第三話
今日は久しぶりに愛莉が家に遊びに来ることになった。夏休みに告白した時以来だと思うのだけれど、思えばそれからずっと家で二人っきりになるという機会は無かったのだ。本当はもっと一緒にいたいと思う気持ちが強かったのだけれど、いざとなるとそういうタイミングというものはやってこないもので、ただただ時間だけが過ぎていって会えるのはゲームの中だけということになってしまっていた。でも、今日からママは仕事が忙しくなるそうなので朝まで帰ってこないらしい。お泊りとかは今は出来なけれど、卒業旅行はどこか楽しいところへ行きたいなとは思っていた。
「なんか今日の梓は落ち着きが無いみたいだけど、またどっか遊びに行くのかい?」
「そうかな。いつもと変わらないと思うけど」
「またそう言って変な友達と悪いことしようとしてるんじゃないでしょうね」
「そういうこと言うの本当にやめてよね。それに、アレはアズが自分からやったんじゃなくて他の人にやれって言われて無理やりやらされただけなんだからね。アズはやりたくなかったし」
「そうだろうとは思うよ。あんたが誰よりも優しい子だってのはママが一番よく知ってるんだからね。梓が断ってたら他の関係ない子が巻き込まれるとか思ってるのかもしれないけれど、ママはその知らない子が巻き込まれるよりも梓が巻き込まれる方が辛いんだからね」
「わかってるよ。アズだってもう子供じゃないんだから嫌な事はいやだってハッキリ言うもん。それに、今日はウチが遊びに行くんじゃなくて、愛莉が遊びに来るんだよ」
「愛莉ちゃんって、山口さんのところの愛莉ちゃんかい?」
「そうだよ。高校が一緒でクラスも一緒になったって言ってたでしょ」
「そうだけどさ。そこまで仲良くなってるなんて思わなかったからビックリしたよ。山口さんとは仲良くしてもらってたのに、引っ越してからすっかり顔を見なくなったもんね。今度ママも山口さんに会いに行ってみようかしら」
「愛莉のパパとママは忙しそうだからやめといた方がいいんじゃないかな。それに、卒業式に行けば会えると思うよ」
「そうかもしれないけどさ、昔はお世話になったんだから挨拶くらいはしておきたいのよね」
「わかったから。アズがちゃんと伝えておくからママはもう仕事に行きなよ。遅刻したらまた怒られちゃうんだからね」
「はいはい、ママだって怒られるのは嫌だから行ってくるよ。そうだ、愛莉ちゃんの分も何かご飯作ろうか?」
「良いから、そんなことしてる時間無いでしょ。今日もご飯はアズが作っておくから気にしないで早く仕事に行きなって」
「今から行くからそんなに慌てなくてもいいでしょ。そう言えば、あんたの学校であった生徒が自殺したのって、あんたがいじめたとかじゃないわよね?」
「あの子はいじめられてないって何度も言ってるでしょ。どっちかって言うと、あの子はいじめられっ子を助ける側の子なんだよ」
「でもね、いじめっ子を助けたことによっていじめのターゲットがその子になって耐えられなくなったんじゃないかってテレビで言ってたんだけど」
「テレビなんて嘘ばっかりなんだから信じちゃ駄目だって。一番近くで見てたウチがあの子はいじめられてないって言ってるんだからいじめは無いんだって」
「それならいいんだけど、何か隠していることがあったらちゃんとママに言うんだよ」
「なにも隠し事なんてしてないから大丈夫だって。ほら、早く仕事に行きなよ」
ママが仕事に向かった一時間後に愛莉が遊びに来る予定になっていた。本当はもっと早い時間に来てもらいたかったのだけれど、ママが愛莉を見たら話が止まらなくなって仕事をさぼりそうな予感がしていたのだ。
そんな事を考えながら食事の用意をしていると、愛莉が家についたようだ。私服姿の愛莉も可愛いのだけれど、ウチの部屋に通して小さくなりながらも座っている姿も可愛らしかった。
「こんな遅い時間にお邪魔してごめんね」
「大丈夫だよ。今日はママが朝まで仕事だって言ってたから多少は音を出しても大丈夫だからね。そうだ、愛莉はご飯って食べた?」
「ご飯は食べてないよ。梓がご飯食べない出来てって言ってたから」
「そうなんだけどさ、もしかしたら食べてきたんじゃないかなって思ってさ」
「もう、梓がご飯食べてくるなって言ったら食べてこないよ。だってさ、梓の料理って美味しいからね」
「ふふ、そう言ってもらえると作った甲斐があるというもんだね。愛莉は何か食べたいものがあったりするかな?」
「そうだな。梓が作ってくれる物なら何でもいいけど、何を作る予定なの?」
「あんまり手の込んだものは時間が無いから作れないんだけど、スコッチエッグでも作ってみようかなって思ってるんだよね」
「それって結構面倒なんじゃないの?」
「ちょっと面倒なところもあるけど、そんなに難しくないから大丈夫だよ。それにさ、イベントの時間までにはちゃんと片付けも終わってる計算になってるからね」
「梓って本当にゲームとかアニメの事になるときっちり計画通りに物事を進めるよね。それが勉強でも生きてくるといいんだけど、なかなか難しいもんだよね」
「そうなんだよね。でもさ、今はちゃんと愛莉に言われてる所を毎日勉強してるからね。今頑張っておけば大学生の時に楽出来るかもしれないからね」
「まあね、大学はなるべく妥協しないで行ける場所を探したもんね。一緒に頑張ればきっと合格出来るよ」
「今度は愛莉に迷惑かけないようにウチも頑張るからさ。愛莉ならもっといい高校に行けたと思うのにごめんね」
「大丈夫だって。それにさ、こうして高校三年間も一緒に過ごせてるんだから私が今の高校を選んだのも間違いじゃないってことだもん。梓に偶然会わなかったら違う高校に行ってたかもしれないしね」
「でもさ、もっとウチが勉強を頑張っていれば大学受験ももっと楽だったのかもしれないんだよね。その後悔をこれからはもうしたくないなって思ってるんだ」
「そうだよね。これから一緒に大学で勉強出来るように頑張らないとね」
「勉強だけじゃなくて遊びもね」
愛莉と一緒に過ごす時間は本当に充実していた。直接会っていないゲーム上での時間も楽しいのだが、こうして目の前で一緒に過ごしている時間は本当に宝物のように感じてしまう。
幸せな時間というものはあっという間に過ぎるもので、いつの間にか料理も完全に出来上がっていたのだった。二人で作った料理はとても美味しく、ウチが一人で作ったとしてもここまで上手には出来なかったと思う。ママはこの美味しいスコッチエッグをレンジで温めてから食べるのかと思うと少しだけかわいそうな気がしてしまった。でも、それはどうでもいいのだ。
料理を食べ終えて洗い物も済ませたウチラはこれからやることがあるのだ。本日の午後八時から始まる討伐イベント。音声チャットを使って協力することも出来るのだが、前回は上手く連携が取れずに倒すまでに結構時間がかかってしまったのだ。その教訓を踏まえて、今回は一緒の部屋でコミュニケーションをとりながら協力することにしたのだ。どちらかが下手だから時間がかかったというわけではなく、音声チャットではお互いに気を遣い合ってしまっていたのだ。対面で行うのならそんなに気を遣わなくてもいいような気がしていた。
実際、イベントが始まってから強敵を討伐するまでにかかった時間は前回の半分ほどだったと思う。自分のキャラが強くなっていたという事も多少は影響あるかもしれないが、お互いに気を遣わずに色々と言い合うことが出来たのが大きいと思う。それに、二人とも欲しかったレアアイテムが手に入ったのも思わぬ副産物だった。
「なんかさ、こうして二人で一緒の部屋でゲームするのっていいよね」
「そうだよね。梓には美味しいご飯まで作ってもらって感謝で一杯だよ。あのスコッチエッグを食べたからレアドロップしたのかもしれないしね」
「それはあるかもね。このゲームでもスコッチエッグは運をあげる効果があるからさ」
「やっぱりそうだったんだね。そうじゃないかなって思ってたんだけど、あえて言わなかったよ」
「ウチもあえて言わなかったんだよね。言っちゃったら運が上がらないような気がしてさ」
「それはわかるかも。私も梓の立場だったらそういう事は言わないで黙って出しちゃうかも」
「だよね。でもさ、今回は一回で取れてよかったね。あんまり時間がかかっちゃったら愛莉のママとパパも心配しちゃうでしょ?」
「そうかも。でも、愛莉の家に行くって言ってあるからそこまで心配してないかもね。あ、そろそろ帰ることにしようかな。今日はありがとうね」
「こっちこそありがとうね。梓って自転車できたの?」
「ううん、歩き。何となく歩きたい気分でね」
「こんな夜に大切な彼女を歩いて帰らせるわけにはいかないな。よし、ウチが家まで送っていくよ」
「ちょっと、それは嬉しいけどさ、そうなったら私の家からの帰りは梓一人になっちゃうじゃない」
「大丈夫。ウチは自転車を押していくから。帰りは一瞬で帰れるからさ」
「それでも心配だよ」
「何言ってるのさ。ウチも心配だからついていくんだよ。帰りは自転車だから変な奴が出てきてもすぐに逃げちゃうからね」
「本当に大丈夫かな」
「大丈夫だって。もしも何かあったら、奥谷あたりでも呼んでソレを押し付けちゃうからさ。あいつは愛莉の名前を出したら多少の無茶はしてくれそうだからね」
「そうかもしれないけどさ、あんまり危ないことしちゃだめだからね」
「大丈夫。ウチは愛莉の事を悲しませたりはしないからね」
そんなこんなでウチは無事に愛莉を家まで送り届けることが出来た。帰り道は一人で快適に自転車を飛ばしていたのだけれど、当然のように何も起きることは無く、無事に家にたどり着くことが出来た。
家に帰ってから愛莉にちゃんと報告をしたのだけれど、その返事が秒も経たずに来たことには驚いてしまった。だが、その返事にウチが返信したメッセージの返信は一時間ほど待たされることになった。愛莉がお風呂に入るタイミングと重なっただけのようだが、その一時間の間は何となく落ち着いてはいられなかった。愛莉に言われた範囲の勉強をしているからなのかもしれないが、ウチはその間もずっと愛莉からの返信を待っていたのだった。
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