に幸せになってもらいたんだよ。あ、もしかしてだけど、今他に好きな人がいたりするのかな?」

「え、他にってどういうことかな?」

「奥谷以外に好きな人がいるのかなって思ってね」

「奥谷君以外って、奥谷君の事を好きなのが確定ししているみたいじゃない」

「あれ、違ったっけ?」

「もう、梓ちゃんは意地悪なんだから」

「でもさ、マジで泉なら誰に告白しても断られることなんてないでしょ。もしかしたら、亜梨沙の好きなアイドルが相手でも成功するかもしれないよ」

「さすがにそれは無いでしょ。でも、もうすぐ高校生活も終わっちゃうんだし、彼氏が欲しかったなって思うことはあるかもね」

「思ってるだけじゃなくて行動しないと何も始まらないよ。泉なら絶対うまく行くと思うし、力になれることだったら何でも協力するからさ」

「梓ちゃんがそう言ってくれるのはとても嬉しいんだけどさ、私はそんなにうまく行かないんじゃないかなって思うんだよね。だってさ、奥谷って他人に興味無さそうなんだもんね」

「そうかもしれないけどさ、ここは一歩踏み出す勇気が必要だと思うよ。一人では出来ない事でも二人なら出来るかもしれないんだしさ。もしも失敗したとしてもそこで諦めなきゃ終わりじゃないからね」

「そうかもしれないけどさ、それって一歩間違えたらストーカーになっちゃうんじゃないかな」

「泉も分かってると思うけど、恋愛のためには多少のリスクを背負う覚悟も必要になるんじゃないかな」

「でも、それが大事だとは思うけれど、私はそんなに失敗するリスクは抱えたくないかも。どうせならもっと確実に成功するって状態の時がいいかも」

「結構わがままだな。泉がそんな考えなのってちょっと意外かも。ウチはもっと泉って楽観的なのかと思ってたよ。でも、それだけ慎重に行動しているなら失敗はしないかもね」

「う、うん。そうだよね。私はきっとそういう失敗はしないんじゃないかな。失敗したとしても、それを糧に違うアプローチをすればいいだけだもんね」

「そうだよ。泉ならきっとうまく行くよ。ウチも応援しているし、クラスのみんなも学校の後輩たちもきっと泉と奥谷の事を祝福すると思うよ」

「そうだといいんだけどね」

「あ、でも、山口は泉と奥谷の事を祝福しないかもしれないな」

「え、なんでそこで山口さんが出てくるの?」

「何となくさ、山口っていっつも一人で違うことしているからさ、みんなが二人の事を祝福したら反対に呪ってきたりして」

「いやいやいや、さすがに呪いとかは無いでしょ。普段の山口さんが何をしているのかはわからないけれど、呪いとかはさすがに無いと思うわ」

「だよね。自分で言っててもよくわからなくなっちゃったよ。でもさ、あの二人って幼馴染なんだし、家族間の交流もありそうだから意外とうまく行っちゃったりして」

「幼馴染か。私も幼馴染なんだけどな。梓ちゃんはそういうの大事だと思う?」

「ウチはね。そういう幼馴染とかってさ、生まれた時からの運命なんじゃないかなって思うときはあるね。でも、泉と奥谷と山口みたいに三人ってのはあんまりよくない予感もしているね」

「やめてよね。三人は一人余るから良くないとは思うけどさ、高校卒業したらある程度は付き合いも増えるだろうね。でもさ、奥谷君みたいな人には出会えるチャンスあまりないかもね」

「そうだよな。奥谷って見た目以上に性格も良いし、頼まれたら断れないタイプだから告白したら無条件でOKしそうだよね」

「いや、どうだろうね。意外と誰でもいいってわけじゃないのかもしれないよ」

「ウチはあんまり奥谷と真剣な話をしたことが無かったからわからないけれど、頼み事は何でも聞いてくれるイメージあるかも」

「奥谷君って勉強以外なら何でもできるからさ、あんまり何かを教えるってことは出来ないかもね。勉強だって私は教えることは出来ないけど、一緒に考えることは出来るんだよ」

「そりゃそうだ。でもさ、勉強だったら山口に教えてもらえばいいんじゃないかな?」

「ああ、それが一番かもね。でもさ、奥谷って山口の前だったら意外とふざけてたりするみたいなんだよな。直接見たわけじゃないから何とも言えないけれど、奥谷って意外と山口の事が好きだったりしてな」

「その可能性はあるかもしれないね。でも、それが本心なのかはわからないよね」

「そうだよな。でも、奥谷から告白されたって山口からメッセージ着てたわ」


 少しだけ元気になっていた泉はウチの言葉を聞いて全く動かなくなってしまった。泉が今何を考えているのかはわからないが、信じられないと小声で言っているのは聞こえていた。

 そして、ウチのスマホには愛莉から新しいメッセージが送られてきていた。

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