第23話

「あーっ!負けた」

 由稀ゆきはポンッとコントローラーをソファの上に投げて、その身も背後のソファへと伸ばした。ちょうどそこに座っていたながれは、慌てて足を上げて由稀から逃げる。

たすく強くない?寮にゲームあんの?」

 並んでゲームをしていた翼に視線だけ向けながら由稀は言う。聞かれた本人はどこ吹く風で、ゲームを再開しようとしている。

「あるわけないだろ」

「だよな〜」

 返した流に、由稀も体を起こして答える。

 ピンポーン

 由稀が再びコントローラーに手を伸ばしたところでインターフォンが鳴った。

「?」

 由稀はちょっと眉根を寄せて立ち上がり、応答する。

「はい」

 ……

「げ。マジかよ……。つーか、どうやって入ったんだよ……オートロックだぞ?」

 相手の声は聞こえないけれど、応対する由稀の態度が何だか不穏な感じがして流は振り返って様子を見る。

「は?いや、別に良いだろ?あ?……わかったよ」

 しぶしぶと言った表情で、由稀は言う。

「由稀兄どったのー?」

 由稀の様子を不審に思ったのか、亜輝あきが少し心配そうな表情を浮かべて尋ねた。

「迎えだとよ」

 ……お迎え?

 流と翼が首を傾げている横で、亜輝が嫌そうに顔を顰める。

「え、何で?」

「何でもクソもねぇよ。亜輝、お前黙って出てきただろ」

「えー……だって、ほらー、僕もう高校生だしー」

「黙って出てくるなって言ってるだろ。めんどくせーんだから……」

 はぁ……と大きく溜息を吐いて、由稀は玄関へと向かう。

「……迎え?」

 由稀の背を見送った流が亜輝のほうに向き直って聞くと亜輝は肩を落として頷く。

「そう。僕の迎え。ちぇーっせっかく一人で遊びに来たのにー」

 言いながら亜輝は部屋の隅に置いていた自分の鞄を引っ張ってくる。ダラダラとした動きでリュックを背負うとのろのろとした足取りで動き出す。その後を流と翼もひょこひょことついていく。亜輝と一緒にリビングの入り口から廊下の向こうを覗くと、翼の奥に人影が見えた。

 男……しかも、流たちと同じくらいの年頃だろうか。

 あれ?

 色素の薄い髪と肌、グレイの瞳にも何だか見覚えがあった。

「あ!坊っちゃん。……と大上おおがみくん!!」

 今度はどっちの大上のことだろうかと翼を見上げてみるが、翼は首を竦めるだけだった。

「あれ?覚えてない?昨日廊下で少しお話したんだけど……」

「あぁ……」

 言われて思い出す。

 雄次郎ゆうじろうのクラスの転校生か。

「……知り合い?」

 流と彼……えーと、名前はなんと言ったか……を交互に見比べながら亜輝が聞く。

「知り合いっていうか、知り合いの知り合い?」

 流自身は彼のことはほぼ知らない。他人だ。

「えー、昨日自己紹介したよね?」

「そうだっけ?」

 流は小さく首を傾げる。

 残念ながら覚えていないので、流も人のことは言えた口ではない。

「ショックだなぁ〜」

「ちょいちょいちょい。なぁんで、流が朔月さつきのこと知ってんの?」

 二人のあいだにいた由稀が不審な目を彼……朔月に向けながら口を挟む。

「あなたには関係ありません」

 にこにこといい笑顔で朔月は言い切る。

「はぁ??それこそお前に関係なくない?流はオレの友だちなの。オレが、友だちの流に聞いてんの」

 由稀はちょっと食い気味に朔月に食って掛かる。普段は飄々としていて掴みどころのない奴なので、こういう由稀は珍しい。滅多に見ることのない由稀の表情に、流は少し楽しい気分になる。

「昨日、学校で会ったんだよ。というか、由稀こそどういう関係?」

 流が問い返すと、由稀は頭をガリガリと掻きながら吐き出すように言った。

「親父のパシリだよ」

「わー。パシリだなんて、失礼ー。さすがですね」

 何がさすがなのかさっぱりわからないけれど、朔月は感情の感じられない声で返す。

「というか。僕はあなたには用はないんで。さ、坊っちゃん、帰りますよ!」

 由稀を無視して朔月が手をのばすと、流と一緒にリビングから覗いていた亜輝の肩がびくぅっと跳ねた。

「……どうしても帰らなきゃダメ?」

「はい。どうしても帰らないとダメです」

「今すぐ?」

「今すぐ」

 朔月は変わらずににこにこと微笑んでいるけれど、どうも目の奥が笑っていないような気がする。

 ……ちょっと不気味だな……

「ちぇーっ」

 亜輝は唇を尖らせながら重い足取りで玄関へと向かう。

「ごめんね由稀兄。お騒がせしました」

 靴を履いたところで、亜輝は由稀に向かってペコリと頭を下げる。

「別に亜輝が騒がせたわけじゃないから気にすんな。また来いよ」

 由稀は眉根を下げている亜輝に微笑んで、頭を撫でた。それは、兄が弟にするそれで、あぁ……やっぱり兄ちゃんなんだな……と流は思う。

「さ、坊っちゃん行きますよ。大上くん、またね」

 朔月は、ニコリと笑って流に手を振る。

「おいおい……ここオレんチなんだけど?」

 由稀を無視して朔月は亜輝の背を押して外に出ようとする。

「あ……」

 小さく声を上げた朔月は、くるりと振り返ると笑顔を消して言った。

「大切なものは、手を離しちゃいけないよ」

 朔月の明るいグレーの瞳に仄暗い光が灯った……ような気がした。

 流の背中に、一瞬ゾクリと悪寒が走る。

「じゃぁ、またね」

 パッと笑顔に戻った朔月は、軽く手を振って玄関を出た。

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