第41話

 ……とは言うものの。

「眠れるわけがない」

 部屋に戻って布団に入ったながれは、天井を見つめて小さく呟く。その目は爛々らんらんと輝いている。

 ゴロリと寝返りを打った流は、目を閉じて思い返す。

 あの獣人たちは、一体何者だったのだろう。バレないように深くフードを被って、尻尾の隠れるような服まで着ていた。

 一般的に半獣化したときは、尻尾と耳に動物としての大きな特徴が出る。兎族の長い耳と丸い尻尾は、その最たる例だろう。狼族と犬族など似た特徴を持つ一族もいるけれど、大体は耳と尻尾を見ればわかる。

 大型の肉食獣じゃなかったみたいだけど、それなりに力のある獣人たちだったな。チームプレイにも慣れてるみたいだったし……

 前回、街で流たちを襲ってきた獣人よりも随分手慣れている感じがした。目に見えない結界に対して、的確に攻撃を仕掛けてもいた。

「……ホント、何者だよ」

 そして、何のためにこの神社を狙ったのか。

 ここに欲しいものがあった?ここにしかないものって??

 大上神社おおがみじんじゃは、それなりに古くからこの地にある神社だ。狼族が代々暮らすこの地を守るため、行き場のなくなった仲間たちを匿うためにあると言われている。基本的には、獣人族の争いや諍いから距離を置いた存在で、中立の立場を長い間守ってきたという。

 ここにしかないもの……ここにしかいない人はいる

 神託しんたく巫女みこ

 かつては、六花りっかがそうであり、今はとおるがそうだ。他の獣人にはない、天からの神託を得ることのできる人だ。

 そして、狼族の鍵である翼と守護者である流。

 流が扉であることは、今のところおおやけになっていない。だから、他所の者が狙うとすれば、その辺りだろうか。

 でも、何か違う気がするんだよなぁ……

 その「何か」が何なのかは、流にはわからない。けれど……

 人、ではない気がする……

 彼らの狙いが人であるのであれば、何も守りの固いこの地にいるときを狙う必要はない。前回流たちを襲ったときのように、外出中に襲うのが一番楽だろう。だとすると、ここにしかない「物」とは?

 ……わからん

 流はゴロンと反対側に寝返りを打つ。枕が合わないわけではないけれど、何だか頭が落ち着かない。そのまま何度か寝返りを打ってみるけれど、やっぱり落ち着かない。

「あー……もう!!」

 流は起き上がり、頭をガリガリと掻きながら立ち上がる。

 考えても今の流にわかることは、きっとない。けれど、考えてしまう。考え始めると、ただでさえ昂っている神経が静まることはなく、目は冴えていく一方だ。

 ……走るか

 頭がグルグルするときは、体を動かして思考を停止させるに限る。体を思いっきり動かして疲れてしまえば、余計なことを考える隙はきっとない。サクッと眠れるようになるだろう。流は寝巻きから動きやすいスウェットの上下に着替えて、そっと部屋を出る。

「……っと」

 流は部屋を出たところで、隣の部屋のドアに寄りかかるようにして腕を組んで立っていたたすくにぶつかりそうになる。翼も流と同じような服装に身を包んでいた。

 どっか行く気か?こんな夜中に?

 自分のことは棚に上げて、流は思わず翼を見つめる。翼も下から上に視線を動かして、最後に流の瞳を真っ直ぐに見返した。

「……」

 翼の黒い瞳にじっと見つめられると、何だか居た堪れない気持ちになる。が、流は心を奮い立たせて静かに声を上げる。

「何だよ……」

「付き合う」

 思ってもみなかった答えに、流が目をパチクリさせていると、翼が溜息をつきながら続けた。

「どうせ眠れないから、走りに行こうとか思ってたんだろ?だから、付き合う」

 ……

「いや、いいよ。走るって言っても家の周りだし」

「……お前、意外と頭悪いよな……」

「あぁん!?」

 思わず喧嘩腰になってしまった流を冷めた目で見ながら翼は言う。翼は、そういうところだぞと思いつつもそれを口に出したりはしない。

「あんなことがあったんだ。あいつらの仲間がまだ近くにいないとも限らないだろ」

 確かに。

 そうなると、一人よりも二人のほうが心強い。

「よし。行くぞ」

 そう言って廊下を進み始めた流の後ろを翼は小さく溜息をついて追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る