第51話

虎族とらぞくに仕える……?」

「そう。かつて狐族きつねぞくは、国内での獣人族の覇権を手にするために、虎族を外から呼んだんだよ。そのときの契約で、虎族と狐族は主従関係にあったらしいんだ」

 狼族にその気はなくても、神託しんたく巫女みこを有する一族であるが故に、他の獣人族から一目も二目もおかれていた狼族。それを面白くなく思っていた狐族が、よその国で覇権争いに敗れた虎族に声をかけたのだという。虎族がこの国にやってきて以来、手足となって働いていたのが狐族なのだ。狐族と虎族は共に狼族や他の一族に干渉をして、獣人による国の統治を目指していたこともあるという。

「それが崩れたのが、虎族が絶滅した二十年前の事件なんだよ」

 当時小学生に上がる頃だった研太たちにとっても、一つの一族が絶滅したらしいというのは衝撃的なことだった。

 そして、虎族が絶滅するや否や、それまで敵対していた狼族を始めとする一族たちにくみするようになった狐族に対して、不信感を持っている一族は少なくないというのだ。それは昨日の獣人会議一つとってもよく分かる。

「まぁ……今となっては、狐族がいてくれるからこそ助かってることも多いんだけど」

 それでも、過去の遺恨いこんはなかなか根深く、それを今代こんだいで解消するのは難しいことなのかもしれない。

「そんなわけで、狼族を襲ったのは虎族なんじゃないかって、みんなビビってるんだよ。そして、その手引きを狐族がしたんじゃないかって、思っている一族もあるってことだ」

 森を抜けると寮の裏口が見える。裏庭では、奈子なこがシーツを広げて干しているようだった。広げてパンパンと叩いて、角を洗濯バサミで止める。風に揺れるシーツを満足そうに眺める奈子は、柔らかく微笑んでいた。その姿を見て研太は少し目を細めて、ながれたちのほうを見て言う。

圭斗けいとの父親のことは、オレも知らない。だから、詮索するなよ?」

 その瞳は強い光を帯びていて、流とたすくは静かに頷くしかない。二人が頷くのを見て、研太はニッと笑った。その笑みは、力強い。「守りたいものがあるとき、僕らはもっともっと強くなれるんだよ」子どもの頃に泉から言われた言葉が流の脳裏を過ぎる。あのときも思っていた。

 強くなりたい。大切なものを守れる力がほしい。

 ……今も、変わらない

 あの頃と変わらない。身長が伸びて、子どもの体格ではなくなってきてはいるけれど、周りの大人たちはもっとずっと強い。それは体だけの問題じゃなくって、心の問題なのかもしれない。

 守られるだけじゃ嫌だと思った。自分も大切なものを、大切な人たちを守りたいと思う。

 そのためには、知らなければならない。知ることから、始まるのだ。

「研兄、ごめん。ちょっと先行っててくれる?」

 言って流は振り返ると、校舎に向かって駆け出した。

「お?あ?っておい!」

 背中越しに研太の声を聞きながら、流はそのまま森の中へと戻っていく。その斜め後方には、当然のように翼がついて来ている気配がする。

「……お前までついて来なくて良いんだけど?」

 走りながら言う流に、もちろん答えは返ってこない。小さく息を吐いて、流はそのまま校舎に入ると階段を一段抜かしに登っていく。

 いつからだろう。翼がこんなふうに黙って流のあとをついてくるようになったのは。子どもの頃は二人で山中を駆け回っていたけれど、こんなふうではなかった。二人で並んで笑い転げながら走っていた。

 ガラッと勢いよくドアを開けて、流はカウンターにダンっと手をついた。

「あら?何か忘れ物?」

 カウンターの奥にある机にあるパソコンに向かって作業をしていたひとみは、顔を上げて肩で息をする流を見た。少し遅れて入ってきた翼も、膝に手をついて大きく息を吐く。

「さっきの……本……貸し出……し、できますか?」

「さっきの本?あぁ……そうね。禁帯出にはなってないから大丈夫よ。待ってて、手続きするわね」

 本の背を確認したひとみは、手早く貸し出し処理を済ませると、本をカウンターに置く。

「返却期限は、始業式の日ね」

「はい」

 そう言って流は本を受け取る。

「君は?何か借りるの?」

 ひとみに言われて翼は首を振る。

「目を離すと、すぐどこかに行くから……」

 それが、翼が流の後をついて回る理由らしい。

「あらあら、小さい子みたいね」

 ひとみは二人を見ながらクスクスと目を細めて笑う。

 この場合、目を離すとすぐにいなくなる流が子どもなのか目を離して流がいなくなるのが嫌な翼が子どもなのか、判断に迷うところではある。けれど、流は良いほうに受け取ることにして笑む。

「ところで、和久井先生待たせてるんじゃない?」

 ニコニコと笑顔で言われて、流はハッとして翼を見る。翼は、やれやれと言ったふうに肩を竦めてみせる。そうして大急ぎで寮まで戻った二人だったが、実家まで帰る道中、延々と研太の説教を聞く羽目になったのだった。

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