第20話
翌朝、
……早いな……
時計の針は九時を回ったところ。
流は小さくあくびをしながら、部屋を出て食堂へと向かう。
「ちょっと流!休みだからって、遅くまで寝てんじゃないわよ!」
食堂に入った瞬間に飛んできた声に目を向けると、頭の高い位置で髪を束ねたキッコと目が合う。昨夜は随分荒れていたが、一晩経って落ち着いたようだ。
「今朝の当番
平日の食事は
「兎実ちゃん忙しいから代わったの。さっさと食べちゃってくれる?」
流の前に朝食のプレートを置き、キッコは「片付かないじゃない」とプリプリしている。小さい声で「へいへい」と返事をしながら、流は朝食に手をつけた。その様子をキッコは流の向かいの席に座ってじっと見ている。
「……」
……食べづらい……
「ねぇ」
流が何か言おうと口を開く前に、キッコのほうが先に口を開いた。
「燈弥くん、何か言ってた?」
あぁ……それが聞きたくて代わったのか……
流は、もぐもぐと口の中のウィンナーを飲み込んで口を開く。
「お礼言われただけだよ」
……そう言えば、あの『ごめんね』は何に対しての謝罪だったのだろうか。迷惑かけて『ごめんね』?でも、あの場に遭遇すれば誰だって燈弥を助けるだろう。
「良い兄ちゃんじゃん」
流の言葉にキッコは首を横に振る。
キッコのためにわざわざ寮まで足を運んでくれたり、気にかけてくれたりしている。だからといって、過剰にベタベタする様子もない。流としては、理想の兄のように思えるが、キッコには違うのだろうか。
「……違う。お兄ちゃんじゃない」
「え?」
「前にもちょっと言ったよね。燈弥くんは
……そう言えば、そんな話を聞いたような聞いてないような……。あれは学院の食堂での話だったか……
「でも、本人兄って言ってたぞ?」
昨日寮のメンバーの前で名乗っていたのは、「キッコの兄」だった。
「戸籍上はね。ホントは従兄なんだ。……燈弥くんは、きょうだいだって言い張るけど」
そう言うキッコの表情は、ほんの少しだけ寂しそうにも見えた。
「燈弥くんのおウチは、一族と縁切ってたんだけどね……燈弥くんが小さい頃に、伯父さんと伯母さんがいなくなっちゃって……子どもがいなかったウチの親が引き取って養子にしたんだって」
その後、両親の間にキッコが生まれ、鍵だということがわかり燈弥が守護者となったらしい。
「狐族も複雑なんだな」
獣人の一族は、その存在の特殊さから歴史が複雑になりがちだ。獣人であることを隠して暮らしていくために、一族から離れることを選ぶ者も少なくない。流の母の実家は、そういう家だったという。燈弥の両親もそういう人たちだったのだろう。
「お。やっと起きたな」
休日だというのに、ネクタイを締めた
「研兄どっか行くの?デート?」
デートにスーツはないと思うが、一応聞いておく。
「ばぁか。仕事だよ。テスト前だからな。テスト問題作らにゃいかんのよ」
そりゃ大変だ。「ふーん」と流が流しかけたところで、研太は手に持っていた茶封筒を流に差し出す。
「だから、それ
「は?
流の言葉に研太はこくんと頷く。
「アイツ意外と秘密主義だから、家まで知ってるヤツ少ないんだよ。流は知ってるだろ?」
研太は「だから行って♡」と笑顔で言う。
いやいやいや……
「自分で行けよ」
「だから忙しいっ言ってんじゃん」
その顔が「どうせ暇だろ?」言っているようでちょっと腹が立つ。
まぁ、暇だけどな!!
「……アイス……」
「ん?」
「アイス。買ってくれるなら行く」
暇ではあるが、タダで言われたとおりにするのは何だか癪だ。最近暑い日も続いているし、デザートのアイスをねだるくらい良いだろう。教師と生徒という関係によるやり取りではなく、昔なじみの兄貴分との取引扱いなので、贔屓とか特別扱いとかそういうのは別物だ。
研太は一瞬面食らったように目を丸くするが、すぐにニヤリと笑みに変えて言う。
「りょーかいりょーかい。買ってやるから、頼む」
「……わかった。みんなの分な」
「げ……マジで?」
「もちろん」
「……わかった。買ってきてやるよ」
研太は、仕方ないというふうに小さく息を吐いて、小さい子どもにするように流の頭をくしゃっと撫でる。
「……何かあったら、まず自分の……自分たちの身を守ることを考えろよ」
神妙な顔をして流を真っ直ぐに見つめて研太は言う。それに頷いて茶封筒を受け取った流は、着替えのために自分の部屋へと戻った。
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