第28話

「オレが……鍵を選ぶ……?」

「そう。扉を開けるためには、君の同意が必要……って言えばわかりやすいかな?」

「……なるほど?」

 わかったような、わからないような……

 曖昧な返事をするながれを見て、白夜びゃくやは苦笑を濃くして頭を撫でた。

「君が望めば、鍵を持つ一族は君の中にある扉を開けることができる。そして、鍵を持つ一族は理想の新しい世界の覇者となるだろう。だけど、君が望まない限り、どんな鍵であっても扉を開けることはできないんだよ。たとえ、差し込むことができたとしても、君の同意がなければ、扉を開けることは絶対にできない」

 それが……その言葉意味するのは何なのか。今の流にはわからない。

「でも、オレは自分が扉だなんて思ったことない……」

 流の言葉に白夜は頷く。

「そうだね。でも君の心の奥には、どうやら新世界に繋がる扉があるようだよ」

 そんなふうに言われても流にはわからない。流自身はこの十七年間自分は鍵を守る守護者だと信じて生きてきた。今だってその思いは変わらない。

「何にせよ、これから君はこれまで以上に他の獣人たちに狙われることになるだろう。……決して無理をしてはいけないよ。今日みたいなことがないとは言えないからね」

 真っ直ぐに自分を見て言う白夜に、流は大きく頷く。

 今日のようなことは、もう二度と起こさせない。二度と翼を傷つけるようなことはさせない。

 次は刺し違えたとしても翼を守る

 流の決意に満ちた瞳を見て、表情を和らげた白夜は立ち上がりながら言う。

「今夜はここに泊まると良い。ここは学院の系列病院だから安心していいよ。明日、これからのことを相談しよう。それまで、君が扉であることは誰にも話してはいけないよ。それがたとえ君が知っている獣人であったとしてもだ」

 その言葉に流は再び頷く。

「あ……」

 ドアに手を掛けた白夜は、振り返って流に問うた。

「僕と研太の他に、今夜この病室に誰か来た?」

 白夜と研太以外の誰かと言われると……

燈弥とうやくんが来たけど……」

 彼は自分と翼を街で見かけて声をかけようとしていたと言っていた。

「そう……燈弥が……。君たちをこの病院まで連れてきてくれたのは彼だから、今度会ったらお礼を言っておくといいよ」

 ニコリと微笑み「じゃあおやすみ」と言うと白夜は病室を出ていった。流はそのまま背中からベッドに倒れ込む。

 ……疲れた……

 目を覚ますまでに十分に眠っていただろうに流の体は休息を必要としているようだ。

 頭の奥がグルグルする……

 翼の……無事が確認できて良かった。まだ予断は許さない状況かもしれないけれど、それでも生きているからいい。生きているならいい。たとえ、離れてしまうことになっても、きっと他の誰かが翼を守ってくれるだろう。それに、翼自身も十分に強い。

 って言うか……オレが……扉……?

 そんな……そんなこと……考えたこともなかった。自分は守護者だと思っていたから。鍵である翼を守る存在であって、誰かに守られる必要があるなんて考えてもみなかった。

「はぁ〜〜」

 思わず漏れた溜息は、思ったよりも大きかった。ゴロンと寝返りを打つと、カーテンの閉まっていない窓からは高く昇った満月が見える。

 ゾクリ……と体の奥がざわめき、流は美しい月から目を背けるようにギュッと強く目を閉じた。

『君は大切なモノを守れるかな……』

 月を背負った猫科の獣人。しなやかな尻尾を揺らしながら、流に向かって彼は言った。

 守れるか、守れないか……じゃないんだ……

 守る。流はもうそう決めたのだ。何から、どうやって守るのか。それは流自身にもまだわからない。けれど……

 もう、こんな思いはしたくない……

 目の前で、大切な誰かが傷付けられる姿を見るのは嫌だ。自分のせいで傷付く姿を見るくらいなら、いっそ離れた方がいいのかもしれない。

 そう言えば……

 仰向けになって目を開くと、病室の無機質な天井が広がる。白い天井を見つめていると、色々な思いや思考が浮かんでくる。

「扉って開けるとどうなるんだろ……」

 扉を開けると、新世界が開かれるーーそれは獣人の世界では広く知られていることだ。だけど、その後に『扉』がどうなるのかは、知られていない。

 ……オレが知らないだけなのかな?

 『扉』のことは、扉自身にしか知らされないものなのかもしれない。

 でも、前に扉が現れたのっていつだっけ?

 かつて扉だった本人が今も生きているという話を流は聞いたことがない。かつて扉だった獣人から話を聞くことは難しいだろう。そうなると、どうやって扉について知ればいいだろう。一族の当主であれば、知っているだろうか。

 流の父である泉は、一族に伝わる古文書を趣味で読み解いている。泉の読んでいる古文書には、もしかしたら何か書かれているかもしれない。

 父さんに会わなきゃ……

 実家である神社から、基本的には離れることのない父に会うためには、実家に帰る必要がある。一日二日では、時間が足りないかもしれない。長期帰省となると夏休みだろうか。

 だいぶ先になりそう……

 少しずつ暑さを感じる季節になってきたとはいえ、夏休みまでにはまだ一ヶ月以上ある。それまでに同じようなことが起こらないとも限らない。

 早く……早く……

 流は逸る気持ちを抑えるように、膝を抱えて目を閉じた。

 早く……

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