第19話
バンッ!!
激しく扉の開く音がして、キッコが廊下を駆けて行く。その後ろからゆっくりとした足取りで
「鍵ありがとうございました」
「おう」
差し出された鍵を受け取り、
「今キッコちゃんが」
「すごい勢いで部屋に戻っていったんだけど」
「「どったの?」」
ちょうど風呂から上がったところで、キッコとすれ違ったらしい
「鍵狩りのことがあるから、しばらく街に下りるのはやめるように言ったら怒っちゃった」
小さく苦笑いを浮かべる燈弥は、何というか……爽やかで好ましい。初めて会うイケメンに柔らかく微笑まれて
「え?え?お兄さん誰?」
「
二人はピョンピョンと飛び跳ねながら燈弥の周りをくるくると回る。
「そうだよ。キッコの兄で
よろしくねと微笑む燈弥に、千奈と由奈はきゃーと黄色い声を上げる。
「燈弥くん、今夜はどうするの?もうバスも終わっちゃってるけど……」
少し困ったような表情を浮かべているのは
「あ、それなら……」
燈弥のセリフを研太が続ける。
「宿泊申請出てるから泊まれるぞ」
誰かさんと違って。と研太の言う誰かさんとは誰のことだろうか。
「あら?そうなの?でもキッコちゃんのところに泊まるわけにはいかないわよねぇ……」
女子階は男子禁制となっていて、寮母の息子である圭斗の立ち入りですら禁じられている。どうしてもの案件がある場合に、寮監の研太のみが立ち入ることができるのだ。
「男共の誰かの部屋に寝かせればいいだろ」
そう言われて男子寮生たちは顔を見合わせる。特に
確か燈弥は二年前の卒業生と奈子が言っていた。つまり、光太郎たちにとっては一年生の頃の三年生ということになる。
……それは微妙な顔になるな
いくら仲が良いと言っても、光太郎や総士と一晩同じ部屋……と言われると流もちょっと微妙な気分だ。それなら
「あ、じゃあもしよければ流くんの部屋に泊めてもらいたいな」
「うぇっ!?」
思いも寄らないパスを受けて、流は思わず変な声が漏れた。流の隣に座っていた翼も声に驚いたのだろうか、落とした本を拾う。
「この前助けてもらって、全く知らない仲でもないし……ダメかな?」
「ダメじゃないけど……」
小さく首を傾げる燈弥はやっぱり爽やかで、それでいて有無を言わせない謎の圧がある。流は助けを求めるように視線を周囲に走らせるが、こんなときに限って誰とも目が合わない。
ちっ……!!
内心舌打ちをする流を意にも介さず燈弥はニコニコと続ける。
「じゃあ決まりだね。流くんの部屋は何号室?」
「……三○四……」
「あ、その部屋僕も一年生の頃に使ってたよ。奇遇だなぁ……。あ、先生お布団借りますね」
「あいよー」
燈弥に半ば引きずられるようにして談話室を出た流の背中を「すまん……」という顔で光太郎と総士が手を合わせて拝んだ。
「ちょっと待っててね」
燈弥は部屋へ向かう途中の倉庫から布団を一組持ってくる。その様子があまりにも手慣れていて、彼がここで暮らしていたのだということを思わせる。
「お待たせー。じゃあ行こうか」
そういう燈弥を前に流は部屋へと向かう。流が部屋のドアを開けると、燈弥は空いているベッドに布団を敷いて手早くベッドメイクを始めた。流はそれを向かいの自分のベッドに座ってぼんやりと眺める。
……なんというか……
この強引さは、狐族特有なのだろうか?キッコにも似たようなところがある。にこにことしながら、自分のペースに持っていく。うまいなぁ〜と思ってしまう。どちらかというとあまり他者と群れるタイプではない狼族にはない才能だ。
コンコンと小さくノックの音がして、流は顔をドアの方に向ける。一階が消灯の時間になったのだろう。寮生たちが上がってきている気配がする。
「はーい」
流が返事をしながらドアを開けると、良く見慣れた星のように輝く黒い瞳とぶつかった。
「これ」
「おう……さんきゅ」
星の瞳を持つ男・翼が差し出したのは、流が談話室に置き忘れていたパーカーとマンガ本だった。流が受け取ろうとすると、翼はぐっと力を入れて手を離さない。
「?」
首を傾げながら流が顔を上げると、翼は何か言いたそうな、でも言えない……というような微妙な表情を浮かべていた。
「どうした?何かあったか?」
手を伸ばしてさらさらの髪に指を通すように翼の頭を撫でると、翼はふるふると小さく首を横に振る。
こういうときの翼は、誰がどんなふうに聞いたって決して話そうとしない。それを知っている流は、小さく息を吐くとほんの少しだけ背伸びをして翼の鼻に自分の鼻を擦り付ける。誰もいなければ
顔を離してもう一度翼をの顔を見ると、ほんの少しだけ表情が柔らかくなっているように見えた。それはきっと流にしかわからないほどの変化だけれど、どうやら気持ちは少し落ち着いたようだ。
「今日は早く寝ろよ」
「わかった」
短く答える翼の頭をもう一度撫でて流は微笑む。
「おやすみ」
「……おやすみ」
ようやく離されたマンガとパーカーを受け取ってドアを閉め「はーっ」と息を吐きながら振り返るとキラキラと輝いた燈弥の瞳と目があった。
「……何か?」
「……僕、狼族のマズルコミュニケーション初めて見たよ……ホントにするんだね〜」
……だから、人前ではしたくないんだ……。
狼族はオオカミの習性を比較的濃く残していると言われている。流たちにとって、鼻を擦り合わせたり、甘噛をしたりするのはコミュニケーションの一つであるけれど、他の獣人族にとっては違うらしい。
『だから、人前でするときにはびっくりされちゃうこともあるから注意しないといけないよ』と教えてくれたのは、
「彼、狼族の鍵だね」
燈弥の座る小さなテーブルの反対側に流が座った瞬間に、燈弥はにこにこしながら言い放った。
「……は?」
「あ。大丈夫、他言はしないよ」
思わず眉間に皺を寄せて、不機嫌な顔をしてしまった流に、燈弥は変わらずに笑顔を返す。
「だって、流くん守護者でしょ?だったら、年齢的に彼が鍵かなぁって」
いや、まぁ……そうなんだけれども……
「……何でわかった?」
低い声で問う流に対して燈弥はさらりと答える。
「においでわかるよ」
「……におい?」
「そう。におい。守護者同士だとにおいがするんだよね」
そう言われてみると、燈弥がこの部屋に入ってからずっと柑橘のような爽やかな香りがしている。てっきりキッコのように香水か何かを付けているのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「ちなみ、流くんはフローラル系のにおいだよ」
笑いながら「女子力高いね」と言われても、どんな顔をしていいかわからない。というより……
「じゃあ、この前あんたを襲ったヤツも……?」
燈弥を助ける前に学生服の男とすれ違った。そのときも、甘い果実のような香りがしていた。
「そうだね。どこかの一族の守護者だろうね」
笑みを消し、真面目な顔になった燈弥は、流に向かって頭を下げる。
「あのときは、本当にありがとう。君に助けてもらえなかったら、どうなっていたかわからないよ……」
「いや、そんな……」
当たり前のことをしただけだ。目の前に傷を負った人がいれば誰だって助けるだろう。流に限ったことではない。
「ごめんね。それでも、ありがとう」
燈弥は重ねて言い、微笑んだ。
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