第38話

「いっちゃん!」

「しーちゃん!」

 車から飛び出した一葉いちはと同じく玄関から飛び出したしずくは、ちょうど車と家との真ん中あたりで抱き合うと、一葉が雫を抱えてクルクルと回る。その様子は、長いこと会えなかった恋人同士のようで、見ていた研太けんたは小さく苦笑する。

「久しぶり!元気だった?」

「元気!いっちゃんは?」

「わたしも元気!」

 子どもが少ない地域に住む雫は、同じ年頃の子と過ごすことが少ない。ながれたちが小学生の頃には地区にあった小学校も今は統廃合されてなくなってしまったので、雫は少し離れた地区の小学校に通っている。しかし、その学校の児童も少なく、同性の友達はいないという話だ。そのため、物心つく前から長期休みのたびにやってくる一葉が、雫にとって歳の近い唯一の友達とも言えるかもしれない。

 キャッキャッと戯れあう二人を優しい瞳で見つめながら、玄関の方からやってきたのはとおるだった。

「いらっしゃい、一葉ちゃん」

「こんにちは!竜ちゃん。しばらくお世話になります」

「こちらこそよろしくね。一葉ちゃんの後ろにいるのは?」

 一葉が言われて振り返ると、彼女の影に隠れるようにしていた圭斗けいとがぴょこっと顔を出す。

「圭斗です」

「圭斗くんね。わたしは竜です。仲良くしてね」

 黒髪美人の竜に目線を合わせて微笑まれて、圭斗は少し頬を赤くして大きく何度も頷いた。それを見た雫も慌てて竜の真似をする。

「わたしは雫!よろしくね!」

 自分より年下の子に会うことがほとんどない雫の、少し背伸びをしたようなその様子に、流とたすくは小さく笑う。

「おーい!!自分の荷物は自分で降ろせよー」

「「はーい」」

 研太に言われた一葉と圭斗は、車に戻ってトランクから荷物を降ろす。長期の宿泊になる二人の荷物は、流や翼の荷物よりもずっと多い。フラフラしながら大きな旅行バッグを運ぶ二人を笑顔で見ながら竜が続ける。

「荷物を置いたら、みんなでご挨拶に行きましょうね」

 挨拶の相手は、家主でもあるいずみだろう。

 子どもたちの荷物を半分持ちながら竜の後ろをついて歩く研太は、振り返るとさらに後ろに続く流と翼に声をかける。

「二人も、一緒にな」

 きょとんとした表情を浮かべる二人に、研太は小さく笑みを返す。

「おじさんに頼みたいことがあるんだろ?」

 強くなりたい。

 強くなろう。

 そう決めた流と翼が、頼みの綱にしていたのは流の父泉だ。二人が雫や圭斗よりも小さかった頃、一番最初に稽古をつけてくれたのは泉だった。その後は、主にたいらや竜が面倒を見てくれていたけれど、師匠と呼べる最初の人は泉だ。この帰省で、二人して稽古をつけてもらおうと思っていたのだけれど……。どうやら研太にはお見通しだったらしい。流は頷くと、自分の部屋へと向かった。

 ほんの数ヶ月前に帰ってきたばかりの部屋は、布団が夏物に変えられているくらいで変化はない。相変わらず流が寮に入ったときのままの状態だ。

 だけど……

 あの頃よりも身長も伸びて体も少しは大きくなった。体力だってついた。この家にいた頃はできなかったことだって、できるようになった。

 小さく息を吐いて流は、父である泉の部屋へと向かう。

 開け広げられた縁側から部屋を覗くと、すでにみんな揃っているようだった。泉を前にして少し緊張しているのだろうか、畏まって座っている圭斗の後ろ姿が可愛らしい。

「あ、やっと来たね」

 流に最初に気付いたのは、部屋の主人である泉だった。

「さ、座って」

 促されて頷き、圭斗と一葉の後ろ……研太と並ぶ翼の横に流も座った。

 流が座ったのを確認すると、泉は柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。

「一葉ちゃん、圭斗くん、よく来たね。古い家だから不便なこともあるかもしれないけれど、自分の家だと思って過ごしてね」

「おじさま、一ヶ月間よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げた一葉に倣って、圭斗も慌てて頭を下げる。

「そんなに畏まらなくていいよ。これから一ヶ月よろしくね」

 にっこりと笑う泉を見て、圭斗の肩の力が抜けるのが、後ろから見ている流にもわかった。中学生や高校生と言った年上と接する機会の多い圭斗だけれど、大人と接する機会は実はそう多くないという。本人が人見知りがちなところも影響しているのかもしれない。

「……それで?流と翼はどうしてこんなに早く帰って来たの?」

 泉の言葉に一葉と圭斗が振り返り、流と翼は姿勢を正す。

「稽古をつけてもらいたくて……」

 流の言葉に泉はスッと目を細めた。青い瞳の奥の瞳孔が、ヒュッと細くなって普段は柔らかい泉の印象が急に獣味を帯びる。

「……珍しいね、流の方からそんなこと言うなんて」

 事の真意を探ろうとする泉の声音に、流はさらに背筋が伸びるような思いを抱く。

「この前翼が襲われて、もっと強くならなきゃって思ったんだ」

 もうあんな思いをしたくない……し、させたくもない。もしかすると翼は、流なんかに守られるほど弱くはないのかもしれないけれど、それでも、強くなりたいと思う。

「オレも、もっと強くなりたい」

 流の後に翼も続く。

「わたしも!強くなりたい!わたしも稽古したい!」

 翼の言葉を聞いて、はい!はい!と手を挙げてアピールしたのは一葉だった。

「ぼくも!ぼくも!」

 負けじと圭斗も元気よく手を挙げる。

 その元気な様子に一瞬目を丸くした泉は、すぐに破顔してくすくすと笑い声を漏らした。翼の隣で、研太があちゃーと呟いて手に顔を埋めている。

「わかったよ。じゃあ、明日からみんなで特訓だ」

 笑いを噛み締めながら言う泉に一葉と圭斗はわー!と声を挙げて喜んでいる。

「その前に、今夜は竜がご馳走作るって張り切ってるから、いらっしゃいパーティーだよ」

 その言葉に、一葉と圭斗の声はさらに大きくなった。

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