第49話
狼紀の中には、
どっちにしろ死ぬのかなー……
そう考えると、自分が扉であることを明らかにするのは、絶対に避けたいところではある。けれど、遅かれ早かれ流が扉であることは、他の一族にも知られてしまうことだろう。
てゆうか。多分もう気づかれてるよな……
少なくとも、
あと、狐族も気づいてそうだ
狐族……というか、
まぁ……キッコは、あの香水の匂いのお陰で気付いていないかもしれないけど
ふぅーっと息を吐いて、ページから顔を上げると見慣れた瞳とぶつかった。
「
いつの間にいたのだろうか。翼は流の座る椅子の向かいに座り頬杖をついて、じっとこちらを見ている。
「いつからいたんだ?」
「十五分くらい前かな?」
「気付かなかった……」
「集中してたからな」
手を組んで体をグッと上に伸ばす翼を見ながら、流は目をパチパチさせる。
ホントに、全く気付かなかった
本の世界に集中すると、周りが見えなくなるのは流の昔からの悪癖だ。翼は慣れているとでも言うように、流を見て肩を竦めた。
「で?それには何が書いてあるんだ?」
再び机に頬杖をついた翼は、流の持っている狼紀を指す。
「?お前も読むか?」
「いや、流が読んで後で内容聞かせて」
別に良いけど
自分で読んだほうが明らかに早いとは思うけれど、流は頷く。それを見て翼は、ほんの少しだけ口角を上げて笑みを作った。どこか安心したような翼の笑みに、流は心の中で首を傾げる。翼の浮かべた笑みは、何だか随分幼く見えた。
何だろう……一体翼は、何をそんなに怖がっているんだろう。
そう思ってじっと翼を見つめて見たけれど、翼は何事もなかったように立ち上がって書架へと向かった。流はその姿を目で追うが、翼はそれには気付かない。
?
流は首を傾げながら、視線を本のほうへと戻した。
ページは進んで、神託の巫女のことになる。
知らないことばっかりだ
神に舞を捧げて、その声を聞く「神託の巫女」。そもそもなぜ狼族にだけ「神託の巫女」と呼ばれるような存在が生まれるのか。狼族はその昔、神の眷属あるいは神そのものだったとも言われている。その名残で、神の声が聞こえる子が生まれるのだという。舞の作法は、巫女から巫女へと受け継がれ今に至っている。ここで言う神とはすなわち、天であり自然そのものでもある。自然の流れから人々が外れようとするとき、神の声はより大きくなり、そのあまりの大きさに耐えきれなくなってしまう巫女も少なくないらしい。そのため、狼族の巫女には、厳しい修行が課せられる。一般的には、より若い乙女が巫女となることを望まれるが、狼族においてはその限りではないと泉の注釈が付け加えられている。
母の死により、予定よりもずっと早く、若くして巫女となった竜。彼女は、自分自身の現状をどう受け止めているのだろうか。
さらにページを捲ると、「
この国を出て西に進んだ先の国に、神託の巫女と同じような力を持つ者がいるらしいという書き出しで始まる話は、そう長くは書かれていなかった。預言の神子と呼ばれる獣人は、神託の巫女と同じように神の声を聞く。けれど、その力は本人の才能に大きく左右され、神子のいないい世もあるという。神子は、人の無意識下に潜り込む力があり、それが狼族の神託の巫女を大きく異なる。
無意識下に入る……夢に干渉できるってことか?
なるほど。それならば、先日
……虎……か。
そうかもしれない。流の夢に出てきたのは、猫科の大型獣だった。犬科の獣人たちとは違う尻尾の動き。滑らかに、それでいて柔らかい動きをするそれは、流たちの尻尾とはもはや別物と言っても過言ではないだろう。
……虎、ね
数年前に、大きな内部抗争の末に絶滅したと言われる虎族。そんな獣人たちが、今更何を?と思わずにはいられない。
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