第27話

たすくは……大丈夫だよ。さっき手術も終わって、今はまだ眠ってる。あとでちゃんと連れて行ってやるから……それよりもお前のことだ」

 ……オレの……こと?

 研太けんたの言葉にながれの頭上には疑問符が浮かぶ。

 ……あぁ……鍵である翼を傷つけたせいで、守護者をクビになるのか……

 もう、翼の側にはいられなくなるのかもしれない。そう思うと、流の表情が曇る。翼が生まれてからずっとずっと側にいた。離れていたのは、流が高校に入学してから翼が入学するまでの一年間だけだった。その間だって、実家に帰れば翼はいたし、翼が流に会いに来ることだってあった。でも、それももうなくなってしまうのかもしれない。

「そんなに悲しそうな顔をしないで」

 少し困ったような表情を浮かべて研太の背後から姿を表したのは、学院の院長である白夜びゃくやだった。研太は白夜に場所を譲るように横に避ける。

「僕たちは、君にそんな顔をさせるために来たわけじゃないよ。……もちろん、これから話すことは、君を笑顔にするような話題ではないと思うけどね」

 そう言うと白夜は、ベッドの側の椅子に腰を下ろした。

「翼の容態は、研太がさっき言った通りだよ。深い傷だったけど、幸い臓器にはかすってすらいなかったし、手術も無事に成功してる。だから、安心すると良い。相手の獣人のこともすぐに調べがつくはずだよ」

 白夜に言われて流は小さく頷き、ほんの少しだけ笑んだ。

 良かった……翼が生きてるなら……オレはもう……

「それで、流、君自身のことなんだけどね……」

 ハッとして流が身を正すと、白夜は少しだけ眉を潜めて柔らかく微笑んだ。

「どうやら君が『扉』のようだよ……」

 悲しい笑顔だ。その笑顔の裏にある思いを、流は汲むことができない。けれど、悲しくて美しい笑みだと思う。

「……は?」

 流の口から出たのは、言葉と言うには短すぎる音だった。

 ……オレが……扉?

「え……それってどういう……?」

 流に向かって、笑みを深めて白夜は続ける。

「少し前にね、狼族の巫女が神託を受けたと報告があったんだ」

 狼族の巫女というのは、とおるのことだろうか。だとすると白夜に報告をしたのは、泉かたいらだろう。

 月が満ちるとき、銀色の光とともに扉が現れる

 それが竜の受けた神託だと言う。

「月が満ちるは、満月のことだからね。現れるなら今夜だと思っていたんだけど、どこでどんなふうに現れるかはわからなかったんだ。まさか、銀色の光がそういうことだとは思わなかったな……」

 言いながら白夜は流の方をまっすぐに見つめる。

 ……?

 流が首を傾げると、長い髪がさらりと揺れる。短かった流の髪は、何の作用か今は腰ほどの長さまで伸びている。

「……銀色の光??」

 流は自分の髪を指差しながら誰にともなく尋ねる。それを受けて、流の前にいる二人の大人……白夜と研太は大きく頷いた。

「いや……そんな、まさか……」

「僕もまさかとは思ったんだけどね……」

 そのまさか……だったんだよと白夜は苦笑いを浮かべる。

「流、君が『扉』だ。今このことはごく内輪にしか知られていないけれど、そう時間はかからずに全ての獣人族が知ることになるだろう」

 笑みを消して真っ直ぐに流を見て白夜は言う。

「だから、君には『扉』についてもう少しだけ詳しく説明をしておくね」

 白夜の言葉に流が大きく頷くのを見て、白夜は目線を研太に向ける。それを受けた研太は小さく頷いて静かに病室を出た。

「さて、流。君は扉についてどんなことを知っているかな?」

 問われて流は思い出す。扉とは、鍵とは、そして守護者とは。幼い頃から耳にタコができそうなくらい聞かされてきたことだ。

「世界が大きく変化するタイミングで現れる存在で、扉の心の核に鍵を差し込むことで新世界が開かれる……」

「そうだね」

 流の答えに白夜は大きく頷く。

「扉の心の核にピッタリ合う鍵がどれかは、差してみなければわからないと言われている。だから、新世界を求める獣人族はこぞって自分の一族の鍵を扉に差し込もうとするんだ。でも、実は扉に合う鍵は一つじゃない」

「一つじゃない?」

 そう言われても意味がわからず流はキョトンとした表情を浮かべる。

「正確に言うと、今の段階では君の核に合う鍵がどれかは決まっていないんだ」

 ……どういうことだ?

 言われた言葉の意味がわからず、流の顔はさらに呆然としたような表情になる。

「鍵を選ぶのは、君自身……ということだよ」

「オレが……鍵を選ぶ……?」

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