第17話

 学院の食堂。朝と夜は寮で取ることになっている真珠寮しんじゅりょうの寮生たちだが、昼は希望すれば弁当を作ってもらうこともできる。けれどながれは食堂でとることが多く、今日も手には日替わり定食の乗ったトレイを持っている。楽しそうに食事をする生徒たちを見ながら、流は空いている席はないかとキョロキョロと見回した。いつもなら由稀ゆきとともに空いている席を探すところだけれど、今日は珍しく由稀は学校を休んでいる。

 お。あそこ空いてる……

 見つけた空間に向けて足を進めると、人影で見えなかっただけでそこにはすでに先客がいた。四人がけのテーブルの二席を使っているのは、兎実とみとキッコだった。

「ここ良い?」

「……相席で良ければどうぞ」

 流に対する兎実の返事にキッコは一瞬「ゲッ」というような表情をするが、兎実と目を合わせて何やら思案したあとに頷く。「どーも」と小さく呟きながら、流は兎実の隣に座った。

「体調、もう大丈夫なの?」

 聞いてくるのは兎実だ。最近部屋で休んでいることの多い流と二人が顔を合わせるのは数日ぶりだったりする。同じ寮で同じ学年だとしても、クラスが違うと顔をあわせる機会も決して多くはない。

「ん。おかげさまで」

 今日の日替わり定食のおかずは、流の好物である唐揚げだった。それを頬張りながら流は答える。斜向はすむかいに座るキッコは何やらモゾモゾとしており、兎実は何やら言いたげにキッコを見ている。

「どうかしたのか?」

 思わず尋ねた流の言葉に、少し食い気味でキッコが答える。

燈弥とうやくんのこと!」

 前のめりになったキッコの勢いで、テーブルがガタンと大きく揺れてグラスに入ったお茶がタプタプと波立つ。

 ……燈弥くん……?

 聞き慣れない名前に小さく首を傾げかけるが、聞き覚えのある名前に流は記憶を辿る。

 ……あぁ。

 先日流が助けた男性……燈弥は、狐族で学院の卒業生だと奈子なこが言っていた。奈子に燈弥を任せて、流は自分の部屋で眠っていたのでその後のことは知らない。けれど、流が目を覚まして階下に降りたときには、燈弥はすでに寮を出たあとだった。

 キッコと従兄とは聞いていたが、思っているよりも親しい関係だったのかもしれない。

「その後、元気にしてるのか?」

 流の問いにキッコは大きく頷く。

「えっ…と……その……ありがとね」

 プイと視線を逸らせて言うキッコに、兎実は小さく拍手をしている。

「どーいたしまして?」

 もぐもぐと咀嚼をしながら流は返す。

 大したことはしていない。誰だってあの場面に遭遇したら同じような対応をするだろう。当たり前のことだと思う。

「燈弥くんは、あたしの従兄いとこで……守護者なんだよね」

 キッコの言葉に流はゴホッと口に含んだ白米を吹き出しそうになる。

「……それって、ここで話してイイやつなのか?」

 燈弥がキッコの守護者ということは、つまり狐族の鍵はキッコだということだ。鍵狩りの件もあって、一族の鍵が誰なのかということはトップシークレットのはずだがキッコは構わず続ける。

「あのとき、燈弥くんはあたしに扉のこととか鍵狩りのことを伝えに来るところだったみたい。その途中で襲われたんだって」

 流はキッコの話を聞きながら横目で周囲を見回す。幸いなことに皆食事や友だちとの会話に夢中で流たちを気にしている者はいないようだった。

「なるほど」

 流も自然に見えるように装いながら、食事を続ける。

「襲ったのは猫科の大型獣らしいんだけど、それらしいヤツ見かけなかった?」

 問われて脳裏にちらりとよぎるものがあるけれど、流は小さく首を振る。

「いや。誰も見てない」

 その言葉にキッコはあからさまに肩を落とし、そのままテーブルに突っ伏してしまう。

「役立たずぅ〜〜」

 そうは言われても……

 確証のないことを流は口にするつもりはない。大体、たまたま入り口ですれ違っただけで、相手が獣人かどうかもわからない。

 最後の唐揚げを口に放り込んだ流は、それをもぐもぐと飲み込むと手を合わせ小さく「ごちそうさま」と言うとトレイを持って立ち上がる。

「あんたのところの鍵は大丈夫なの?」

 兎実の問いに流は返す。

「お陰様で今のところ無事だよ。そっちは?」

兎族うちの今の鍵は年寄りと幼児だからね。実家で大人しくしてれば大丈夫だと思う」

 肉食獣の狼族と草食獣の兎族では、鍵が出る頻度が違う。頻度が高い一族では、同じ時代に複数人の鍵がいることはそう珍しいことではない。

「どうせ兎族うちは、扉を開けることには興味なんてないしね」

 『鍵』で『扉』を開けることができると、その『鍵』を持つ一族は時代の覇者となると言われている。けれど、そのことを魅力と感じる一族は今はもうそう多くない。青海学院おうみがくいんに子どもを通わせている一族の多くは、扉を開けることに興味のない一族だ。だからこそ、集団として鍵狩りや扉を求める他の一族に対抗できるとも言える。

 兎実の言葉に、流も頷いてそのまま席を離れた。

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