第39話

 ドクン!!!

 大きく心臓が跳ねて、ながれは飛び起きた。

 な……何だ??

 わからない。何か起きたのか、何が起きているのかわからない。けれど、心臓が早鐘を打つようにドクドクとうるさいほどに脈打つ。次の瞬間だった。

 ドーン!!

 激しい音とともに、空気がビリビリと震えるのを感じて流は部屋を飛び出した。

「何だ!?」

 同時に隣の部屋を飛び出してきたたすくに尋ねるが、翼もわからないと首を振った。

 とにかく……父さんのところに!!

 いずみのところに行けば何かわかるはず。直感でそう思った流は、神社の本殿に向かって走り出した。その後を翼も追ってくる。

「どこに行くんだ?」

「父さんのところ!」

「……部屋こっちじゃないぞ!?」

「わかってる!!」

 時刻は深夜。すでに十二時を越えてしまっているので、通常なら泉もすでに眠ってしまっているはずだろう。だから、泉の元に向かうのであれば、本来であれば彼の部屋に向かうのが正しいはずだ。

 でも、今日は……今は……!!

 家と本殿を繋ぐ廊下をバタバタと足音をさせながら走り抜ける。いつもなら静かに歩くよう叱られるところだけれど、緊急事態だ。きっと許してくれるだろう。

「父さん!!」

 声を上げながら流と翼が走り込むと、そこにはすでに二人を除いた五人がいた。

「よかった。二人とも無事だったんだね」

 泉に問われて、流と翼は揃って頷く。

「どうやら、どこかの一族が結界を破ろうとしたみたいなの」

「結界を?」

 とおるの言葉に翼が問い返す。

「そう」

 竜が何かを続けようとした瞬間。再びドーン!!という激しい音が響いて激しく空気が揺れる。

「きゃ!!」

 声を上げた一葉いちはを庇うように研太けんたはギュッと抱きしめる。一葉の腕には圭斗けいとしずくがしがみついていた。

「まだ完全に破られてはいないけれど、かなり薄くなってしまっているところがあるわ。わたしは今からそれを修復する作業に入るから」

「僕は、竜のサポートをする。二人は、結界を攻撃している者たちに対応してほしい。無理はしなくていいよ。僕と竜が結界を修復して、強化するその間だけでいいから」

 言われて流と翼は大きく頷く。

「研太は、この本殿で子どもたちを守ってくれ」

「はい」

 研太は一度ブルッと体を震わせると、黒い獣の耳と尻尾の生えた獣人型になる。ちなみに、研太が獣化すると黒い柴犬の姿になる。その姿は、可愛いと一部の獣人女子たちには大変人気である。

「攻撃されているのは、山の北側みたい」

 眉間に皺を寄せて眉を顰めながら言う竜に、流と翼は頷く。一度身を震わせると、流の頭上には銀色の獣耳が姿を表し、それと共に視界が明るくなった。ピクピクと動く耳は、遠くで聞こえる話し声のようなものまでも拾う。

「頼んだよ」

 その姿を見た泉は、そう言うと竜と共に神社の境内にある能舞台のほうへと走っていった。

「……ここ……本殿が一番安全だから、子どもたちのことは心配するな」

 研太はそう言ってニッと笑う。研太自身も、子どもの頃から水や竜と一緒に鍛えてきている。狼族ほどではないが、獣人の中では能力が高いほうだ。

 流は頷くと翼を見る。

 黒い獣耳をピクピクと動かしていた翼は、一瞬眉を顰めると流に目を向ける。

「行くぞ……」

 翼の言葉に頷いて、流は走り出した。

 山の北側……

 流たちの実家である神社は、山の上にある。結界は山をぐるりと一周する形の半球状に、神社を守っているらしい。「らしい」というのは、結界を実際に目にすることはできないからだ。結界は、狼族に仇をなそうとしたり、邪な思いを抱く者を拒むと言われている。大上神社を目指して来ても、神社に辿り着くことができないという者もいるくらいだ。そもそも神託の巫女である竜の血縁者である流たちは、結界に阻まれることはない。だから余計に、結界の有無を感じたことがなかった。ただ、今は何かがぶつかるような音と響いてくる衝撃でその存在を全身で感じることができる。

 山の四方には小さな祠があり、そこが結界の要となっている。今攻撃されているのは、北側の祠付近だと竜は言っていた。

 急がないと……

 結界を修復するのには、少し時間がかかる。完全に壊される前に、攻撃をやめさせなければならない。

 木々の間を走り抜け、流と翼は山の北側の麓にたどり着いた。

 ドンッ!!!

 激しい音と震える空気。

 相手から見えないように木の影に隠れてそっと覗くと、結界に体当たりをしているのであろう人影や何やらエネルギーを結界に向けて放っている様子が見える。獣耳が見えないようにだろうか。深く帽子やフードをかぶっていて、腰回りが隠れるような上着を着ている。人数はおよそ十人ほどだろうか。

 ……肉食獣ではなさそう……?

 月の光を反射する爪の鋭さや動きの俊敏さなどから鑑みるに、彼らは生態系ピラミッドではそう高い位置にはいなさそうだ。つまり……

 狼族の敵ではない

 けれど、先日のこともある。決して油断をしてはいけない。

 翼と目を合わせた流は頷いて、グンッと一度沈み込むとそのまま大きくジャンプをする。木々を越え、結界を越えて彼らの背後に音もなく着地をする。流に一番近いところにいた男が、気配を感じて振り返ろうとする。が、彼がこちらを向く前に首筋にトンッと衝撃を与えて意識を失わせる。続けて、急に足から崩れ落ちた仲間に声をかけようとした男が、声を発する前に同じように対応する。

 結界の向こう側では、翼が木々の闇の間から静かに姿を表したところだった。

 ……綺麗だ

 闇に溶けるような黒い艶やかな髪とその上でピクピクと小さく動いている耳。鋭い眼差しは星のように輝いて、瞬く。堂々としたその姿は、王のような風格さえ感じさせる。

 ヒュンという風を切るような音がして、結界を越えた翼は、一番近い位置で結界を破壊しようと体当たりをしていた男の前に立つ。

「やろう……!!」

 ビュッと振りかざされた腕をふわりと軽く避けて、翼はグッと踏み込むと相手の腹部に思いっ切り拳を叩き込んだ。

 何だか鈍い嫌な音がして、相手の口からもゴホッともゴボッとも取れないような声とも言えない音が漏れた。

 容赦ない、かつ流れるような攻撃に、流は思わず手を止めてしまう。

 って、オレが見惚れてる場合じゃなかった

 翼に皆が釘付けになっている隙に、流は手早くトントンと相手の数を減らしていく。

 あと三人……

 そう思った時だった。

 ゾクッ

「流!!」

 翼の声とほぼ同時に、背後から何かが飛んでくる気配を感じた流は、慌てて振り返りながら横に飛び退いた。勢いを殺すためにズザッと音を立てながら、右手をついて足を踏ん張って体勢を整える。

 見ると直前まで流がいたところには、小型のナイフが突き刺さっていた。

 ……刃物は、ちょっと遠慮したいんだけど……

 脳裏に血溜まりの中に倒れる翼が過ぎって、流は大きく首を振る。

 大丈夫。無理はしない。

 今夜、流たちに任されたのは、相手をここから引かせること。自分たちの無理のない範囲で相手をいなして、戦意を喪失させればいい。その間に竜と泉が結界の強化をしてくれるはずだ。結界が強固なものになれば、相手も今夜の侵入は諦めるだろう。

 一度大きく深呼吸をした流は、改めてナイフが飛んできた方向をじっと見つめる。闇の奥から感じる気配は、今しがた流と翼が倒した人数よりも多い。その気配はジリジリと近付いてきているようだ。

 こっちは斥候せっこうで、今から本隊ってことか……

 翼を見やると、流と同じように闇の奥を見つめて眉を顰めている。

「ははは!お前たちに勝ち目はないぞ!!」

 近付いてくる仲間の気配に気を大きくしたのだろうか。流の一番近くにいた男が、頬を引き攣らせながら叫ぶように言った。

 次の瞬間だった。

 二人が見つめる闇の奥で、何かの気配がブワッと大きく広がって消えた。

 ……あれ?消えた……?

 流は翼と目を合わせる。けれど翼も「わからない」というように首を傾げて肩を竦めるだけだった。

 消えた。それまで感じていた、複数人による攻撃的な気配が消えた。それも一瞬で。

 ……何だ?

 流がじっと闇の中を目を凝らしているとビュッと風が頬の横を通っていった。と、流の一番近くにいた男が倒れ、残っていた男たちも次々と倒れていった。

 何……!?

「ウチを襲うなんて、ホントいい度胸だね」

 突然、背後から聞こえた声に慌てて流は振り返る。

 月の光を浴びて銀色に輝く髪が風に流れている。頭上では同じ毛色の耳がピクピクと辺りを伺うように動いている。淡いブルーの瞳は、天に輝く星のようにキラキラと光を放つ。

「……母さん……?」

 流が呟くように漏らした言葉に、流の母である彼女……六花りっかは、唇の端をニッと釣り上げて笑った。

「久しぶり!大きくなったね?」

 ……なぜ疑問系?

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