第33話
「二人目の扉……?」
「……一人目の扉は?」
「……一人目の扉は、二人目が現れる前に亡くなったそうだよ」
病死と言われているけれど、それが真実かどうかはわからないと文書の中には書かれていたという。
つまり、それが意味することは……
「扉が死ぬとすぐに新しい扉が現れる……ということになるね」
泉が手記を解読していくと、どうやら扉が開かれるまで次々と「次の扉」が現れるらしいということがわかった。かつて新世界の覇者になろうとした一族が、自分たちの一族の鍵で開く扉を見つけるまで扉を殺め続けたことがあるようだということも明らかとなった。
「だから、君が扉だと言うことは、誰にも言っちゃいけないんだ」
それは自らの命を危険に晒していまうことに繋がる可能性がある。
「でも、もうみんなには扉だってことバレちゃってるんじゃ……」
出迎えてくれた
流に答えたのは白夜だった。
「彼らはまだ知らない。でも、薄々感じてはいるかもしれないね」
守護者同士がにおいで互いの存在を感知できるように、鍵には扉がわかるらしい。それは、においよりももっと強烈なフェロモンのようなものだと白夜は言う。
「だったら、隠すよりいっそ話したほうが!」
流の言葉に白夜は首を振った。
「今はまだダメだ」
きっぱりと言い切る白夜に流が「どうして!」と返そうとする。けれど、それは泉に静かに止められた。
「いずれは話すことになるだろうけど、今はまだ早い」
早いとはどういうことだろう?いつかは話すのであれば、今でも後でも変わらないと思うのは流だけだろうか。
「白夜はね、君を心配してくれているんだよ」
流の様子を見て、小さく苦笑いを浮かべながら泉は言う。それに頷いて白夜は続ける。
「学院に子どもたちを通わせている一族は、基本的には扉を開けることに興味のない一族ばかりだ。むしろ、そういう煩わしいことを避けるために学院に協力してくれていると言ってもいい」
「だったら!!」
「……それでも、完全に全ての一族を信用することはできないんだよ」
少し眉根を寄せて「残念ながらね……」と白夜は呟く。その呟きに同意するように泉の表情も曇った。
「……裏切る一族がいるってこと?」
月を背にした猫科の獣人。夢に出てきた獣人は、鋭い爪と柔らかく動く尻尾を持っていた。それに昨日流と翼を襲った獣人たち。彼らの仲間が流の近くにいるというのだろうか。
「それは、まだ分からない。でも、警戒をするに越したことはない」
そう言われても納得できずに、流が言い返そうとしたところで口を開いたのは
「今はまだ……って言っただろ。他の一族の動向を調べてるところだから、もう少し待ってろ」
それまで、流の座るソファの少し後ろに立っていた水だったが、流のすぐ後ろに立つとワシャワシャと流の頭を少し乱暴に撫でる。
「流の気持ちもわかるよ。寮のみんなが敵だなんて思いたくないもんな」
水の言葉に、流は大きく頷く。水の手の温かさが頑なになりかけていた流の気持ちを少しだけ解す。
「でも、みんなの意見と一族の意見が同じとは限らないだろ?」
「それはそうかもしれないけど……」
でも、だからって誰かが裏切るなんて思いたくはない。
「流の気持ちはもちろんわかるよ。僕だって、学院に通っている子どもたちを信じたい」
困ったように眉根を寄せている泉の横で、真っ直ぐに流を見つめて白夜は言う。
信じたい。でも、手放しでほいほい信じるわけにはいかない。その葛藤で揺れているのは、流だけではないのだ。
ポンポンと優しく頭を撫でられて、流は背後に立つ水を見上げた。
柔らかい青い瞳が、優しく流を見つめている。視線を移すと、目の前に座る泉も同じ瞳を流に向けていた。
「……わかった」
決して納得できたわけではないけれど、言いたいことはわかった。そして、それが流のためのことだというのもわかった。だから、今は受け入れる。
流の答えに白夜は頷き、泉は大きく息を吐いて微笑んだ。
「ありがとう」
それは何に対してだろうか。それに流は、なんと応えればいいのだろうか。
そんなことを考えていると、声を明るくして泉が言った。
「さて、それじゃこの話は一旦ここまでにして、僕は
翼の病院……
それは今朝流が退院してきた病院だ。退院する前に顔だけでも見ようと思っていたけれど、結局勇気が出なくて一人で帰ってきた。
時刻はすでに夜の八時を回っている。こんな時間から面会をすることができるのだろうか。
流の考えを読んだかのように、泉は小さく苦笑を浮かべながら言う。
「研太くんに任せっきりになっちゃってたから、今夜は僕が翼に付き添おうと思ってね。流も顔を見るくらいならできると思うけど?」
そうして、諸々の手続きを済ませて水と共に明日には帰路に着くという。
翼の顔を見たい
その気持ちがないわけではないけれど、それ以上に今の流は翼に合わす顔がない。守護者として翼を守らなければならないのに、逆に守られてしまった。結果、扉として覚醒したので、翼の行動は決して間違ったものではなかった。
でも……
「……オレは、今日はやめとく」
「そっか。わかった」
流の返答に、泉がどう思ったのかはわからない。けれど、父は流の顔を優しい瞳で見つめて、柔らかく笑んだ。
「君が責任を感じる必要はないんだよ」
翼は、自分の意思で行動したのだから、それを気に病む必要はない
泉はそう言うけれど、流にはどうしてもそうは思えなくて、思わず下を向いて唇をギュッと噛み締めてしまう。
「例えば、流と翼が逆の立場だったとして、翼が襲われたら流は翼のことを庇うでしょ?」
泉は優しい声音で言葉を続ける。
「それはきっと、僕や水も同じだよ。大切な誰かが傷付けられそうになっていたら、守りたいと思うのは当然のことだ」
泉の言葉は、じんわりと流の胸に沁み込んでくる。
でも……だけど……
「自分が傷付いてまで、守ってほしくない……」
「そうだね。でも翼も含めて僕たちは、同じような場面に出くわしたら、きっと同じように動いてしまうと思うよ」
「でも、それでも……!」
「だったら、守ってもらう必要がないほど、強くなるしかないんじゃないかな」
さらりと言い切る泉は、見た目よりもずっと強い。幼い流や翼に、獣人としての戦い方の基礎を教えてくれたのは、泉だった。柳のようにしなやかな心を持った父は、流の目標とする姿の一つだ。
守るための力がほしいと思った。でも、それじゃ足りない。守るだけじゃなくって、守られる必要がないくらい……誰にも負けないくらい強くなりたい。
「強くなりたい……」
溢れるように出た流の呟きを拾って、泉はキッパリと言う。
「なれるよ。君なら……君たちなら、強くなれる」
流がハッとして顔を上げると、にっこりと笑う泉と目が合う。その青い瞳は、真っ直ぐに流を見つめている。
「夏休みに、一度帰っておいで。もちろん翼と一緒にね」
流が頷くと泉は一層笑みを深くした。
「さて。それじゃあ、そろそろ行こうか」
白夜の言葉に泉は頷き、ソファから立ち上がる。それに倣って流も立ち上がると、思い出したように白夜が言う。
「そうだ。今日泉が持ってきてくれた本は、学院の図書室に置いておくから気になるなら読んでみるといいよ」
「……そんなところに置いておいて大丈夫なのか?」
流は素直に疑問を口にする。今回持ってくるまでにも手順を踏まなければならないほどの代物だ。気軽に読むことのできる状態にしておいて良いのだろうか。
「もちろん簡単には読めないようにしておくよ。先生に頼んでおくから、読みたいときは声をかけるといい」
その言葉に流が頷くと、白夜は小さく微笑んだ。
「今日はゆっくり休みなさい」
そう言うと、白夜は泉と共に部屋を出ていった。
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