第43話

「ほーら。バテてんじゃないよー!!」

 六花りっかの声に、膝に手をついてゼーハーと肩で息をしていたながれはゲンナリした視線を母へと向ける。横では、たすくが大の字になって地面に転がっている。それを見た流も隣にゴロリと転がった。

 無理……立てねぇ……

 少し離れたところでは、しずく圭斗けいと一葉いちはが木刀を振っているのをいずみがニコニコしながら見ていた。

 強くなりたい、稽古をつけてほしいと言ったのは、確かに自分たちではあるけれど。

 ちょっと予定と違った……

 流の予定では、泉かたいらに基礎からみっちり稽古をつけてもらうはずだった。だがしかし。先日神託を受けて帰ってきた六花が、夏の間は家にいると言い始め、家にいるだけだと暇だからと流と翼の指導を買って出たのだった。結果、まず二人に必要なのは体力だと言い始め、毎日早朝から山の中を走らされ、基本的な筋トレを飽きるほどさせられている。

 いや、まぁ……確かに、高校に入ってから少し運動量は減っていたけれども。だけども!!

「父さんに稽古つけてもらうつもりだったのに……」

 吐息と共に思わず漏れた流の本音を耳聡く聞きつけた六花が、手に持っていたメガホンでポカリと流の頭を軽く叩いた。

「バカ言ってんじゃないよ。泉の技は実践向きじゃないんだから」

 そう言って六花は滔々とうとうと説明をし始める。

「いいかい。わかってると思うけど、獣人族は元々普通の人間に比べると戦闘力が高くて、身体能力も上だ。簡単に言うと、強い。でも、歴史的に見ると普通の人間には、迫害されていた歴史のほうが長いんだ。なんでだかわかるかい?」

「数が少ないから……」

 流の答えに六花は頷く。

「もちろんそれはある。じゃあ、なんで数が少ないんだろう」

 なんで?そんなこと、考えたこともなかった……

 流が口を噤むと、翼が静かに口を開いた。

「……獣人族は、普通の人間に比べると弱い……から?」

 獣人族が強い、けれど、人間に比べると弱い……?

「そう」

 六花は満足そうに頷く。

「獣人族は確かに強い。力の面においては、人間よりもはるかに強い。でも、残念ながら、人間に比べると明らかに弱いんだ。例えば精神が不安定な者が多かったり、寿命が短かったりね」

 草食獣人が短命なのは、獣人界では周知の事実だ。ただ、近年では普通の人間と同じくらい生きることのできる獣人も少なくない。これは、獣化できない子どもが増えたことも影響していると考えられている。対して、肉食獣人は心の病にかかりやすいと言われている。かつては、相当数の獣人たちが、心を壊して自らその命を絶っていたという。六花の言う「弱さ」はそういうことなのだろう。

「泉が教えてるのは、心を強くする方法だ。あんたたちは、今の自分に必要なモノわかってるんだろう?」

 六花にそう言われてしまうと、流はぐうの音もでない。

 ……今、求めているのは純粋な「強さ」だ。力が欲しい。強くなりたい。

 グッと拳を握りしめて頷く流の頭を六花は優しく撫でる。反対の手では、翼の頭を撫でている。

「大丈夫……あんたたちなら、今よりもっと強くなれるよ。だから……」

 言葉を切った六花は、唇の端を上げてニッと美しい笑みを浮かべた。

「もうちょっと走っといで」

 六花に言われて、山の中を全速力で三周ほどしたのちに流と翼は倒れ込むように庭へと帰ってきた。

「お!おかえり〜」

 縁側に座って、冷たい麦茶の入ったグラスを持って言うのは水だった。半獣化して、尻尾をパタパタとさせている。

「……」

 流は何か言おうと口を開くが、パクパクとさせるだけで声が出ない。

「……帰って、来たんだ?」

 翼がゼーゼーと言う吐息と共に水に尋ねる。

「あったりまえじゃーん。みんながいるのに、オレがいないなんてありえないからね」

 フンスと鼻息も荒く水は言うのを流と翼は冷めた横目で見やる。疲れすぎて水に反応する気力がないというのが、正直なところだ。左右に揺れる水の尻尾に獣化して子猫になった圭斗がじゃれている。同じく獣化した一葉と雫は、気持ちよさそうにクウクウと寝息をたてている。

「父さんたちは?」

「んー、なんか院長から電話かかってきて……」

 水が言い終わる前に、泉が六花と共に戻ってきた。その顔は少し困ったように眉根が寄っている。

「あ、二人ともおかえり」

 庭に座り込んでいる流と翼を見て泉は言うが、その表情は浮かない。

「「?」」

 目を合わせて首を傾げる二人から目線を外して、水は小さく息を吐く。

「何かあった?」

 水の問いに応えたのは六花だった。

「獣人会議があるんだって」

「「獣人会議??」」

 流と翼は声を揃えて、さらに深く首を傾げる。

「獣人の各一族の長が集まる会議だよ」

 二人の疑問には、水が答えてくれる。

 なるほど。長の参加する会議であるなら、狼族は泉が参加するのだろう。

「でも、ねぇ……」

 はぁ……と大きく息を吐く泉の様子から、どうやら楽しいものではないと想像がつく。

 そこまで言った泉の目が、ふと水に止まる。

「……ねぇ六花さん、僕良いこと思いついちゃったんだけど……」

 ブンっと音が出そうな勢いで六花のほうに振り返った泉の瞳は、宝物を見つけた子どものようにキラキラと輝いていた。

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