第二話
「わ……
今日の夕方、つい数刻前にはいつものようにそっけなく彼をあしらっていた男が、変わり果てた姿でこと切れている。
長年内功の修業を積んだ者は、死んだあとでも体内を巡る気の流れが絶えていないことがままあるが、王叙鶴はそれが絶えていないどころか活発になっている。なるほどそういうことか、と謝玄幽は一人呟いて気の流れを追い始めた。王叙鶴は、過度の負荷で動かなくなった体を内功を使って回復することで何度も蘇っていたのだ。そしてどうやら彼の霊魂が肉体にそうさせているらしい。
「……だが、これでは遅すぎる。生き返るまでに肉体の方が朽ちてしまうぞ」
謝玄幽は眉をひそめた。王英雄の復活の謎が解けたことは嬉しいが、どうやら今回は望み薄のようだ——霊魂の意志に反して、回復の速度が亀の歩みより遅いのだ。謝玄幽はうーんと唸って天を仰いだ。彼にはこの男について知りたいことがまだまだある。このまま死なれるのはどうにも腑に落ちない。
ふと、
「青海を渡らず、泰山に至らず。魂魄この地に留まりて、我に汝の姿を見せよ」
言葉とともに緑色の光が地面に現れ、王叙鶴の霊魂を体の中からさそい出す。横たわる体から蜃気楼のような影が浮かび上がったかと思うと、ゆらゆらと揺れながら王叙鶴の形を取って謝玄幽と対峙した。
「起きよ、
謝玄幽に言われるままに、王叙鶴が目を開く。
「僕が分かるな?」
「……謝玄幽。」
王叙鶴は心底嫌そうな顔を隠しもせずに答えた。召喚された霊魂は、召喚者の質問に答えることしかできない。嘘をついたり答えをはぐらかしたり、ごまかして逃げることもできないため、王叙鶴は謝玄幽に言われるままに、知っていることを洗いざらい話すしかないのだ。謝玄幽は得意げに口角を上げると、次の質問をした。
「では、王英雄。あなたの本名を教えてもらおうか」
「
「あなたの目的は?」
「悪を討つことだ。」
続く「お前に構う暇などない」を言えず、あからさまにため息をついた王叙鶴に、謝玄幽は内心ほくそ笑んだ。突き刺すように向けられる憎々しげな視線のなんと気味のいいことか!
「その『悪』とは何だ?あなたは何を討とうとしている?」
「質問は一つに絞ることだな、小僧」
王叙鶴が小馬鹿にするに言った。一度に二つの質問をされると、多くの魂魄は混乱して答えられない——それを知っているかのような口ぶりに、謝玄幽は揚げ足を取るように質問を変えた。
「へえ、よく知ってるじゃないですか。この術が分かるんですか?」
挑むように聞くと、思わぬ答えが返ってきた。
「もちろんだ」
「ふうん。まさか使ったことがあるとでも?」
「ああ。」
「いつ?」
「大昔に」
煽るつもりで聞いたのに、王叙鶴はまったく動揺した様子を見せない。それどころか、新たに謎が生まれてしまった——この術を使っているということは、彼の答えに噓偽りはない。王叙鶴は何年も生きているだけでなく、死霊術まで使ったことがあると言うのか?謝玄幽は少し考え込むと、ゆっくりと口を開いた。
「では、あなたの人生について語ってくれ」
「難しい命令だな。もう分かっていると思うが、俺は死なない。何度死んでも必ず生き返るからな……今度もまた、いくらか時間が過ぎれば目覚めの時が来るだろうよ」
だから早く召喚の術を解けと言わんばかりに、王叙鶴は謝玄幽を睨みつけた。謝玄幽は
「でもねえ、
王叙鶴は答えない。この手の質問も霊魂を黙らせてしまうことが多いのだ——謝玄幽はそれを承知の上で、次の言葉を発した。
「あなたの復活の力が衰えていて、もう使い物にならないかもしれない。」
それを聞いた途端、王叙鶴が目を見開いた。物問いたげに口を開いた王叙鶴に、謝玄幽はどうぞと告げて彼の言葉を待つ。王叙鶴は愕然とした顔のまま謝玄幽に尋ねた。
「何故……何故、俺がもう生き返れないと分かる?」
わずかに震える声から察するに、王叙鶴はこの力にかなり頼っていたらしい。
「さっきあなたの体を見ました。あなたの復活の仕組みが何か分かるかもしれないと思って。仕組みは分かったけど、同時に今回は復活は絶望的だということも分かった。今もあなたの肉体は復活しようとしている。あなたの霊魂がそうさせているんです、でも復活するには肉体があまりにすり減っていて、このままでは復活する前に朽ちてしまう。いったい何回生き返ったのか知りませんが、自力での復活はもう無理だと思った方がいいですよ」
王叙鶴は何も言わない。術の左様で返答ができないというよりも、本当に返す言葉が見つからないといったようにうなだれている。両者の間に沈黙が流れる中、謝玄幽はそっと口を開いてあることを聞いた。
「ねえ、王英雄。今回の死因は何なんです?」
「……あれと戦った。」
ぼそりと、独り言のように王叙鶴が答える。謝玄幽は首をかしげて聞き返した。
「あれ?」
王叙鶴は地面に座るように降りてくると、自身の死体の真上にふわりと着地した。
「先の夜半に強烈な陰の気が生じたことは知っているな。それがあれだ。
蜃気楼のような王叙鶴が、拳を握りしめているのがぼんやりと見える。
「その死霊術師と戦ったのは何年前です?」
謝玄幽が尋ねると、王叙鶴は覚えていないと頭を振った。
「相当前のことだ。何百年と経っている」
「では、仲間に背を背けたというのはどういうことですか?」
「俺も、かつては死霊術師だったということだ。まだ死者の魂の救済を目的に、彼らの魂魄と体を操っていた頃のな」
「……もしかして、古派の死霊術師だったんですか?王英雄」
謝玄幽が尋ねると、王叙鶴は静かに頷いた。
「そうだ。俺はあの分断もこの目で見たし、新派の連中の説得もした。時に力で争うこともあった……俺が最初に死んだのはその抗争の最中だ。だがその日の夜には目が覚めて、俺は棺桶から自力で出た。すぐに大騒ぎになって、疑惑と恐怖に駆られた仲間に襲われたよ……あのときは、とにかく逃げることだけを考えていた。何が起きたのか理解したのは後になってからだ。あとはかつての同胞を屠るだけの、果てしない一人旅だ」
死霊術師といえば、死者の魂と肉体を好きなように操れる、悪辣で陰険極まりない法師を誰もが思い浮かべる。だがそもそもの興りは、死者の無念を晴らすために彼らの肉体や霊魂を利用する、復讐の代行屋のような存在だったのだ。それがあるときに二分され、どうせ残酷な復讐をするならばと手段を選ばなくなった新派と、死後の安寧のための復讐なのだから術者が好き勝手に振る舞うべきではないと訴える古派の死霊術師に分かれたという。だが、復讐を望み、強い陰の気を帯びるような魂魄は、ろくな死に方をしていないのが事実だ。結局新派に賛同した者が大多数を占め、古派の考え方は時代とともに滅びてしまった。
「なら、
「そうだ。何度も浄化を試みてきたし、そのために戦友を何人も失ってきた。俺も何度命を落としたか……」
「ああ、あれか」
謝玄幽は一言呟くと、王叙鶴に視線を戻した。何だ、と急かすような眼差しに、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ねえ、王英雄。僕らの使う術に、操ってる怨霊とか、使役する死体が言うことを聞かないときに無理やり大人しくさせるのがあるんですよ。どうしても手に負えないときにしか使われない最終処置ないんですがね……まあ、手に負えなくなること自体がまれですが。力量に合わない怨霊や死体を操ろうとする奴はそもそもの修練が足りていないわけですし」
王叙鶴が目を見開いた。続きを言えと言わんばかりに食いついてくる王叙鶴に、謝玄幽はすっかり気をよくしている。
「その
「なるほど。一理ある。」
王叙鶴が頷いた。謝玄幽はますます得意げに口角を上げる。
「もっとも、召命符を使わないといけないのであなたの同意は必要ですが。乗りますか?王叙鶴殿」
召命符と聞いた途端、王叙鶴がわずかに眉をひそめた。
「何か気になることでも?」
「召命符を使うと言ったが、その場合俺はどうなるんだ?死体になるのか?」
王叙鶴が尋ねた。謝玄幽がハッ、と笑い声を上げる。
「
それを聞いて、王叙鶴の顔が明らかに曇った。生者にも死者にも属さない肉体がもたらす結末は、常識で測れる範疇を軽く超えている。ここで死霊術に頼るには、危険のほどすら不明瞭なのだ。
だが、それを理由に、また何十年、何百年もの時間を——ともすれば今度こそ永遠に——墓の中で過ごすわけにはいかない。
「で、どうします?」
謝玄幽が二本の指で挟んだ黄色い札をひらひらと振っている。この札に名を書かれることを承諾すれば、何が起こるかは誰にも分からない。
「分かった……乗ろう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます