第15話
「お。だいぶマシになったな」
「おかげさまで」
流よりも由稀のほうが頭一つ分くらい身長が高い。そのせいか、由稀はたまに流のことを小さい子どものように扱うことがある。流自身も決して低いわけではないけれど、由稀と並ぶとどうしても小さく見えてしまうのだ。
彼らと比べて身長がちょっと低いのは、流の小さなコンプレックスの一つだったりする。
「まあ、でも今日はもう帰ったほうがいいんじゃないか?」
流の顔を覗く由稀は「クマもひどいし……」と言いながら、流の目の下を指差す。
「どーせ授業中寝るなら、自分のベッドで寝たほうが良くないか?先生には言っとくし」
確かに。どうせ寝るなら、気持ちよく寝たい。
時計に目をやると、間もなく二限目の授業が始まろうという時刻。
「……そうする」
流は荷物をまとめると、教師が来る前に教室を抜け出した。
もう一度図書室に寄ろうかと思うけれど、何か言われるのも面倒だなと思い直し、流は素直に昇降口に向かう。靴を履き替え、校門を出て寮の方へと一歩踏み出す。……が、考え直して寮とは反対の方向へと足を向けた。
授業をサボって帰ってきた……なんてことが
もうちょっと時間潰すか。
ゆっくりとした足取りで坂を下り、足の向くまま気のむくまま歩を進める。学院のすぐ下にある住宅街だけれど、用事がないのであまり歩いたことはない。知らないところを歩くのが何だか少し楽しい気分になって、流は小さく鼻歌を歌う。
「ーー!!」
!?
どこか……少し離れたところで、誰かの叫ぶような声が聞こえた……気がした。それはきっと獣人だからこそ聞こえた声だ。
身構えた流は、小さく鼻を動かしながら左右を見回す。
すんっと一瞬感じたにおいは、少し血のにおいが混じっているようだった。
あっちか!!
駆け出した流が体に少し力を込めると、その速度がギュンッと上がる。
獣人の中でも、野生の能力をより多く残しているのが狼族だった。
どこだ?
においの発信源はかなり近づいている。立ち止まってキョロキョロと周囲を見回すと、少し先に開けた場所が見えた。
あそこか!?
近付くにつれて、血のにおいが濃くなってくる。もったりと、纏わりつくような血のにおい。流の向かう先にあるのは広い公園だ。けれど、遊んでいる子どもの気配はない。が……
??
公園に入るとき、流は学生服姿の若者とすれ違った。その瞬間、ふわりと果実のような甘い香りが漂う。
流と同じようにサボっている学生だろうか。強烈な違和感を感じて思わず振り返るけれど、その後姿に怪しい動きはない。どこか目的地に向かっているようで、その足取りに迷いはない。
……通り抜けるのに、この公園を使ったのか?だとしたら、あの声には気づかなかったのか……
普通の人間には聞き取れないほどの声だったのかもしれない。クンクンと鼻を利かせるけれど、血のにおいが辺りに満ちていてよくわからない。きっと目立つところではないだろうと目星をつけて、流は公園の隅々を見て回る。道路や奥に広がる森との境にあるフェンスづたいに歩いていると、大きな木の側でにおいが強くなった。
誰か……いる?
木の陰に人影が見え、流は慌ててそちら側へ回る。
「っっ!!」
そこには、
……獣人……
彼の耳と尻尾には見覚えがあった。真珠寮の問題児キッコが半獣化したときには、こんな感じのだったはずだ。
「大丈夫ですか?」
流がそっと声をかけると、男性は薄目を開けて流のほうを見る。その瞳がなかなか焦点を結ばず、流は焦る。
「猫……だった……大型の……」
彼の寄りかかる木の幹には、これ見よがしな深い爪痕が残されていた。その鋭さは、流たち狼族の比ではない。
猫科の大型獣……!
ゾクリと流の背中を嫌な汗が伝った。
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