第26話

 ……あれ?

 目を開くと、見慣れない天井が広がっていた。

 白い……

 ほんの僅かに感じるのは消毒薬のにおいだろうか。指先に触るシーツの感触は、いつも使っているものより硬い。枕カバーもパリッとしていて、何だかこれは……

 ここ……どこ……?

 ごろんと寝返りを打つと、すぐ近くに腰を下ろしていた研太けんたと目が合った。

「……目、覚めたか?」

 パチパチと瞬きをするながれの頭を研太の手は優しく撫でる。

「どっか痛いとか気持ち悪いとかは?」

「……ダイジョブ……」

 体を起こした流が返事をすると「良かった……」と小さく呟いて研太は立ち上がる。

「看護師さんに声かけて、寮とお前んチに連絡してくるから、大人しくしてろよ?」

 そう言われても状況がよくわからず、流はとりあえず頷いておく。それを確認して、研太は部屋を出ていった。

 ……病院……か

 流はくるりと一周辺りを見回してみる。研太の言葉から察するにどうやらここは病院で、流が寝ているのは病室のベッドのようだ。それならこのシーツの感じとかにおいとか気配も納得できる。

「失礼しまーす……」

 声とともにふわりと柑橘のような香りが漂った。研太と入れ替わるように入ってきたのは、つやつやとした狐色の髪の青年……燈弥とうやだった。

 何で……?

「君たちを街で見かけて、寮まで送っていってあげようと思って声をかけようとしたら……大変だったね」

 ……そうだ……そうだった……

 由稀ゆきの家から寮に帰る途中で、知らない獣人の一団に襲われた。たすくと二人で半獣化して戦って……

「翼は!?無事なのか!?」

 流は身を乗り出して叫ぶ。

 最後に見た翼は、血溜まりの中に倒れていた。あんなに血を流して、無事だとは思えない。

「おっと……」

 流の勢いに、燈弥は半歩後ろに下がって小さく苦笑する。

「無事か無事じゃないかと言われると、答えに困るけれど……生きてはいるよ」

 燈弥は薄く笑みを浮かべて言った。その言葉に少しだけ流の肩の力が抜ける。

「生きてはいるけど、絶賛手術中だね」

 その言葉に再び流はぐっと身を乗り出す。

「どういうことだ?翼は……刺されたんだよな?」

 流に向かってきた相手の手には、刃物があった。翼は、その刃から流を庇ってあんなことに……。

 本当は……刺されるべきは、オレだったんだ……

「そうだね。翼くんは刺されて、その刺した相手は君が再起不能にしていたよ」

 ?どういうことだ?

 流の中には相手を再起不能にさせた記憶はない。というか、記憶が途中で途切れている気さえする。流が眉根を寄せて首を傾げると、長い銀色の髪がその動きに合わせて揺れた。

 …………髪……?

「な……んだ……これ……」

 銀糸のような髪を引っ張ると流の頭の皮膚が引っ張られる感覚がある。ということは、この髪は流の髪ということになるが……

「不思議だよね。狼族は満月に半獣化すると髪の毛が伸びちゃうの?」

「……そんな話、聞いたことない」

「だよね。翼くんは伸びてなかったもん」

 カラカラと笑いながら燈弥は言う。

「……どうして、流くんだけ髪の毛が伸びちゃったんだろうね」

 「まぁ……綺麗だけど」と呟きながら燈弥は流の髪を一房取って撫でる。

 !!!

 その指先の感触に流はゾクッと背筋を震わせた。その様子を見た燈弥は。パッと流の髪から手を離すと何事もなかったかのように微笑んだ。

「じゃあ、そろそろ先生も戻ってきそうだし僕はお暇するよ。……また……ね」

 そう言って燈弥は病室を出た。

「たすく……いかなきゃ……」

 流はゆらりと体を揺らして、ベッドから降りる。裸足の足裏にひんやりとした床を感じる。

「たすく……」

 フラフラしながら、ペタペタと流は病室のドアに向かって歩く。

 守れなかった。守らなければならない相手に守られた。何が守護者だ。何が狼族だ。守りたい者も守れずに、こんな力持っていたって仕方ない……

「おっと……」

 手を伸ばしたところでドアが開いて、流は病室に入ろうとした人物と真正面からぶつかる。

「大人しくしてろって言っただろ?」

 顔を上げると、研太の優しい焦げ茶色の瞳とぶつかった。

「……研兄……翼は?翼はどこにいるんだ?あいつ……刺されちゃって……オレのせいで……血が、いっぱい出てて……オレ、翼に謝らなきゃ。ホントは、刺されるのオレだったんだ……オレが刺されれば良かったんだ……なぁ、翼は?どこにいるんだ?研兄知ってるんだろ?」

 言葉が、溢れるように零れる。

 翼に、会わないと……会って……会って……?謝る?何を?オレの代わりに刺されてごめん?守れなくてごめん?

 ヒュッと喉の奥が狭くなって、急に呼吸が苦しくなる。

「……落ち着け。とりあえず、ベッドに戻れ」

 研太は、流の体をくるりと反転させてその背を押してベッドへと向かわせた。そうして、流が再びベッドに戻り呼吸が落ち着いたところで研太は大きく息を吐いた。

「翼は……大丈夫だよ。さっき手術も終わって、今はまだ眠ってる。あとでちゃんと連れて行ってやるから……それよりもお前のことだ」

 ……オレの……こと?

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