第3話 終わった世界で


こうして、僕と彼女の、での暮らしが始まりました。

最初は何もわからなくて、毎日が失敗の連続でした。

彼女がご飯を焦がしたり、僕がお風呂を水風呂にしたり、

まるで結婚生活のようでした。幸せでした。

この生活は不自由が多かったけれど、二人で少しずつ、うまくなって、一ヶ月もたった頃にはなんとなく、形になっていました。

世界が壊れていることなんて、わからないくらい、楽しくて幸せな日常でした。

今思うと、これから起こることは、慢心していた僕への“罰”だったのかもしれません。


これは、僕らがここで暮らしはじめて三ヶ月ほどたった日のことでした。

まあ勿論、僕ら二人で暮らしていました。誰も来ることもなく。

彼女も僕もいつも通り、暮らしていました。

彼女と僕は、あれから週に一度、必ず外に出て僕ら以外の生存者がいないか確認していました。

今日、まさにその確認の日だったのです。

僕と彼女は重い扉を開けて、階段を登り、外への扉を開けました。

いつも通り、パラパラと砂が降ってきました。

二人でおそるおそる首を地下室から出しました。

すると彼女が、「あっ」と声を出しました。

「どうしたの?」

「人……多分人だよ。倒れてる」

彼女が指差す方向を見ると、確かに人のようなものが倒れていました。砂を被っていたので、本当に人かどうかはわかりませんでしたが。

「助けよう」

彼女と僕は地下室から走り出しました。

「大丈夫ですか!?」

そのものは確かにヒトでした。

揺さぶっても返事はなく、息もなかったのです。

「ああ……」

と彼女は落胆していました。あの日からはじめて見た自分達以外の生存者は、もう、事切れていたのですから。

その人は首に何かをぶら下げていました。カードケースのような、冊子のはいった何かを。

何か手掛かりになるかもしれない、僕らはその人を簡単に埋葬をして、手を合わせて、カードケースを持って地下室へ帰りました。


そのカードケースに入っていた冊子は、小さな分厚いメモ帳でした。

日記のようなものが書かれていました。

それは、からの。

生存者が俺以外見当たらない、といった書き込みと、他に生存者はいないのか、他のシェルターはないのか……等、どうしようかという戸惑いの文字が連なっていました。

最初は綺麗に書かれていた文字が、どんどん乱雑になっていって、最後のページは気が狂ったように書き殴られていました。

『ああもうおれはたすからないんだ、だれか、たすけて、いきたいんだ、まだ、

たすけてくれ、おねがいだ、おねがいだ……』

と。

彼女はそれを見て、深く一つ息をつきました。

「助けられなかった。私達の、他にもいたのに……」

彼女は酷く悲しい表情かおをしました。

僕は彼女を抱き締めました。彼女は泣いていました。久々に、声をあげて。

彼女はそのまま寝付いてしまいました。僕は彼女に毛布を掛けて、夜まで起こしませんでした。


翌日、彼女は僕にこう告げました。

「私、ここを出ていく」

「……どうして?」

僕はそう彼女に聞きました。

「……昨日の人みたいに、まだ私達以外にも生存者がいるかもしれない。ここの他にも、シェルターがあるかもしれない。

昨日の人みたいに__食糧が尽きて困っている人がいるかもしれない。

その人達を助けなきゃ。」

「……そんなの、僕らの仕事じゃない。そもそも、こんな世界にしたのも、僕らじゃない。僕らはこんな世界に被害者だ。なのに、なんで、君は――」

僕はここまで言って、はっと顔を上げました。

彼女は僕のことを静かに見つめていました。

「私は、仮にそうだとしても――それでも、まだ生きている人がいるのなら、助けに行きたい。君とここで惰性のまま生きるくらいなら。」

「……そんな、危険なことしてまで……ここから出ていきたいの?」

「ええ。だって、

私はここにいても、心地がしないの。

私と君だけで生きても、他の生きられる人を助けられなきゃ、何も意味なんてない。」

彼女の意志は固かったのです。それはそれは――とても、誰にも動かせない程に。

「なら、僕も行く」

「駄目。君みたいな、自分の意志で動けない人が行くべきじゃない。ここに残って。きっと――戻るから。待っていて。」

彼女はそういうと、地下室から出ていきました。

最後にいつもつけていたロケットペンダントを僕に託して。

僕は捨てられてしまいました。

僕の意志が弱いために。

ああ、馬鹿らしい。

僕はそれから、一人で、彼女を待ちました。

今日まで。

でも、もう、無理でした。

僕はあなたを待てなかった___いや、まちたくなかった。

この……ロケットの写真を見てしまうと。

幸せそうな僕らを見る度、ズキズキと胸が痛んだ。

僕は彼女に愛されたかった。

こんな世界より、僕と過ごしてほしかった。

……僕はもう待てない。

ごめんね。

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