第46話

「え……?」

 思わず声が漏れてしまったながれを咎める者はいない。

「でも、虎族の当主には、息子がいただろう?彼らの行方は、未だに掴めていないままだ」

 馬族うまぞくの長の言葉に、狐族はニコニコとしたまま続ける。

「はい。ですが、息子二人は獣化する能力を持たない者でしたので、気にする必要はないでしょう。普通の人間との間に生まれた子どもの多くが、獣人しての力を持たないことは、皆さんもご存知でしょう」

 グルリと出席者を見回して、狐族の長は言う。

「とは言え、皆さんのご心配もわかりますよ。ですので、此度の狼族襲撃に関する調査は、当家が請け負いましょう。すぐに犯人を挙げてみせますよ」

 その言葉に白夜びゃくやは首を振る。

「いや、それには及ばないよ。狼族はすでに自分たちで調査を開始している」

 白夜に「そうだよね」と目線を向けられたたいらは大きく頷く。里に篭り切りだと思われがちな狼族だけれど、そのネットワークは意外なほどに広い。六花りっかの仕事関係の繋がりも駆使して、目下情報収集に励んでいるところだ。

「それに、私たちはあなたたちを信用してはいませんもの。なんせあなたたちは……」

「そこまでにしよう」

 兎族の長の言葉を白夜は途中で遮る。

「子どもたちもいるんだ。今は過去のことは置いておこう」

 キッパリと言い切る白夜の言葉に、兎族の長は素直に口を噤む。

 狐族の過去……?

 獣人の歴史は、子どもの頃に学んだけれど、その中では各一族の歴史までは触れられていない。

 狐族には何か触れてはならないような過去があるのだろうか。

「水、今後はどんなふうに進めていく予定?」

 白夜に促されて水は続ける。

「はい。ある程度の情報が集まった段階で、精査して調査に向かいます。幸い身軽に動ける者もいますので、他の皆さんに迷惑を描けるようなことにはなりません。調査の結果が出たらこちらで報告をしますので、どのような対応を取るべきかご相談させていただければと思っています」

「わかった。ありがとう。みんなもそれでいいよね?」

 白夜が出席者をくるりと見回す。出席者はそれぞれ、小さく頷いたり白夜と目を合わせたりして意思を示す。

「でも、どうして狼族の里が狙われたのでしょうか?」

 声を上げたのは、肉食系獣人側にいる大柄の男性だった。見た目に反して口調は穏やかで優しい。彼の後ろには、同じようにがっしりとした体格の流より少し年上に見える男性とスラリとした手足の長い長身の女性が控えるように座っている。

「あれは熊族くまぞくだよ」

 流と翼がキョトンとした表情をしていたのに気付いたのか、研太が声をひそめてひっそりと教えてくれた。

 熊族……

 知らなくて当然だ。流たちと同世代に熊族はいない。言われてみれば、あの体格の良さは熊のようだ。勢いよくぶつかられたら、流なんかあっという間に吹き飛んでしまいそうだ。獣人の世界は狭いようで広い。まだまだ知らない一族がいるに違いない。

「なるべく大事にはしたくなかったんだけど、こうなってしまっては……ね」

 小さく息を吐きながら言う白夜がチラリと流のほうを見た……気がした。

「狼族の巫女の神託で、扉が現れることがわかったのは、周知のことだと思う」

 ゴクリ……唾を飲む音は誰のものか。

 流の心臓がドクリと跳ねる。同時に「何を言うつもりなのか」という不安が胸を駆る。

 まさか、こんな場で、突然、流に伝えることもなく、扉の正体を明かすつもりではないだろう。

「その扉に関する文書が、狼族の蔵から見つかってね。いずみ……狼族の長が、僕たちにもわかるように書き直してくれたんだ」

 白夜の手には、先日院長室で見せてもらった文書がある。

 ホッと息を吐いたのは、流の隣に座るたすくだった。思わず目をやると、翼のほうも流を見ていた。その黒い星のような瞳にほんの少しだけ、安堵の色が見える。

「これは、かつて狼族に現れた扉のことと鍵のことが書かれている」

 シンッとした空気が、会議室の中に満ちる。白夜は、静かに言葉を続ける。今代ではもう長いこと扉が現れていない。そのため、どの一族でも扉に関する情報が足りていないのが現状だ。と、すると、扉のことが書かれているという狼族の文書の価値は爆上がりするのだろう。

「今日、高校生以上の鍵と守護者に来てもらったのは、この文書に書かれていたことがあったからなんだ」

「どんなことが書いてあったんですか?」

 馬族の長が、恐る恐ると言った風に尋ねる。

「そんな怖がるようなことじゃないよ。簡単に言うと、鍵として力が発揮できる期間についてだよ」

 鍵としての期間……?

 長たちの後ろに、控えるように座っていた鍵と守護者たちの間に緊張した空気が走る。

「鍵としての能力は、おおよそ十五歳くらいから有効になって、三十代をピークに緩やかに落ちていくみたいなんだ」

 なるほど。だから、高校生以上の鍵と守護者が集められたのか。

 集められた鍵と守護者も、きっと同じように思ったに違いない。

「そして、鍵が扉を開けようとしても、それだけじゃ開けることができない」

「……それはどういうことでしょう」

 少しの間を空けて、狐族の長が尋ねた。それに白夜はニッコリと笑って答える。

「難しいことじゃないよ。扉を開けるためには、同意がいるんだ」

「同意……?」

 呟きは誰のものか。

「そう。同意」

「その……同意を取らずに、扉を開けようとするとどうなるのかしら?」

 兎族の長が、眉根を顰めて呟くように言う。

「文書の中ではっきりと明記されているわけではないけれど、鍵も扉も壊れてしまうということが示唆されている」

 壊れる……

 それの意味するところは、即ち「死」であることは言葉にするまでもなくわかるだろう。

「もしも、もしもだよ。今ここに集まってくれた鍵のみんなが扉と出会ったとしても、すぐに開けようなんて思わないでほしい。それは君たちの命を危険にも晒すものだから。守護者のみんなは、鍵が扉と出会ったときに衝動的に開けてしまうことのないように、鍵を守ってほしい」

 白夜の言葉に、集まった鍵と守護者たちは大きく頷く。

「その文書を、読ませていただくことはできないのでしょうか?」

 恐る恐ると言って風に発言したのは、光太郎だった。

「そうだね。狼族に関わることも書かれているから全文は無理だけど、抜き書きしたものは学院の図書室に置いておこう。図書室は卒業生も入れるから、みんな読むことができるよ」

 ニッコリと笑って言う白夜に、会議室にいる面々は、ホッとした表情を返した。

「それじゃあ、今夜はここまでにしよう」

 白夜の一声で、獣人会議はお開きとなった。

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