第21話
「おっと……悪ぃ」
ドアを開けた瞬間、目の前に立っていた
「……」
「……何だよ」
翼に上から下に流し見をされて、ちょっとムッとしてしまった流は思わず少し不機嫌な声を出してしまう。
「出かけるのか?」
洗濯物を干してきたところだろうか。翼は空のかごを手にしている。
「そうだよ」
「……オレも行く」
そう言うと翼は自分の部屋へと戻っていく。
「は?ちょっと待てよ。何でお前も一緒に行くんだよ!行くの
流は慌てて翼を追うが、すぐに支度を整えた翼が部屋から出てきた。
「いいだろ。別行動で襲われると面倒だ」
それは一理ある。『鍵』である翼の『守護者』である流が、翼と共にいないのであれば何のための守護者だ。しかも、歴代の鍵と守護者の手記によると、狼族は他の一族に比べて鍵狩りに襲われやすい傾向がある。獣人としての能力がそれだけ高いのだと言われればそうなのだろうが、迷惑な話だ。
「……わかった」
「早く行くぞ」
仕方ない、と溜息を吐きながら流が言うが早いか、翼はさっさと行ってしまう。
……何だよ……
いや、ホントに。
「
玄関に向かいがてら、食堂に顔を出して何やら作業をしていた奈子に声をかける。
「行ってらっしゃい。夕飯までには帰ってくるのよ?」
「はーい」
「あと、気をつけてね」
「はーい」
奈子の横にいた
「遅い」
「へいへい。ごめんごめん」
ご機嫌だな
一見しただけではわからない。親しい人間……それも子どもの頃からずっと側で見ている流にしかわからないような変化だろうけれど、確実に今の翼は機嫌がいい。
そう言えば……
「出かけるの久しぶりだな」
先日二人揃って実家には帰ったが、寄り道はしなかったから繁華街はバスの乗り継ぎのために通過しただけだった。その前に二人で出かけたのは、翼が寮に来たばかりの頃だったか……。もう一ヶ月以上前の話だ。
翼は一瞬だけ視線を流の方に向けるが、すぐにプイッと前を向いてしまう。
遊びに行きたかったのか……
人付き合いがあまり得意ではない翼は、友だちも少ない。本人もそれはわかっていて、大して気にもしていないが、それでも誰かと街に出かけたかったのだろう。買いたいものや見たいものがあったのかもしれない。それならそうと言ってくれれば流も付き合ったのだけれど、翼なりに遠慮していたのだろうか。少し前を歩く後ろ姿は、もし尻尾があれば元気よく揺れる程度には機嫌が良さそうだ。
バスに乗って街まで来ると、時刻は間もなく十一時になるところだった。昼ご飯を食べるには少し早い。大体流はさっき食べたばっかりだ。まだお腹に入るスペースがない。
「どっか行きたいとこあるか?」
流が問うと、翼は小さく頷いた。
「服」
季節の変わり目で、実家から持ってきていた服だけでは対応できなくなってきたと言う翼に流も頷き返す。
「わかった。じゃあ、服見て、飯食って、その後由稀んチ行くか」
提案に翼が頷くのを確認して、流は歩き始める。
いくつかのショップを周って、必要な洋服を見繕う。ちょうど流も新しい服を買いたいと思っていたところだった。気に入ったものをいくつか見つけて買っていると良い時間になったので、流と翼はファストフードショップに入って昼ご飯にする。
「……ホントよく食うよな」
流は半ば呆れを含んだ声音で言った。向かいの席に座る翼の前には、ハンバーガーが三つと大きいサイズのポテトとドリンク、それにチキンナゲットが乗ったトレイがある。
「普通だろ。流が食わなすぎんるじゃないか?」
そう言われた流の前には、標準的なハンバーガーのセットがある。
いやいや……違うと思う。
「……だからチビなんだよ」
ニヤリと唇を片方だけあげて、意地の悪い笑みを浮かべる翼にカチンとくるが、怒りを堪えて流はハンバーガーに齧り付く。翼は、その様子を楽しそうに見ながらぺろりと食べてトレイの上をあっという間に空にしてしまう。
畜生。何も言えねぇ
流の身長は、決して低いわけではない。平均だ。けれど、翼は元より、
身長を伸ばそうと牛乳をたくさん飲んだり、高い鉄棒にぶら下がったりしてみたけれど、効果はなかった。高身長の彼らとの違いをあえて挙げるとすれば、やはり食事量になるだろう。
オレが少食なんじゃなくて、翼たちが大食いなんだ!!
「イライラしながら食ってると消化に悪いぞ」
「うっせーよ」
食べ終わったトレイを片付けて店を出る。由稀の家は、繁華街を抜けた住宅街にあるマンションだ。歩いて十五分ほどだろうか。隣を歩く翼の視線は、流よりも少し高い。いつの間にか肩幅も広くなって、少年というよりは若者と言ったふうになっている。
昔は可愛かったのにな……
一つ年下の翼は、いつも流のあとをくっついて離れないような子だった。気付いたときにはその状態だったので、それが流たちにとっては普通のことだった。朝起きてから夜眠るまで……いや、寝るときも二人は一緒だった。流と同級生が遊んでいると、自分にもできると言って入ってきていた翼。流と同じことができなくて、泣き出すこともよくあった。そんな翼を慰めるのは、流の役目で、流が頭を撫でてやると黒い瞳に涙をいっぱいに溜めながら笑っていた。
……可愛かったのに……
あの可愛い翼はどこにいってしまったのだろう。
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