第15話

 ながれが教室の近くまで戻ると、一限目の授業を終えたクラスメイトたちがちょうど戻ってくるところだった。何気なく、さり気なく、クラスメイトたちの流れと合流して教室へと入る。自分の席に着いたところで、声をかけられた。

「お。だいぶマシになったな」

 由稀ゆきは大きな手でくしゃくしゃと流の頭を撫でる。その仕草が小さい子どもにするようで、流は口を尖らせる。

「おかげさまで」

 流よりも由稀のほうが頭一つ分くらい身長が高い。そのせいか、由稀はたまに流のことを小さい子どものように扱うことがある。流自身も決して低いわけではないけれど、由稀と並ぶとどうしても小さく見えてしまうのだ。

 たいらといいたすくといい、どうしてオレの周りのヤツらはこうも身長が高いんだ?

 彼らと比べて身長がちょっと低いのは、流の小さなコンプレックスの一つだったりする。

「まあ、でも今日はもう帰ったほうがいいんじゃないか?」

 流の顔を覗く由稀は「クマもひどいし……」と言いながら、流の目の下を指差す。

「どーせ授業中寝るなら、自分のベッドで寝たほうが良くないか?先生には言っとくし」

 確かに。どうせ寝るなら、気持ちよく寝たい。

 時計に目をやると、間もなく二限目の授業が始まろうという時刻。

「……そうする」

 流は荷物をまとめると、教師が来る前に教室を抜け出した。

 もう一度図書室に寄ろうかと思うけれど、何か言われるのも面倒だなと思い直し、流は素直に昇降口に向かう。靴を履き替え、校門を出て寮の方へと一歩踏み出す。……が、考え直して寮とは反対の方向へと足を向けた。

 授業をサボって帰ってきた……なんてことが奈子なこにバレたら、大目玉を食らってしまう。幸いなことに奈子はスーパーの開店時間とともに買い物に出かけるという習慣がある。そして、でかけると昼になるまで帰っては来ない。

 もうちょっと時間潰すか。

 ゆっくりとした足取りで坂を下り、足の向くまま気のむくまま歩を進める。学院のすぐ下にある住宅街だけれど、用事がないのであまり歩いたことはない。知らないところを歩くのが何だか少し楽しい気分になって、流は小さく鼻歌を歌う。

「ーー!!」

 !?

 どこか……少し離れたところで、誰かの叫ぶような声が聞こえた……気がした。それはきっと獣人だからこそ聞こえた声だ。

 身構えた流は、小さく鼻を動かしながら左右を見回す。

 すんっと一瞬感じたにおいは、少し血のにおいが混じっているようだった。

 あっちか!!

 駆け出した流が体に少し力を込めると、その速度がギュンッと上がる。

 獣人の中でも、野生の能力をより多く残しているのが狼族だった。大熊猫族パンダぞく象族ぞうぞくのように今ではもうほとんど獣化をしない……獣化できない一族もいる中で、狼族はより野生に近かった。それは、一族が人里離れたところで暮らしていたこともあるだろうが、何より、流が幼い頃から『鍵』を守る守護者として、厳しい訓練をしてきたことが大きい。それが流の野生をより強くした。

 どこだ?

 においの発信源はかなり近づいている。立ち止まってキョロキョロと周囲を見回すと、少し先に開けた場所が見えた。

 あそこか!?

 近付くにつれて、血のにおいが濃くなってくる。もったりと、纏わりつくような血のにおい。流の向かう先にあるのは広い公園だ。けれど、遊んでいる子どもの気配はない。が……

 ??

 公園に入るとき、流は学生服姿の若者とすれ違った。その瞬間、ふわりと果実のような甘い香りが漂う。

 流と同じようにサボっている学生だろうか。強烈な違和感を感じて思わず振り返るけれど、その後姿に怪しい動きはない。どこか目的地に向かっているようで、その足取りに迷いはない。

 ……通り抜けるのに、この公園を使ったのか?だとしたら、あの声には気づかなかったのか……

 普通の人間には聞き取れないほどの声だったのかもしれない。クンクンと鼻を利かせるけれど、血のにおいが辺りに満ちていてよくわからない。きっと目立つところではないだろうと目星をつけて、流は公園の隅々を見て回る。道路や奥に広がる森との境にあるフェンスづたいに歩いていると、大きな木の側でにおいが強くなった。

 誰か……いる?

 木の陰に人影が見え、流は慌ててそちら側へ回る。

「っっ!!」

 そこには、大木たいぼくに背を預け頭から血を流している男性がいた。頭上にには尖った耳があり、ふさふさの尻尾がペタリと地面に投げ出されていた。

 ……獣人……狐族きつねぞくか?

 彼の耳と尻尾には見覚えがあった。真珠寮の問題児キッコが半獣化したときには、こんな感じのだったはずだ。

「大丈夫ですか?」

 流がそっと声をかけると、男性は薄目を開けて流のほうを見る。その瞳がなかなか焦点を結ばず、流は焦る。

「猫……だった……大型の……」

 彼の寄りかかる木の幹には、これ見よがしな深い爪痕が残されていた。その鋭さは、流たち狼族の比ではない。

 猫科の大型獣……!

 ゾクリと流の背中を嫌な汗が伝った。

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