第34話
ギーッと鈍い音を立てて扉が閉まると、
「お疲れ」
「……疲れた……」
昨日の夕方から思わぬ怒涛の展開で、頭がついていかない。
流は、はぁ……と大きく息を吐くとその流れで大きく息を吸い込む。「溜息を吐くと幸せが逃げていく」とさっき
「……水は、どの一族が味方か知ってるのか?」
自分の口から出た声が、思っていたよりもずっと弱々しくて、流は小さく苦笑いをする。
同じ寮で暮らす仲間たちが、自分たちの敵になるとは思いたくない。けれど、そうなるかもしれないという覚悟をする必要があるのかもしれない。
「んー……そうだなぁ……。
つまりそれ以外の一族の状況は、水でもわからないと言うことか。
再び漏れそうになった溜息を飲み込んで、流は顔をあげる。
弱音を吐いていても、状況がよくなるわけじゃない。だったら、顔を上げてできることをするしかない。
「そう気負う必要はないよ。獣化できない一族はこっちの味方だと思うし、草食系の一族は今回の一件には絡んでなさそうだし」
獣から進化した獣人族の能力の一つが獣化……つまり、獣に姿を変えることができることだ。けれど、現在では獣化できない子どもが産まれる一族も少なくない。特に大型獣の一族でその傾向が顕著で、寮生の一族で言うと
「草食系の一族は肉食系の一族よりも戦闘能力が劣るから、扉に関わるのを避ける傾向が強いんだよね」
ただし、彼らは扉が開かれた直後の世界では、肉食系の一族よりも影響力が強いとも言われる。草食系の一族は、肉食系の一族よりも知識や頭脳の面で優れていることが多い。そのため、自分たちの一族にとってより良い世界を作ってくる一族に力を貸すという。
「草食系の一族は知能面で優秀である」と聞いて、流の頭に最初に浮かぶのは
「自分たちだけでどうにかしようと思わなくていいんだよ」
水は流の頭を優しく撫でながら言う。
「父さんも院長たちも、いつ扉が現れてもいいように準備をしてきたんだ。だから、頼ることを躊躇わなくていいんだ」
これまでに扉が現れたペースからすると、今回流が扉として覚醒したことは予定外だったかもしれない。けれど
「オレや
竜……
艶やかな黒髪で美しい横顔の
「だから、抱え込みすぎるな。全部吐き出せ」
全部……
水の言葉に流は思い出す。
月を背負ってしなやかに動く長い尻尾。鋭い爪と牙。傷付けられた翼と動けなかった自分。
夢だというには、やけにリアルな感覚と感情。
「夢でみたことに近いことが、現実でも起きてる気がする……」
謎の猫科の獣人は、扉が現れることを示していたし、翼は夢の中と同じように傷つけられた。そして、夢と同じように自分は何もできなかった。
まるで、自分が夢で見たことが現実になってしまうような気がして……怖い。
「予知夢……?いや、どっちかっていうと、何かが流に干渉してる?」
流の隣で、水は顎を撫でながら考え込むように呟く。
「でも、人の思考に干渉できるような能力……獣人に?……」
思考に……夢に干渉ができるような能力。そんな能力を持つ獣人がいるのだろうか?いたとして、その獣人はなぜ流に接触してきたのだろうか?
……
水につられて流が黙り込んでしまうと、その様子にハッとした水が小さく苦笑いを浮かべる。
「そんな顔しなくていいよ。大丈夫。こっちで調べてみるから」
ポンポンと優しく流の頭を撫でる水は、もういつもの水の顔になっている。そのことに少しだけ安心をして流は頷いた。
「また変な夢みたら教えてくれる?」
「わかった」
流の返事に水は大きく笑んで、くしゃくしゃになるまで流の頭を撫でた。
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