第45話

 白夜びゃくやが入ってくると、それまでの騒ついた空気がピンと張り詰めたようになる。柔らかく微笑む表情はいつも通りに見えるけれど、纏う雰囲気はながれが知っている白夜より硬い。会議室に集まった獣人たちの視線を一身に浴びながら、それを気にする様子もなく白夜は静かに席に着いた。

 他よりも少しだけ豪奢な椅子に腰掛けた白夜は、集まった獣人族の長たちをくるりと見回す。狼族の席を見たときに白夜は、一瞬……そう、ほんの一瞬だけ目を見開いた。そして、少しだけ笑みを深くした。

「待たせて悪かったね」

 白夜が口を開くと、長たちは背筋を伸ばして姿勢を正した。ながれもそれに倣って、背筋を伸ばす。

「いいえ、時間通りですよ」

 答えたのは兎族の長だった。それに小さく頷いて、白夜は続ける。

「今日集まってもらったのは、狼族の里が襲われた件だよ」

 みんな知っているだろう?と続けた白夜に長たちは頷く。

「相手は草食系の獣人ではないようだという報告は受けています。被害の状況は?」

 尋ねた馬族の長の言葉に、白夜は視線をたいらへと移す。

「それに関しては、狼族から報告してくれるかい?」

「……はい」

 言われて水は立ち上がる。

「本来なら族長である父が来るべきではありますが、代理で失礼します。狼族族長長子の水です」

 銀色の髪をさらりと揺らして、薄いブルーの瞳でゆっくりと他の族長と視線を合わせるように見回す。多くの長たちは好意的に、しかし興味深げな光を瞳に宿して水を見ている。水は、彼らの視線には気づかないような様子で言葉を続けた。

「先日深夜、当家の結界を破ろうとする種族不明の獣人がいました。人数は二十から三十ほどで、物理的な攻撃とエネルギー攻撃の両方で結界の破壊を試みていたようです」

 淡々と語る水は、いつもの陽気で明るい雰囲気ではない。後ろから見ていてもわかる。磨かれたガラスのような、硬さと冷たさを感じる。

 緊張してる……?

 いや、緊張とは違う硬さだ。それはそう、何かを守ろうとするような……

 オレたちか……

 初めて獣人会議に参加している自分とたすく。他の一族も同じように高校生以上の鍵と守護者は出席している。馬族の光太郎こうたろうと光太郎の隣には少し年上と思われる女性が座っている。兎族の鍵は「年寄りと幼児だ」と兎実は言っていたので、今回は参加していないのだろう。そのあと、象族ぞうぞく大熊猫族パンダぞくは族長以外には参加していないので、今代の鍵はいないと思われる。その隣にいるのは鼠族ねずみぞくだろうか。彼らも鍵と守護者は連れていないようだ。そして、ながれは守護者であると共に、扉でもある。扉の存在は、まだ明らかにはされていない。

 草食系の方が、鍵が少ない……

 それは、この獣人会議における力関係に影響があるのだろうか。流の思いをよそに水の報告はまだまだ続いている。

「襲撃のあった日に帰省していた流と翼……当家の鍵と守護者が、迎え撃ちました。が、人数が多く、経験も少なくて苦戦を強いられてました」

 水はちらりと後ろに座る二人に目線を向けて続ける。

「ですが、母……先代の巫女代理が戻ってきたことで、相手を退けることができました。幸い結界の破損も少なく、物理的な被害はそう多くはありません。けれど、結界と守護の強化が必要なため、族長は本日こちらに来ることができませんでした」

 いずみが獣人会議に出席しなかった理由は、六花りっかが帰ってきているからではあるが、物は言いようではある。結界の強化をしているのも事実だし、子どもたちもいるので、家を空けるわけにはいかなかったというのもまた事実ではある。

「ありがとう」

 白夜びゃくやに言われて、水は小さく頭を下げて着席した。

「それで?どこのどなたが狼族を襲ったの?」

 困ったわねと言うように頬を手を当て、兎族の長は白夜の方を見て聞く。白夜はそれに対して、小さく首を振って答えた。

「まだ分かってはいない」

「でしょうねぇ。まぁ、ウチには関係のないことですけどね。大方虎の生き残りが手の者を遣わしたと言ったところでしょう?」

 ふぅと息を吐いて、兎族の長はチラリと狐族の方を見やった。それにピクリと反応したのは、意外にも燈弥とうやだった。ガタリと椅子を揺らした燈弥を制して、狐族の長が口を開く。

「それは狐族のことですか?」

 何だか粘るような、張り付くような口ぶりに、流は背筋がゾクリと寒くなるような感じがする。上手く言葉にできないけれど、何というか……

 気持ち悪い。

 言葉にできない思いは、たいていその言葉に収まってしまう。

「確かに当家は、かつては虎族に仕えた一族ではあります。ですが、それはもう二十年も前のことですよ」

 ニッコリと笑う気配がするが、その笑顔がどうにも胡散臭い。他の一族の胡乱な目を気にもせず、狐族の長は続ける。

「虎族の最期は、私自身がこの目でしっかりと確認しています」

 ……どう言うことだ?

 流が小さく首を傾げていると、狐族の長はさらに言葉を続けた。

「虎族の当主は、私の目の前で自害しましたから」

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