第22話

 はぁ……と小さく息を吐いて、ながれは到着したマンションのエントランスへと入る。

 えーと、由稀ゆきんチの部屋番号は……

 ポチポチと部屋番号を押してオートロックの呼び出しボタンを押す。

 ピンポーン

『はーい、どちらさまですかー?』

 !?

 由稀じゃない??

 流は焦って表示されている部屋番号を確認するが、間違ってはいない。

「えっ……と、由稀は……」

『あ、由稀兄ゆきにいのお客さんですねー。どうぞー』

 のんびりした声とともに入り口の自動ドアが開く。

 ……

 ……

「……入んないのか?」

「入る……」

 たすくに促されて、流は自動ドアをくぐる。その後を翼も追う。エレベーターに乗って、由稀の部屋の前に行き、いつものようにインターフォンを押す。

『はーい、開けまーす』

 響くのはやはり流が知らない声だ。由稀でも由稀の母親でもない。

 ガチャっと鍵が開けられ、内側からドアが開く。

「どうぞー」

 中から顔を出したのは、やっぱり知らない人だった。小さく首を傾げるとさらりと揺れる明るい色の髪。切れ長の目元は、何となく由稀に似ている……ような気もする。

「由稀兄今ちょっと出てるんですけど、すぐ帰ってくるんで、あがって待っててください」

 にこにこと笑いながら言われ、流はちょっと気圧されながらも言われたとおりに靴を脱いで部屋へと入る。流のあとから翼もついてくる。

「あ!!」

 と、知らない彼が急に声を上げた。彼の視線は、流の後方へと向けられているようだった。

大上おおがみくんだー」

 ??

 思わず流は首を傾げる。

 流は、彼のことを知らない。ということは……。

 振り返ってみると、翼も小さく首を傾げている。

 お前も知らんのかい!

「あれ?わからない?昨日転校してきた獅堂しどう亜輝あきだよー」

 ……

「あぁ……」

「あれあれ?昨日結構お話したと思ったんだけど〜」

 あぁ……と言いながらも、翼の顔はピンと来てない。

「まぁ、いいや。今日仲良くなれば良いもんね。あ、どうぞ掛けてお待ちください。今お茶入れますね〜」

 そういうと彼……亜輝は、キッチンへと向かい慣れた手つきでお茶を入れ始める。流と翼は、勧められるがままソファへと腰を下ろした。

「……クラスメイト忘れるなよ……」

「転校してきたばっかりのヤツの顔なんて覚えてない」

 あぁ……そうですか……

 流は、小さく溜息を吐く。

 ……でも、翼のクラスメイトがどうして由稀んチにいるんだ?

 ケトルがピーと音を立ててお湯が沸いたのを知らせるとほぼ同時に、玄関のほうで音がする。

「あ!帰ってきた!」

 亜輝は「ちょっと待っててくださいね」と流に声をかけると、玄関へと出迎えに行く。

 何というか……

 オレ、どっかの新婚さんの家に来たのかな?

 そう思わずにはいられない。

「客って流と翼かー」

 亜輝と共にリビングへと入ってきた由稀は、流たちの姿を目にして声を出す。亜輝はいそいそと由稀の着ていた上着を預かり、ハンガーにかけている。

 新妻感半端ない。

「悪いか。和久井わくい先生に頼まれたんだよ」

 言いながら流は、リュックに入れていた茶封筒を取り出して由稀に渡す。

「お。さぁんきゅさぁんきゅ」

 流から封筒を受け取った由稀は、ちらりと中身を見て「ゲッ」と小さく声をあげた。

 封筒の中に入っているのは、多分休み明けに提出することになっている進路調査の紙と資料だろう。由稀自身は就職を希望しているが、親と教師は進学を勧めているらしい。流たちの通う青海おうみ学院は、中高大が揃った私立の学校だ。学院の大学部に進学する生徒はもちろん、外部を受験する生徒も少なくない。由稀は成績も十分にあるのに、なぜ頑なに就職を希望するのか流も常々疑問に思っていた。以前聞いたときには「もう勉強は十分」と言っていたが、それが本心ではないことを流は知っている。

「じゃ、渡すもん渡したし帰るわ」

 言って立ち上がろうとした流を止めたのは亜輝だった。

「えー!もう帰っちゃうの?せっかくお茶入れたのにー。もう少しゆっくりしていけば?美味しいお菓子もあるよ?」

 亜輝は、流と翼の前にコーヒーの入ったカップとお菓子の入ったかごを置く。流たちに向ける目は、うるうるしていてどこか子犬を思わせる。

「まぁ、せっかく来たんだし飲んでけば?」

 由稀が薄く苦笑いをしながら、流に言う。住人にそう言われると、断る理由もない。立ち上がりかけた流は再びソファへと着地し、カップに手を伸ばした。

「いただきます」

「どうぞー」

 ニコニコと毒気のない笑顔で言われ、流も何だか毒を抜かれたような気分になる。

 カップに口を近づけると、ふわりと香るコーヒーの香。香ばしいその香りを楽しみながら、熱々のコーヒーに息を吹きかけて少し冷ましながら飲む。

「ところで。コチラはどなた?」

 カップを置いた流は、向かいに座って同じようにコーヒーを飲む由稀に尋ねる。

「あぁ……あー……」

 由稀の様子に流は小さく首を傾げる。

 何事もはっきりしている由稀にしては歯切れが悪い。そんなに言いづらいことなのだろうか?

「弟です。半分しか血はつながってないけど」

 由稀に変わって答えたのは、亜輝だった。

「父親は一緒だけど、母親が違うんです」

 にこにこと笑みを浮かべて、変わらない調子で言う亜輝とちょっとだけバツの悪そうな顔をしている由稀。表情は違うけれど、やはり顔のつくりは似ている気がする。

「ふーん。そうなんだ」

 まぁ、それは良いとして。

「ところで、由稀、最近何で休んでたんだ?見たところ体調悪いわけではなさそうだな?」

 流が持ってきた茶封筒の中身は、一昨日配布されたものだ。由稀は二、三日前から休んでいるので、てっきり体調が悪いのかと思っていたけれどどうやらそうではないらしい。由稀の顔色はすこぶる良く、見た感じでは体調が悪いようには思えない。

「あー……ちょっと家庭の事情ってヤツ?」

 由稀は、再び歯切れ悪く言うが流は「ふーん」と軽く流すことにする。

 それぞれのご家庭で色々と抱えているものがあるのは当然だ。流だって、獣人族であるという大きな大きな家庭の事情を抱えている身だ。今はそれにプラスして、鍵狩りのことだってある。深く突っ込む必要はないだろう。由稀はきっと話したくなれば話してくれる。

「あ。そう言えば、新しいゲーム買ったんだ。みんなでやろうぜ」

 由稀はそう言うといそいそと準備を始める。

「どんなゲーム?」

「ゾンビをひたすら撃ちまくるゲーム」

 そう聞いてソワッとし始めたのは翼だった。昔からゲーム好きで、特にシューティング系のゲームが大好きなのだ。

「お。翼やる気だな〜」

 そう言いながら由稀はコントローラーを一つ翼に渡す。翼は嬉しそうに受け取ると、さっそくテレビの画面のほうへと体を向ける。同学年に友だちの少ない翼だけれど、由稀には懐いているようだ。

「流は?やるか?」

「オレはパス」

 由稀の言葉に流が返すと、続けたのは翼だった。

「流は下手くそだから見る専なんだ」

 うっせーよ!ほっとけ。

 昔からどうしてもゲームは苦手な流だった。

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